06, Oct 2009

3Dビジュアルシミュレータの可能性

ユーザの要求によって瞬時に演算・描画を行う「リアルタイムCG」。この「リアルタイムCG」を用いたシミュレータが、さまざまな領域へ導入されつつある。豊富な実績をもつ㈱キャドセンターによる、その概要と展望。

ドライビング・シミュレータ映像キャプチャ

ドライビング・シミュレータ映像キャプチャ(左:昼間、右:同位置の夜間)

はじめに - シミュレータとは

シミュレータは複雑な状況を簡略化して模擬するシミュレーションの一部であるが、我々の扱うシミュレータとは、コンピュータ・グラフィックス(CG)や操作可能な装置を利用して航空機のコックピットや船舶のブリッジ等の模擬環境を構築し、その中に被験者の身を置いて訓練や研究を行うもののことをいう。被験者の操作により、時々刻々と模擬環境を変化させるためには、CGを高速に作成、更新する必要がある。このようなCGは「リアルタイムCG」と呼ばれ、更新頻度は一般的に1/30秒以下とされる(これに対し、映画やCM等で使用される"あらかじめ時間をかけて描画されたCG"は「プリレンダCG」等と呼ばれる)。シミュレータはこの時間的制約の中でハードウェアの計算速度、ソフトウェアによる事象簡略化、形状データの複雑度のバランスの上に成り立っている技術である。
同様の技術を利用するものに、仮想空間を扱う3Dゲームがある。リアルタイムCGに特化したハードウェアや市場の大きさ等からゲーム業界はCGの表現力の豊かさにおいてシミュレータ業界の一歩先を行く状況にある。しかし、表現力もさることながらそれ以上にシミュレータに求められるのは、被験者の視野を覆う没入感や、モーションベース(可動筐体)による重力の再現、巨大施設を用いての多人数共同訓練等であり、それらの要求および目的に応じて組み込まれる技術は多岐にわたる。

シミュレータ構築の流れ

ここで一般的なシミュレータ構築の流れについて簡単に述べておきたい。
まず、顧客によりシミュレータの内容や対象、立地が設定され、それらに合わせて適切な操作装置や表示装置、計算装置(コンピュータ)等のハードウェアを選定する。さらにそれらのハードウェアで稼働する基本となるソフトウェアを選ぶ。これには運動や物理事象、自然現象の模擬、リアルタイムCGによる視界の模擬、重機等の操縦模擬に加え、(教官をはじめとする)管理者による管理機能等が含まれるが、多くのシミュレータでは顧客ごとの独自機能が求められるため、各部における新規や追加の開発が重要となる。その後、そのソフトウェア上で表示される三次元の形状データを作成し、最後に上記全てを統合する。
我々の場合、ハードウェアに関しては市販のパーソナル・コンピュータをはじめ、ステアリング等の操作用実機やタッチパネル・ディスプレイ等、その時点で最適と思われるものを活用するため、本稿では我々の業務の特色である形状データの制作方法と、リアルタイムCG技術の動向について述べる。

操船シミュレータ事例(海上自衛隊 第1術科学校)

操船シミュレータ事例(海上自衛隊 第1術科学校)

シミュレータ配置例

シミュレータ配置例


株式会社キャドセンター シミュレーター事業部

設立1987年。創業当初は建築系のプリレンダCG請負業務が主であったが、1998年にバーチャル・リアリティ部門(現シミュレーター事業部)を立ち上げ、学校や独立法人、省庁、企業研究部門等への各種シミュレータの提案、構築を請け負う。ソフトウェア開発、データ作成の大部分を社内で行い、希望に応じたカスタマイズが特長。MultiGen-Paradigm社(現PRESAGIS社)ソフトウェアのユーザーであったが、2002年より日本代理店となる。昨年マリン・シミュレータでPRESAGISアワード2008「Best Visualization Application」受賞。

株式会社キャドセンター
http://www.cadcenter.co.jp/

形状データ制作方法

現地調査

我々は、ものづくりの基本は実物を観察することにあると考えている。シミュレータにおいては実在する景観の模擬を要求されることが多く、その場合はできる限り現地調査を行うようにしている。操船シミュレータであれば、現地で船をチャーターして撮影、ドライビングシミュレータならば、レンタカーに4~5人乗車し走行しながら前後左右を撮影する。管制塔シミュレータの場合は、管制官の方に注意すべき点を伺いながら自分達の目で現地を確認、許可を得られれば撮影する。

