06, Feb 2012

京都の一般民家等に残る古文書調査
「市井の古文書調査は市民目線で」

京都の民家や社寺、町村などには非常に多くの歴史資料が残存している。その中でも歴史的に価値のあるものとされた史料は、行政(資料館や博物館を含む)や大学などによって調査がなされ、適切な環境下で保存されている。しかし一方で、その調査・保存の対象から漏れた史料は、日常的に廃棄されていくのが現状である。それは一般民家や小規模な社寺、小村の集会場などに人知れず埋もれている史料などである。それらが世代交代や建物の建替えなどの節目に於いて捨てられていくのである。このような史料について調査・保存をする活動をしている「史料データ保存ネットワーク」からの寄稿。

寄稿: 向坂 正美(特定非営利活動法人 史料データ保存ネットワーク)

1. NPO法人 史料データ保存ネットワーク
設立に至る経緯

代表である向坂正美は、元々歴史には全く興味を持たず40歳台後半まで過ごしていた。父親が他界した後、自家の先祖のルーツについて調べていたことを知り、引き続いて調査をしたいという気持ちの高まりもあって、ゆっくりとしたペースではあったがそれを行うとともに、新史料を発見する喜びも味わうことになった。
必然的に古文書とも出会う事が多くあり、何度か古文書教室にも通うこともあった。そのような環境の中で、市井の史料(特に古文書などの紙史料)が急速度で遺失・散逸している事を知った。ところが現状では組織的に市井の史料の調査・保存をしている団体が皆無に近い状態であることが分かり、どうしても自分がそのきっかけを作らねばと言う義務感にかられ、会社を早期退職して2010年2月にNPO法人を設立した。その前身となる「任意団体 史料データ保存ネットワーク」の活動を含めると、すでに約3年強の活動実績となっている。

2.市井の史料は軽んじられる?

日本の文化行政は、脆弱だと評されることが多いようである。確かに不況になれば一番に予算を削られるのは文化部門である。ということは行政が文化に対して不要不急で後回しにしても良いと考えているからであろう。またその中でも京都や奈良のような古い都は、古代や中世の史料が非常に多く残っているためか、近世以降の史料調査が充分にされているのか疑問に感じることもある。
もちろん多くの人が知っているような事柄については調査研究がなされているが、市井に残存する史料の調査研究は充分とは言えない。やはり重要度からすると古代・中世・近世・市井の史料の順となるのか。本当はどれも重要であり、すべてが調査研究されない限り日本史の空白は埋めることができないはずである。
いずれにしても市井の史料は、まだまだ多くが埋もれていて人の目に触れていないのが現状であることは間違いない。


向坂 正美 SAGUISAKA Masami
アジア歴史資料センターWEBサイト

1948年京都市生まれ。大手家電メーカーを2007年に早期退職。
2008年から市井の古文書などを調査・保存する団体として任意団体「史料データ保存ネットワーク」を立上げ活動開始。2010年2月にNPO法人化。久美浜町にて古文書を活用して区誌編纂に関わる。2011年、京都市内において成果発表展示会を開催。現在は京都市内を中心に活動中。
また、2011年には京町家保存活動団体「京町家なう、」を立ち上げ活動中。
趣味は、居合道・射撃・パラグライダー(休止中)・スキー。


3. 過去の調査結果について <その1>

団体発足後、一番最初に手掛けたのが、京丹後市久美浜町甲坂地区の「集落誌」編纂事業のお手伝いである。
京都府の紹介により訪問した当時は、18世帯、50名の小さな村であった。すでに高齢になった方が多く、このままではいわゆる「限界集落」になるであろうと考えられる村である。このため、京都府と龍谷大学と地元が協定を結び、「ふるさと共援」事業として活性化を図っている地域であった。「三番叟」や「摩崖仏」などの文化遺産を持つ村であったため、後世にこのような文化を伝えたいという地域の方々の意志で「集落誌」編纂が計画されていた。

ところが小村であるがゆえに地元の熊野郡誌や久美浜町誌には、多くの記述がなされておらず、古い歴史が不明で、その多くについては古文書に頼るしかないと考えた。幸いなことに後日、1軒の民家と村の公民館とにそれぞれ古文書が残っていたことが判明し、その調査に入った次第である。
その結果分かったことは、かつて紙すきをしていたこと、材木や松茸を少しは出荷していたこと、またこの地域が天領(江戸幕府の直轄領)であったため、代官所に報告する『村明細帖』と言う古文書が発見され、約240年前の村の姿が鮮やかに蘇ったのである。また、明治14年に作成された縦約3m×横約7mの大きな村の絵図も発見、当時の家屋の分布などの状況もよく分かったのである。
こうして2011年2月『区誌 甲坂』として、250ページの体裁の整った立派な本が世に出ることとなった。

