28, Nov 2017

映画監督 柴田剛による映画/映像作品評
第1回『ニコトコ島』(大力拓哉&三浦崇志 監督作品)

本連載は『おそいひと』『堀川中立売』などで、国内外の賞を受賞してきた映画監督 柴田剛氏による映画/映像作品評。取り上げるのは柴田氏が「創作態度や作風に"視点"を見い出した作品」あるいは「光の種が詰まっていると感じた作品」。第1回となる今回は、大力拓哉&三浦崇志 監督の代表作であり、2017年秋以降、全国順次公開している映画『ニコトコ島』(大阪にて 12月16日~上映開始、名古屋にて 12月21日、23日上映予定)。"映画/映像への愛"と"的確な分析"、そして"想像力による飛躍"が混在する文章からは柴田氏の映画/映像観も伺える。

文:柴田剛(映画監督)

編集:中本真生(UNGLOBAL STUDIO KYOTO)

今回この原稿を書くにあたって、いちばん大事にしている視点は、「立体的に切り取れる映像について語る」ということ。言い換えると、あらゆる動作行為を大きく広げ、自他垣根なく感じ、とらえることができているかどうかということだ。

映像や映画と写真を例に説明してみる。現実の知覚通りに3次元で行われていることを、撮影&編集を通じて平面(2次元)の光の映像(動画)にしたためることは立体的といえる。というのも、映画/映像制作のこういう特性に、「自分と社会と宇宙をつなげて感じること」をいつも意識させられるからだ。

映画/映像を制作するとき、鑑賞するとき、まるで自分がマトリョーシカにでもなった気分になる。内も外もある世界を、箱庭づくり、或いはアニメーション化する感覚で映像に置き換えてみることは、「自分が存在して生きていること」と同じように立体的といえる。では瞬間をとらえる写真はどうかというと「平面的だなぁ」と思う。日常空間を切り取った一瞬の写真を連続させて動かしたものが映像であり、だからこそ立体的に成り得る。

目次

  1. はじめに
  2. 『ニコトコ島』から神話の質感を見い出す - テレパシー関係と原初に生まれたコミュニケーション
  3. 壮大さとちっぽけさが同居する面白さ
  4. 映画を根っこから植えてその畑を耕す

作品・上映情報


柴田剛 SHIBATA Go
柴田剛 SHIBATA Go

1975年生まれ。映画監督。代表作『おそいひと』『堀川中立売』では国内外の賞を受賞。MVや映像作品も発表している。平成22年度愛知芸術文化センター・オリジナル映像作品の制作作家に選出され『ギ・あいうえお ス ―ずばぬけたかえうた―』を制作。その後、平成28年度山口情報芸術センター[YCAM]の映画制作プロジェクトYCAM Film Factory第1回作品として『ギ・あいうえおス 他山の石を以って己の玉を磨くべし』を制作。空中にいるナゾの発光体・飛翔体を映画のなかで捉えることに成功。
TOY FILM PROJECT( 玩具映画及び映画復元プロジェクト )に参加。
主な受賞・出品に2005年 ハワイ国際映画祭 Dream Digital Award 受賞、第5回東京フィルメックス コンペティション 部門出品、2009年 ドイツ・フランクフルト日本映画祭(NIPPON CONNECTION 2011) NIPPON VISIONS AWARD(最優秀賞)受賞、第10回東京フィルメックス コンペティション部門出品などがある。
過去にAMeeTに掲載した連載として、本記事の前身となる“映画監督 柴田剛の選ぶ映画/映像作品9選 2014-2015”(第一回 第二回 第三回)がある。

映画監督 柴田剛 公式サイト
http://www.shibatago.com/


1. はじめに

こんなにも構えていない、世の中に構わないで作られた、素面で作られた映画が、今の日本に存在していて、しかも2017年の今にシアター・イメージフォーラムでしっかりと公開していることはとても嬉しく、観て得をしたのだ。

この映画『ニコトコ島』は2008年に、2人の幼馴染みの監督とその友人である音楽家の3人で作られた、台本のない旅の記録である。

2人の監督は、普段から週数回どちらかの家で会ってはアイデアを溜めていき、1本映画を作れるくらいまで溜まってきたらカメラを持ち、もうひとりの友人を連れて外へ向かう。そしてアイデアに適した場所に向かいカメラを置いて、固まったらその場でカメラを回す。阿吽の呼吸から始まるアイデアを携えて、いざ現場ではテレパシーを使って3人が応じ合いながら固定カメラのカットに収まってゆく。ひとつ撮影が終われば3人のうち誰かが遠くに置いたカメラに走っていって録画を止めている。『ニコトコ島』以降はこういったプロセスで映画を作っているそうだ。

