27, Aug 2015

音楽の余暇

阿部 海太郎(作曲家)

『メトロポリス伴奏付上映会』演奏風景| 2015年2月20日(金)、21日(土)|京都芸術センター 講堂|映像芸術祭

『メトロポリス伴奏付上映会』演奏風景| 2015年2月20日(金)、21日(土)|京都芸術センター 講堂|
映像芸術祭"MOVING 2015"公式プログラム  photo by INOUE Yoshikazu

京都、二月。『メトロポリス伴奏付上映会』。
mama!milkの生駒祐子さん、清水恒輔さん、そして金沢から来た照明の巽勇太さんと一週間の滞在制作をしました。今この文章を読んでくださっている方の中で上映会にもお越しいただいた方にはあらためてお礼申し上げます。また、この貴重な機会を与えてくださった京都の皆さんにも感謝の気持ちでいっぱいです。この企画は2009年に金沢で始まりましたが、当時はこうして京都で上演できる日が来るとは思ってもいませんでした。『メトロポリス』という不朽の名作を、今日の私たちがそれぞれの土地で生き返らせる。この試みを、フリッツ・ラングもまた愉しんでいるだろうと思っています。

僕にとってmama!milkは数少ない友人のうちの二人で、すなわち心から尊敬できる音楽家です。その唯一無二の音楽性はどこから来ているのか。就中、二人の才能の賜物だと思っています。しかし同時に、東京という街が彼らのような音楽を育むことができるかというと、すぐには首肯できない自分がいます。逆に言えば、mama!milkの創造性のある部分は、やはり京都という街が育んだのではないかと思うのです。

果たして京都という街の何がmama!milkの音楽を形作っているのか。京都でmama!milkの二人と一緒に過ごし、ともに制作に取り組んだ一週間は、mama!milkの音楽の何たるかを理解するチャンスでもありました。


阿部 海太郎 ABE Umitaro
阿部 海太郎 ABE Umitaro

作曲家。1978年生まれ。幼い頃よりピアノ、ヴァイオリンなど様々な楽器に親しむ。東京藝術大学と同大学院、パリ第八大学第三課程にて音楽学を専攻。その頃から実験映画や舞台に作曲で参加するようになる。現在は、蜷川幸雄演出作品の劇音楽を度々手がけるなど舞台作品を中心に、幅広く音楽制作を手掛けながら演奏活動も行っている。音楽理論や音楽史を独自に解釈し、自由な楽器編成によってユニークな音楽世界をつくり出している。これまでにアルバムを4作品発表している。主なリリースに『シネマシュカ、ちかちかシネマシュカ』(2012、3rd Album)、主な舞台音楽に『海辺のカフカ』(2012・2015、蜷川幸雄演出)、『ヘンリー四世』(2013、蜷川幸雄演出)、『ミュージカル『100万回生きたねこ』(2013・2015、インバル・ピント&アヴシャロム・ポラック演出)、主なテーマ曲の作曲に『世界で一番、美しい瞬間』(2014、NHK BSプレミアム)、『日曜美術館』(2015、NHK)がある。

Photo by Ryo Mitamura

オフィシャルウェブサイト
http://www.umitaroabe.com/

映像芸術祭 "MOVING 2015"
http://www.moving-kyoto.jp/


京都での滞在を終えて僕にはある別の友人の言葉が思い起こされました。「京都は学生の街だ」。僕は京都人ではないので、あるいは京都の方々はそのように思わないかもしれません。しかし、京都でのmama!milkとの滞在を終えたとき、僕はこの言葉が自分にとって説得力を持って響いてきました。

ここでいう「学生」とは、必ずしも狭義の学生ではありません。より本質的な意味での学生です。学校 schoolは、ギリシャ語のscholeを語源としていると言われます。その意味するところは「余暇」、すなわち他に何もすることがない時の有り様です。実際的な生存とは直接関係のないところから始まる営みにこそ人間的な営みがあり、そこに学問が始まるとアリストテレスは説きました。

現代においても、学生というのは良い意味で社会から独立した存在です。職業人は、会社や社会のもとで一定の思想信条の制限を受けています。評論家の加藤周一は、反戦の運動には社会から独立した存在が必要だと説きましたが、その際、学生と老人がもっとも社会から独立しており、彼らがその運動の中心になるべきだと言いました。僕は、これに音楽家をはじめフリーランスの芸術家を加えることができると思っています。

上映会の会場となった京都芸術センター(旧明倫小学校) photo by OMOTE Nobutada

上映会の会場となった京都芸術センター(旧明倫小学校)
photo by OMOTE Nobutada 画像提供:京都芸術センター


東京の風土というのは概ね町人文化であり、今日で言えばやはり職業人の街だと思います。僕自身が東京の文化圏で育っていることもありますが、京都での滞在は僕にとって、学生時代を思い起こさせるものがありました。それは、ある種の自由の感覚です。京都のどんな歴史や地理的条件がそうさせているのかは考えも及びませんが、僕自身の印象で言えば、経済至上主義の現代においても学生的な自由もしくは「余暇」が許される精神風土があるように思いました。

以前、僕はmama!milkの音楽について「音楽の終焉」を感じると書いたことがあります。京都での滞在を経ていま、それは「音楽の余暇」とも言い換えられると感じています。すべての音楽の後に、mama!milkの二人は、音楽の余暇を過ごしているのではないでしょうか。そしてそれは、やはり東京ではなく京都においてなのだと思います。短い滞在でしたが、mama!milkと一緒に「音楽の余暇」を過ごせたことを、いまとても有り難く感じています。

上映前に打ち合わせをする阿部 海太郎、生駒祐子、清水恒輔の三人 photo by INOUE Yoshikazu

上映前に打ち合わせをする阿部海太郎、生駒祐子、清水恒輔の三人
photo by INOUE Yoshikazu


音楽の余暇

Category: Column





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