01, Jul 2014

映像論「古な映像」

2013年12月にアサヒ・アートスクエアにて発表され、大きな話題を呼んだ、山城 大督氏によるタイムベースドメディア作品《VIDERE DECK》。照明・映像・音響・オブジェによって構成された13分間の時間軸は、映像表現の新しい形式を提示した。山城氏にとっての「映像」への意識とは、「これからの映像表現」とは。 アーティスト・ステートメント形式による映像論としてご寄稿いただいた。

文:山城 大督(美術家、映像ディレクター)

1. 眼(め)カメラ

癖。心揺さぶられる場面に立ち会うと、片方の眼を閉じる癖がある。何をしているのかというと、ファインダーを覗いているのだ。と言っても、カメラを構えている訳では無く、頭の中でカメラを用意し、もしこの風景を撮影したらどんな「画」になるのか、と詳細に想像しているのだ。10年くらい、カメラを持ち歩いて淡々と撮影していると、いつの間にか、大体の「画」が想像できるようになった。

山城 大督 『TOKYO TELEPATHY』 2011, Music:林洋介

2. 光が在れば、所有できる

カメラは光があれば、何でも撮影が出来る。偉人でも、映りたく無い人でも、国宝でも、ポルノでも。この世に存在する物は、全て平等に光が反射し、反射した光はフィルムやCCDを通して、写真や映像としての「画」になる。平等に存在するそれらの物質や現象から、僕らはファインダーを通して選択し記録する。臨場感、緊張感、事故感、構図やタイミング、内容などによっても、「画」におけるプンクトゥムの強弱は変化する。プンクトゥムの強い「画」を僕達は欲しがちである。

山城 大督 『Hello Everything』 2012, Music:蓮沼執太

3. 全てが同じ地平にある

記録された「画」を、構成し、繋ぎ合わせる操作をすると、更に新しい「イメージ」を作り出す事ができる。その行為が「編集」だ。編集する際、素材となる「画」は全て同じ地平に存在する。その「画」には一定時間見続けられる力があるのか。その「画」と「画」は最適な組み合わせであるかどうか。「画」は取捨選択される。編集者は四角いスクリーンの中で、記録された「画」と「画」を何度も見返す事になる。

山城 大督 『People will always need people.』 2009, Music:林洋介

4. 「画=フッテージ」を繋げると時間が生まれる

編集では、「画」と「画」をタイミングよく繋げる事で、時間が生まれる。5秒、3秒、12秒、4秒、4秒、12秒、5秒、の「画」を繋ぎ合わせると、45秒の一つの映像が出来上がる。45秒の時間、人々はその映像を見る事ができる。当たり前の事だが、45秒間の映像を見るには45秒の時間が必要になる。それぞれ、別々に存在していたはずの「画」が「編集」を通して、一本の時間軸へと変貌し、リニアな存在となるのだ。

山城 大督 『This alarm rings every hour.』 2006

山城 大督 『This alarm rings every hour.』 2006


山城 大督 YAMASHIRO Daisuke
(美術家、映像ディレクター)
山城 大督 YAMASHIRO Daisuke

1983年大阪生まれ。映像の時間概念を空間やプロジェクトへ展開し、その場でしか体験できない《時間》を作品として展開する。2007年よりアーティスト・コレ クティブ「Nadegata Instant Party (中崎透+山城大督+野田 智子)」を結成し、他者を介入させ出来事そのものを作品とするプロジェクトを全国各地で発表している。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)修了、京都造形芸術大学芸術学部卒業、山口情報芸術センター[YCAM]エデュケーターを経て、東京藝術大学映像研究科博士後期課程在籍。2011年より京都造形芸術大学、2013年より明治学院大学 非常勤講師。
主な個展に『VIDERE DECK /イデア・デッキ』(2013、アサヒ・アートスクエア[東京])、グループ展に『あいちトリエンナーレ2013』(Nadegata Instant Partyとして、中部電力本町変電所跡地[愛知])がある。

yamashiro daisuke WEBサイト
http://yamashirostudio.jp/


5. 実空間でリニアな時間軸を構成する

ここ数年、映像を使わずに、実空間の中でリニアな時間軸を構成する事が出来るかもしれない、と思い始めている。例えば、水の入ったコップとテーブル、そこに射す光と音楽。それらを「再生」する事で、ある時間軸を存在させる事が可能ではないだろうか?「画」と「画」を繋ぎ合わせるように映像空間での編集方法を応用し、目の前に存在する物質を「画」と同じように扱う。プンクトゥムの強い状態の「画」を作り上げ、それをリニアな時間軸に載せて構成する。ある物は落下し、ある物は進み続け、ある物は劣化し、ある物は繰り返す。各々で存在する物質をなんとか、一つの時間にしていく。編集は時間の断片を違和感無く接続させる技術だ。映像の編集の発展として、そんな事が浮かび上がってきた。