また現地調査は、我々が単独で行う場合と、顧客の協力を得て行う場合の大きく2つに分かれる。前者は(多くの場合)調査可能な場所が制限されるが、天候が優れない場合などは再撮影が可能という利点がある。防衛関連の施設であれば一般公開を利用する手段もあり、日時や場所は指定されるが、普段立ち入れない場所での撮影が可能なため、有効に活用している。

一方、顧客の協力を得る場合は、決められた場所を決められた時間でまわることになる。顧客に手続きを依頼し、また同行して頂くことも多いため、撮り直しは原則不可。効率のよい撮影計画が勝負となる。
代表的な機材はスチルカメラとビデオカメラである。現在の装備はニコンD80とD100。動画用にはハンディかつレンズも良いソニーHVR-Z7J。暗い場所での高感度撮影に威力を発揮する。

次に、一例として操船シミュレータ用港湾の現地調査における注意点を挙げる。 どの撮影にも共通して言えるのだが、天候の中でもっとも適切な状態は「明るい曇天」である。雨天が不適切であるのはもちろん快晴でも単純には喜べない。撮影対象に陰影がくっきり付いてしまうからである。影の付いていない対象にCGで影をつけることは比較的容易だが、付いた影を除くのは困難であり、よって天候によってはスケジュール変更を余儀なくされる。 船から撮影する場合は「波」も問題となる。内海や港内は波が比較的穏やかだが、港外に出るとたちまち波が高くなる。チャーターするのは小さな漁船であることが多いため、3mくらいの波で撮影困難となる。波が高いときは東京湾でさえ有効な写真が撮れず、冬の日本海においては撮影どころか立っていることすらできない。そんな調査では自分達の目と記憶だけが頼りとなる。
そして「船の手配」。事前にチャーター情報を見つけられないときもあり、そんな場合は現地で漁師の方と直接交渉して船を手配、確保する。国内の場合はそれで切り抜けられることが多いが、海外だと簡単にはいかない。そのため海外調査ではガイドを依頼することもある。対象国が内戦による渡航制限中であるにも関わらず、ビザやスケジュールの関係上、調査を敢行したこともあった。
また、現地調査に先だって図面の収集を行うが、調査によって図面と実測値が一致しないと判明することもある。操船シミュレータでは海岸線が重要なため、最新図面の有無を確認するために港湾局等を訪問するが、海外では日本ほど図面が整備、公開されておらず、入手困難なことが多い。

船主さんから頂いた牡蠣!

港湾の現地調査は、波を被って携帯電話が壊れたり、ディナークルーズに乗船したものの撮影で食事ができなかったり、思わぬことが起きることがある。体力と三半規管(船酔い)と運の勝負ともいえるかもしれない。逆に、調査後に漁船主の厚意により取れたての牡蠣を頂くという嬉しいハプニングなどもあり、これは現地調査の面白さを物語っているといえよう。


護衛艦 現地調査写真

護衛艦 現地調査写真 / 作成した形状モデル

作成した形状モデル

シドニー 現地調査写真

シドニー 現地調査写真 / 作成した形状モデル

作成した形状モデル


アプリケーション

リアルタイムCGにおいては、精緻な形状モデルをできる限り少ないデータ量で作成することが肝となる。IG1が画面を1枚描くにあたり、そこに含められる形状モデルのデータ量はおおよそ決まっている。それよりもデータ量が多くなれば画面更新頻度が低くなり、自然な動画に見えなくなる。こうなればシミュレータとしては失敗である。
形状モデルは、ポリゴンと呼ばれる三頂点座標から規定される面の集まりと、そこに貼られる画像(テクスチャ)からできている。まず図面や資料からポリゴンで形状を作成し、それに現地調査で収集した画像を加工して貼り付ける。詳細をどこまでポリゴンで作成し、どこからテクスチャで補うかは形状作成担当者の経験と技術、そしてセンスにかかっており、簡単に表現することは難しい。しかし、ここでどれだけデータ量を削減できるかがシミュレータのパフォーマンスを左右する。
形状作成にあたり、我々は主にPRESAGIS社のCREATORというツールを使用している。その理由は、精細な形状を少ないデータ量で作成できることだけでなく、リアルタイムCG技術であるLOD(Level of Detail)、スイッチ、DOF(Degees of Freedom)といった設定が可能な点にある。