「アイデアはどこからくるの?」という質問を彼ら2人にしてみたくなる。こちらも映画を観て既視感と親近感を覚えているからだ。幼馴染にある特別な時の積み重ねをうまく映画『ニコトコ島』の空気に取り込んでいるのを知っているから。観ていて居心地の良い空気しかしないのだ。そこを2人に直接聞きたくなる。

この旅の会話のやりとりは『ニコトコ島』の聴きどころ見どころであり魅力なので内容は一つひとつ紹介しないが、自然の景色に身をおいて、そこで沸き起こる感情を言葉にした会話の数々は、幼馴染にある、許しあっている会話の内容ばかり。神話、口伝、古史古伝で語り継がれてきている中の、その内のひとつにある中道の道徳を見い出すことができて好感が持てて嬉しくなる。

自身の家は決して信心の深さはなく、かろうじて浄土真宗だから、この中道という言葉を書いて充ててみてはいるけれども、どうやらこの映画の良さに触れるにあたってそれもうまくない。もっと話の先に行きたいのだ。それを書いてゆく。

『ニコトコ島』スチル

『ニコトコ島』スチル


2.『ニコトコ島』から神話の質感を見い出す
- テレパシー関係と原初に生まれたコミュニケーション

俺は、普段から神話の世界を“仮に事実としてみる”という半ば趣味のような思考遊びをしている。この遊びの醍醐味は、常識化する日常からポーンと飛躍するジャンプ台になり得て、“現実世界を超現実世界に見立てる視点の獲得”ができるということにある。こうした遊びの延長として、今回『ニコトコ島』にいくつかの角度から神話を当て嵌めてみながら深く楽んだ。

シアター・イメージフォーラムでの上映の際にアフタートーク(※1)で呼んでもらったので、作者2人にそのことを伝えたうえで、「交わされるセリフとロケ場所って神話らしさを意識しているの?」と聞いたら無言の答えが返ってきた。

そうしてすぐに返事が返ってこない様子から、幼馴染のテレパシー関係を大事に年齢を重ねてきている2人だとわかった。2人の間にはテレパシーがあるので、普段はこういったことを他の誰かにわかるよう言葉にする必要がない。それゆえにすぐに言語化することが難しいのだろう。

なので俺は、映画『ニコトコ島』という“彼らが作り上げたこの質感”は、テレパシー関係から生まれるものであり、ダイナミックな人間の在り様や人生のざっくりとした乗りこなし方などの、人生の延長にあるものたちを記録していく決意を、小学生時代からそのまま2人で積み重ねたことによる賜物と分かった。それは稀有でピカピカした輝きを放っている。

テレパシーは、テレパシー経験者・体験者によって、よく“口や耳を使わず直接脳に語りかけてくる会話と言葉”のようなものと説明される。「“言葉”が生まれる前に“音と光”がまず先に地球上に産み落とされた」という神話の世界の口伝・古史古伝とぴったり収まる。それで神話の質感とニアイコールというか限りなく同一なものと捉えて、観終わったあとの“道徳観”いや、“道徳感”をズシンと中枢神経にいいカンジで受けとめ喰らっている。

『ニコトコ島』スチル

『ニコトコ島』スチル

※1)柴田氏は2017年10月 21日(土)にシアター・イメージフォーラムで行われた『ニコトコ島』『石と歌とペタ』の上映にアフタートークのゲストとして登壇している。


3. 壮大さとちっぽけさが同居する面白さ

もう一つ、映画『ニコトコ島』の質感と神話の質感との親和性について書く。

神話の質感に自身がいつも感じるのは、“所作や出来事の壮大さ”と“動機のちっぽけさ”が同居しているチグハグな面白さだ。すごく人間的な動機…例えば自分だけの個人的な悩み事だったり、他者と関係しているシチュエーションならば、どちらかが欲をかいたり、浮気しちゃったり、妬みや嫉み、恨みを抱き、怒りから物語が始まる。

原因はただただそこから始まってるのに、結果は、その登場人物のみならず、舞台になるその土地の地上空間や天上空間や地下空間、はては宇宙空間も巻き込んで壮大な事変が起こる。大宇宙戦争だったり、ナゾの啓示を受けてナゾな生き方に大転換してそれを続けてみたり。