久美浜古地図

久美浜古地図

甲坂古文書 『村明細帖』

甲坂古文書 『村明細帖』

久美浜町甲坂区 『区誌 甲坂』

久美浜町甲坂区 『区誌 甲坂』


4. 過去の調査結果について <その2>

次に手掛けた事業は、京都市内の洛中で江戸時代から呉服商を営む商家の史料調査であった。約700点におよぶ史料は、古文書、掛軸、屏風などで構成されていた。
この調査には、現当主の方の思いが強く込められていた。それは自分の先祖に対して敬愛の念を込めてその足跡をたどる旅であったかも知れない。私たちは、その思いを形にしたいと考え、丁寧な調査に徹した。まずは目録の作成、次に解読と進めて、気がついた時には季節が変わっていた。
この家の史料には、竹内栖鳳に扇面図揮毫を依頼した手紙や、幕末の混乱期に土佐藩に対して3千両もの大金を貸した証文など、当時の商家が隆盛を極めていたことが分かるものが数多くあった。

土佐藩への証文

土佐藩の証文

調査した古文書類

調査した古文書類

保管されていた屏風

保管されていた屏風

当主が着る法被

当主が着る法被


5. 調査結果の成果発表展示会について

平成23年は京都府内全域で「第26回国民文化祭・京都2011」が開催されたが、関連イベントのひとつである「京都文化年イベント絵巻」には一般市民や団体も参加できるため、早速展示会の企画を進めることにした。9月と10月に2日間ずつ、計4日間のイベントである。
主として先述の久美浜町甲坂区誌編纂の過程で調査した古文書や村の絵地図などと、洛中の呉服店の史料を展示・解説、さらに洛中の白粉屋(おしろい屋)の古文書、蛤御門の変の絵巻なども展示・解説した。展示方法については多くの異論もあったが、リスクを冒して展示に踏み切った。
4日間で約300人が来場、「本物の古文書を目近かで見たのは初めてだ」、「何百年も前のものがこのような状態で残っている事に感動する」などと口々に言っておられるのを見て、一般市民の方には博物館のような展示方法とは一味違う方がハードルが低くて親しめることを理解できたのである。
この企画に当たっては、京都の多くの文化人の皆様にもご賛同をいただいた。そうした方々のご協力に報えるよう、初心に戻り活動をする決意を新たにした。


6.市井の史料調査は市民目線で

特に京都の人たちは、家に残っている古文書などは人に見せないようにと言われて育った方が多いように聞く。言うまでもなく古文書は、個人情報の塊でもある。公の機関に見てもらうと情報が漏れるのではないかと言う疑念を抱くのもまた当然であろう。我々はその点をよく考え、個人情報を保護する立場で調査している。公開に際しては必ず所有者の意志を確認しそれに従う。この点が最も大切なことであり、我々も一般市民であればこそ、市民の目線で考えることが必要である。
この点を基本に置いているので、史料の所有者には是非とも申し出ていただき、長く保存できる環境づくりを一緒に考えたいと思う。

7.行政の問題

文化の発信基地としての京都で活動している我々だが、この種の団体としてはおそらく全国でも初めての団体ではないかと自負している。
京都が他の都市と異なる点は、市民一人ひとりの文化に対する意識が非常に高いことであろう。京都であればできること、京都でなければできないこと。我々の活動はまさに「京都ならでは」であると考えるし、「京都に必要」であると思う。
行政の役割もこの分野では非常に期待するところが大きい。文化を後回しにする京都の行政であってはならない。「不要不急」ではない、「緊急」を要する課題である。史料が刻々と消滅している現状を早く止めないと、取り返しのつかないことになるのは目に見えているのである。古文書は世界に一つしかない、決して新しく作る事ができないものであることを考えると、一刻も早く行政の大きな力と知恵を借りることが必要である。

8.今後の課題

1) NPOの多くが抱える問題であるが、支援していただける個人や企業が多くなる社会風土が成熟すること。

2) 古文書解読ができるスキルを持った研究者や個人の協力者が増えること。

3) 史料を所有されている方に名乗り出ていただける仕組みを確立すること。

4) 行政や大学が組織として支援・協力できる仕組みを確立すること。

5) 市井の史料の散逸・遺失を防ぐため、一時的に預かる場所などを確保すること。

6) 解読などの作業をする場所を確保すること。

我々の活動は始まったばかりであり、試行錯誤しながら決して急がず、ゆっくりと進めているのが現状である。多くの問題を抱えつつ、ここまで来られたのも賛同していただいた文化人・研究者・企業・市民の皆様のご協力とご支援があってのものである。行政やマスコミの方々にも個人として支援・協力していただいている方は多い。
今後は、特に組織としての行政の協力を求めたいと考えている。この活動を末永く続けるためには、行政の協力がないと困難だからである。

史料解読会の様子

史料解読会の様子


京都の一般民家等に残る古文書調査
「市井の古文書調査は市民目線で」





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