山城 大督 『VIDERE DECK』 2013

6. 時間軸を誘導する再生ヘッド

実空間の中で、人々を時間軸へと誘導するには、何らかの引率が必要になる。その引率を「再生ヘッド」と呼んでみよう。「再生ヘッド」は時に音楽かもしれないし、照明かもしれない。はたまた人でも良い。文字をなぞりながら読むのでもいい。人々はその「再生ヘッド」に合わせて、時間を見る事になるだろう。その時、混沌と存在していた物質たちが、モニターの中での「画」のように、平等に存在し始める。

7. 経年劣化する「イメージ」

jpeg形式圧縮による独特のノイズや、VHSの経年劣化による色あせ、などの類いでは無く、 「映像/イメージ」そのものが「古(いにしえ)」へと成長していく事はあり得ないだろうか?まるで骨董品を愛でるように、積み重なった経年劣化を愛でる。そんな行為を「映像/イメージ」に対して行う。その為には、映像がデータではなく物質になる必要があるのかもしれない。ブラウン管モニターやLEDモニターなどの映像再生装置そのものが劣化するのではなく。陶器が割れるように、破損したり修復が可能な肌触りのある映像という存在が、これからの映像の目指す方向かもしれない。

誤って感光したブローニーフィルム , 2014

誤って感光したブローニーフィルム , 2014


8. 映像の物質化/陶芸や物に憧れる

いくらHD画質、4K画質になっても、それらは所詮「存在」では無い。コンテンツを表象するためのメディアなのだ。映像をメディアではなく「存在」に成し得るヒントとして、僕は現在、陶芸に注目している。茶碗は手に取る事が可能だ。そしてそれを手の中で回転させることで、表面を再生し閲覧することができる。作陶~焼成~使用~経年劣化、という目眩がするような時間が保存されている強者もある。さらに見つめ、作陶前の土、釉薬になる前の岩や灰に思いを馳せる。

9. 古な映像にするにはどうしたらいいのか

モニターに近づけば、そこにはRGBの光が存在する。ある一定の距離に近づいてしまえば、どのような映像もRGBで構成されたモニターでしかない。茶碗は近づいても近づいても、土であり岩でありガラスである。そしてさらに茶碗は、手に取り茶碗として使用する事ができる。古物や「存在」と同等に映像が存在することは夢の話なのだろうか。

京都で出会った古物[推定 鎌倉~室町] , 2014

京都で出会った古物[推定 鎌倉~室町] , 2014

10. そのヒントは物質にある

今、僕は映像に絶望している。これまで映像の中で取捨選択してきた物がいかに弱いものだったか。物質の中にもプンクトゥムは存在し、その種類は映像に比べて多様だ。映像が単なる記録ではなく、物質と同等に見つめる事が出来る、古な映像を夢見る。コンテンツではなく、図鑑ではなく、物質としての映像。色々なものを並べながら、手に取りながら、映像を召還するメソッドを、僕は今、さがしている。

山城大督「VIDERE DECK/イデア・デッキ」DOCUMENT BOX
山城大督「VIDERE DECK/イデア・デッキ」DOCUMENT BOX

VIDERE DECK《The Mirror Stage》は、六台のマルチ・チャンネル・モニター、風船・氷・シャボン玉・テーブル・コップ・鏡・ネオン、古道具などのオブジェクト、台詞・音楽を発する音響スピーカー、空間を演出する数十台の照明機器などによって構成された13分間のタイムベースドメディア作品である。本記録 「VIDERE DECK DOCUMENT BOX」は、本作 VIDERE DECK《The Mirror Stage》を、写真・シングルチャンネル映像・四つの視点によるテキスト、によってドキュメント化する一つの試みである。

発行部数|400部(エディションナンバー入り)
内容|フォト・ブック(12P)、テキスト・ブック(20P)、DVD(《The Mirror Stage》single-channel video version )
執筆者|平倉圭(芸術論・知覚論/横浜国立大学准教授)、西川美穂子(東京都現代美術館学芸員)、坂田太郎(アサヒ・アートスクエア)
編集|山城大督、坂田太郎、中西要介
デザイン|中西要介
プロダクション・マネージメント|野田智子



映像論「古な映像」

Category: Digital Imaging





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