そういった“大も小も等価値”に描いている視点に加えて、“善し悪しの是非”を問わない視点もある大らかさといったらいいのか…適当さ雑さ。要は大雑把なんだけど含蓄があるエピソードがふんだんに散りばめられている“神話の質感”と、映画『ニコトコ島』という“彼らが作り上げたこの質感”に、共通したチグハグなものが同居してる面白さを見出したのだ。あまりにも壮大な景色の中で、ちっぽけな存在の人物たちが宇宙を夢想して語り合いながら、いつのまにか世界と繋がっていてその認識にいたり、己の生き方に足るを知る旅が描かれているところが、神話とこの映画が“限りなく同一”と感じとった所以である。

心地よい電気、電磁気力が心身を爽やかに通電していく。俺は銭湯にある電気風呂も大嫌いなのに通電という表現をしてるけども、それしか言いようがない。仲睦まじい2人の監督の在り様に、伝播され通電され大事な何かの入り口まで連れて行ってもらった。開通式がこの『ニコトコ島』での徘徊旅の映画で突然始まった。 “何かの新鮮な入り口”っていうのは数ある映画が落っことしてきたことに立ちどまったときに再発見できるのだ。2人の監督はそれをよくわかっている。

なお、自身はこの映画を様々な神話に当て嵌めながら観たが、特に、有名な“1つは甘く、1つは苦い、2つの巻物”を貰った地表人の話を下敷きにしながら楽しく深く観た。

『ニコトコ島』スチル

『ニコトコ島』スチル


4. 映画を根っこから植えてその畑を耕す

この2人、いや3人はネガティヴなエネルギーの持ち主になることをとっくに手放して、今は穏やかで健やかな包容力ある世界へ、したたかに歩んでゆくのがちょうどいいことをとっくに分かっていると直感する。

2008年にはとっくに完成している『ニコトコ島』には、不思議な役割があるのかもしれないと感じている。共鳴呼応する作品群を世界中から掘り起こしていく牽引力のダイナミックスさを備えている。映画の倦怠期を案外あっさりと圧縮突破する術を、ニコニコした顔でトコトコと散歩して島(←群島、日本群島)巡りのなか編み出して体得している。10年続けて10作品ほど、だいたい年に1作品ごと発表しつづけている彼らの近作2012年の映画『石と歌とペタ』にも倦怠を怖れていないというか、当たり前に真俯瞰で受けとめる賢い者のもつ信心というか、今の膠着状態に目くじらを立てず、役割をちゃんとわかったうえで、したたかに表現している。

2人の監督 大力拓哉さんと三浦崇志さん、2人の共通の親友 松田圭輔さんの3人は、トリオだ。お笑いトリオでも音楽トリオでもなんでもよかろう、大事なのは彼ら3人は映画を根っこから植えてその畑を耕しているという事実だ。トドメの視点を再発見する行為に映画を想う。

『ニコトコ島』スチル

『ニコトコ島』スチル


作品情報

ニコトコ島 'Nikotoko Island' Trailer

作品名: ニコトコ島
基礎情報: 2008年/日本/47分/モノクロ/4:3/DV
出 演: 松田圭輔、大力拓哉、三浦崇志
音 楽: 松田圭輔、大力拓哉
監督・脚本: 大力拓哉、三浦崇志
木のオブジェ: 伊藤亜矢美
協 力: 西尾孔志
公式WEBサイト: http://nikotokopeta.dddmmm.info

上映情報

『ニコトコ島』『石と歌とペタ』予告編

『ニコトコ島』+『石と歌とペタ』2作品一挙上映。シネ・ヌーヴォ(大阪)にて2017年12月16日(土)~、名古屋シネマテークにて2017年12月21日(木)、12月23日(土) の2日間上映。以降全国順次公開予定。

大阪:シネ・ヌーヴォ

日 時: 2017年12月16日(土)~
会 場: シネ・ヌーヴォ(大阪)
http://www.cinenouveau.com/
イベント: 期間中、舞台あいさつ、トークイベント多数。
詳細は公式WEBサイト参照。

名古屋:名古屋シネマテーク

日 時: 2017年12月21日(木)、23日(土)
会 場: 名古屋シネマテーク
http://cineaste.jp/
備 考: 「第31回自主製作映画フェスティバル」内、Bプログラムで上映

神戸:神戸映画資料館

日 時: 2018年1月12日(金)~16日(火)
会 場: 神戸映画資料館
http://kobe-eiga.net/

映画監督 柴田剛による映画/映像作品評
第1回『ニコトコ島』(大力拓哉&三浦崇志 監督作品)

Category: Digital Imaging





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