LODによるポリゴン数の変化

LODとは視点からの距離に応じて形状の詳細度を切り替える技術であり、IGが扱うデータ量軽減のために重要な設定の一つである。近くで見れば詳細なモデルも、遠くにある時は詳細を省くことで描画計算負荷を軽減させる。CREATORでは、対象となる形状ごとにこのLODが簡単かつ視覚的に設定できるため重宝している。


スイッチ機能を使用し、テールランプのONOFFを模擬

スイッチとはIGにおけるモデルの切り替え設定であり、例えばライトの点滅や変化する電光掲示等に使用する。通常の形状作成ツールでは、形状作成担当者が切り替え用のモデルを複数作るだけで、切り替えるという設定はプログラマが行う。しかし、CREATORではモデルに詳しい形状作成担当者が予めスイッチを設定しておくことで、プログラマの作業を減らし、業務の効率を高めることができる。


DOFでタイヤの回転軸を設定

DOF機能を使えば、モデルの可動部分の回転軸を設定できる。自動車のタイヤや多関節工作機械の挙動再現等に使用する。こちらもプログラム作業の効率化に貢献している。CREATORの近年のバージョンアップでは、ラジオシティ2マルチテクスチャ3など、より豊かな表現手法の導入が進められている。


1IG:Image Generator
画像生成装置の総称だが、シミュレータ業界では模擬視界用リアルタイムCG生成ソフトウェアとそのハードウェアをまとめてこう呼ぶことが多い。
2ラジオシティ
光量を熱と仮定することで、間接光等を表現するための計算手法。室内等の光の表現に有効。
3マルチテクスチャ
一つの面に複数の画像を貼り付ける方式。従来は貼り付けられる画像は一枚のみであった。

では次に、形状モデルを表示するための技術について、最近の動向を述べる。


リアルタイムCG技術の動向

昨今、パーソナル・コンピュータは飛躍的な進歩を遂げてきた。とりわけグラフィックス・ボードの進化は凄まじく、GPU4の処理速度はもちろんの事、グラフィックス・メモリの容量も数年前のものとは比較にならないほど増加した。 その中でも特に革新的な変化があったのはプログラマブル・シェーダ(以後シェーダ)の登場ではないだろうか。シェーダとは簡単に言えば描画演算プログラムである。以前のリアルタイムCGは、グラフィックス・ボードが実装している限られた機能の中で表現をしてきたが、シェーダ実装後はプログラマによる独自機能の追加が可能となり、さまざまな表現も可能となった。 では、シェーダにより可能となった表現の例を以下に挙げる。

4GPU
Graphics Processing Unitの略。CPU(Central Processing Unit)が汎用演算を行うのに対し、GPUは原則的に高速な画像処理を担当する。
空の表現

以前の空の表現は、天空に雲のテクスチャを貼り付けただけの平面的な表現であったが、シェーダ導入により雲の陰影や大気の表現がより写実的になった。

空の表現

シェーダ導入以前の空

雲シェーダ導入後


海面の表現

以前の海の表現は、上記の空と同様、海面に半透明のテクスチャを重ねて貼り付けたものであったが、シェーダ使用により白波や波の動き、海面の反射まで可能となった。 たとえば、水面の反射の表現については、以前であれば水中に反転したモデルを配置することで映り込みを表現する手法が一般的であった。しかしシェーダ導入以後は、反射画像用カメラからの画像をリアルタイムにテクスチャとして水面に貼り付けられる上、水の揺らぎも付加できる等、汎用的で、より写実的な表現が可能となっている。

海面の表現

シェーダ導入以前の海面

反射シェーダ導入後


このように、シェーダを利用することで表現に大きな違いを生み出せる。しかし、良いことばかりではない。前述したようにプログラマが機能を追加できるという事は、開発コストの増加に繋がる。そこで重要になるのがライブラリ の存在である。最近では様々なライブラリ5が公開され、プログラムの知識がなくともコンテンツを構築できるものもある。
我々はシミュレータ用ソフトウェア開発に実績のあるPRESAGIS社のVega Prime(ベガ・プライム)というツールを使用している。このツールは、さまざまな表現や分散レンダリングといったライブラリを、プログラマによる拡張可能なかたちで提供しているため、幅広い要望に対応が可能である。前述の「空の表現」シェーダはVega Primeの標準機能である。
一方で、このようにシミュレータに写実性を求める傾向には懐疑的な意見もある。模擬訓練には必ずしも写実的な映像は要らないというものだ。しかしながら、「航行灯による霧中の他船との距離把握」や「危機的状況に置ける冷静な判断」等は写実的なCG表現なくして訓練することは困難であり、シミュレータはその宿命として、あらゆる点で現実に近づくことが求められていると我々は考えている。

リアルタイムCGの展望

現在、既に並列処理の強化が始まっているが、今後さらにそれが進み、一度に処理できるシェーダの数が増えることが予想される。
我々が注目している新技術はリアルタイム・レイトレーシング6であり、すでに研究レベルのサンプルは登場している。これが実現すればプリレンダCGにも劣らない表現がリアルタイムCGで可能になり、反射表現はもちろん、影の表現も格段に写実性が増し、開発期間の短縮も可能となると思われる。もちろんその頃にはプリレンダCGもさらなる進化を遂げているであろうが。

5ライブラリ
汎用性の高い機能やデータを再利用しやすいようモジュールごとにまとめたもの。
6レイトレーシング
カメラ位置からの光線を追跡し、各画素方向に何が見えるかを判定する画面描画方式。屈折や反射の表現に優れ、プリレンダCGで一般的に使われる。

シミュレータの今後の可能性

では、これらCG技術の進歩と共に、シミュレータは今後何処へ向かって行くのであろうか。
シミュレータの根本である「より忠実な現実の再現と、より高度な訓練の実現」が目標であることに変わりはないが、その内容、手法にはさまざまなものが挙げられる。

多人数による合同訓練

従来、多くのシミュレータは単体か、二つのシミュレータを接続する等の小規模なネットワークでの運用に限られていた。しかし昨今のネットワークの高速、広帯域化により、多人数連携訓練や遠距離合同訓練等が可能なインフラが揃ってきている。

不確定要素の模擬

現在、シミュレータで再現される要素の多くは管理者が作成するアニメーション・パスで制御されており、予め一定の動作が設定されている。これでは、被験者以外の要素が毎回同じ動きを再現するため、同じ訓練を繰り返すと訓練効果が薄まり、最後にはルーチンワークとなってしまう。そこで、それらの要素に「障害物を避けながらある対象を追いかける」や「ある条件下では対象から逃げる」といった漠然としたルールを与えておくことで、訓練中、毎回異なる動きを取らせることが可能となる。
この手法により、多くの要素の動作設定に労することなく、繰り返しによる訓練効果を高めることができる。そして、対象となる重機等の操縦訓練だけでなく、状況に応じた判断訓練も同時に可能となる。

道路経路探索テスト例
道路経路探索テスト例

自動経路探索テスト例:障害物を避けながら対象を追いかける

これらの例からも、シミュレータが現在まさに進化の最中にあり、今後の可能性に溢れていることがおわかりいただけることと思う。


最後に

人は日々経験によって多くのものを体得し、成長している。文書化可能な知識は既に書籍という手段により整理、効率化されている。これにより、個人は経験のみでは知り得ない過去の事象や科学的発見を短時間で習得することが可能となった。
しかし経験によってのみ得られる知識や知恵、反応や反射の習得方法には、まだ効率化が進められる余地があると思われる。例えばスポーツのような、反応のタイミングと速度、正確性を求めるものや、危険性が伴うために実訓練自体が困難な機器操作など、反復練習が望ましいが経験を積みにくい分野は多く存在している。そのような経験を補う装置として、より高度なシミュレータが活用されるシーンは増えていくのではないかと考えられる。
近い将来、人々は本を読むように短時間で新たな技術を体得したり、初めて遭遇する危機に対して冷静に回避行動できたりするようになるのかもしれない。
テクノロジーが人間の新たな可能性を引き出す場面に立ち会えることを、我々はわくわくしながら待ち望んでいる。


3Dビジュアルシミュレータの可能性

Category: Digital Imaging





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