08, Feb 2018

タイムベースド・メディア・インスタレーション作品『HUMAN EMOTIONS』の修復・再制作に関する資料と議論 第2回(全4回):修復・再制作のためのインタビュー1
―その作品が、その作品たり得る境界はどこなのか

AMeeTでは、美術家 山城大督によるタイムベースド・メディア・インスタレーション作品『HUMAN EMOTIONS/ヒューマン・エモーションズ』の修復・再制作に関する資料及び議論を4回に分けて掲載する。本記事の目的は2つ。1つは作家不在で再制作をしなければならない状況を想定し、記事制作を通してできる限り必要な情報を整理すること。もう1つは作品の同一性について、すなわち「その作品が、その作品たり得る境界はどこなのか」について対話・整理することで、作品の本質を明らかにすることだ。第2回目となる今回は、修復・再制作を行ううえで重要な「作品の試みとして何が重要か」に関する意図・見解などを保存するためのインタビュー、及び「サイトスペシフィックな要素を持った作品を、どのように他の場所で成立させるか」といった再制作に関する具体的な議論を掲載する。

目次

記事は全4回に分けて掲載する予定で、第2回となる今回は5章から10章までを掲載する。 本記事を理解するうえでも重要な作品概要及び制作履歴は第1回に掲載。

インタビューパート

作品の定義・意図・見解を保存するためのインタビュー
  1. 複製の可否
  2. ヴァージョンについて
  3. 作品を通しての試みと、結果として立ち現れたもの
  4. 美術館システムへの意識
再制作に関する議論
  1. “場所性”に関する議論 ~サイトスペシフィックという要素を剥ぎ取る~
  2. “不完全な状態での展示”に関する議論 ~条件の遵守と許容~

主な参考資料・記事制作者(第2回)


5章以降については、山城と、京都造形芸術大学が運営するアート・スペース ARTZONEでのオリジナル・ヴァージョン(※1)制作の際にキュレーターを務めた堤 拓也に対して行った2度のインタビューに、編集を加えて構成。

インタビュイー:山城大督、堤 拓也(キュレーター、デザイナー)

インタビュアー・編集:中本真生

取材日:2017年11月10日(堤のみSkypeで参加)、2017年11月24日(Skypeでの取材)

インタビュー場所・会場提供(2017年11月10日のみ):東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)

5. 複製の可否

――最初に作品の成立について、前提を確認します。例えば版画は版があれば、映像作品はデータがあれば、実質的には複製可能です。また、音楽・パフォーマンス・演劇作品などにおいては、楽譜や指示書、戯曲があれば作品自体を再制作可能という考え方もあります。作品が複製可能か、複製不可能かによって、このインタビューで明らかにするべき内容が変わってくるので確認したいのですが「『HUMAN EMOTIONS/ヒューマン・エモーションズ』(以下、『HUMAN EMOTIONS』)は複製不可能であり、代替不能な構成要素を伴う、1点のみしか存在しない作品」という認識で間違いないでしょうか。

(山城)
複製というのは具体的にどういうことですか。

――つまり版画作品は、世界中に100枚でも200枚でも、同じ作品が複数存在しているという状況があり得ます。そういうふうに、例えば『HUMAN EMOTIONS』が同時に複数存在できるかどうかということを伺っています。

(山城)
そういう意味では複製できないです。その理由は、“時計くん”だったり、切り株だったり、木彫りの人形だったり、ガラス瓶だったり、お皿など、唯一無二のものがインスタレーションの中に含まれているからです。

“時計くん”と命名されたオブジェ(写真はARTZONEでの展示時)。 撮影:表恒匡

“時計くん”と命名されたオブジェ(写真はARTZONEでの展示時)。
撮影:表恒匡

切り株(写真はARTZONEでの展示時)。撮影:表恒匡

切り株(写真はARTZONEでの展示時)。
撮影:表恒匡

※1)詳細は4-1. ARTZONEでの展示(オリジナル・ヴァージョン)に記載。


山城 大督 YAMASHIRO Daisuke
(美術家、映像ディレクター)
山城 大督 YAMASHIRO Daisuke

撮影:表恒匡

美術家・ドキュメント・コーディネーター。1983年大阪生まれ。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)修了、京都造形芸術大学芸術学部卒業、山口情報芸術センター[YCAM]エデュケーターを経て、東京藝術大学映像研究科博士後期課程。映像の時間概念を空間やプロジェクトへ展開し、その場でしか体験できない《時間》を作品として制作する。2013年には個人として1年間に渡って映像表現を再考する「東京映像芸術実験室」を実施。本企画より誕生した作品『VIDERE DECK/イデア・デッキ』が第18回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品に選出された。2007年よりアーティスト・コレクティブ「Nadegata Instant Party(中崎透+山城大督+野田智子)」を結成し、他者を介入させ出来事そのものを作品とするプロジェクトを全国各地で発表している。

山城大督 公式サイト
http://the.yamashirostudio.jp


堤 拓也 TSUTSUMI Takuya
(キュレーター、グラフィックデザイナー)
堤 拓也 TSUTSUMI Takuya

1987年滋賀県生まれ。2011年に京都造形芸術大学情報デザイン学科卒業後、2013年から2016年までARTZONEディレクター。同年よりポズナン芸術大学(ポーランド)にて1年間レジデンス・キュレーターとして所属後、2017年よりアダム・ミツキエヴィチ大学大学院社会学部カルチュラル・スタディーズ専攻在籍。主な企画展覧会に、岸井大輔個展「戯曲は作品である」(2015)、「Before Night Falls 夜になるまえに」(2015)、山城大督個展「HUMAN EMOTIONS」(2015)、冬木遼太郎個展「PRESIDENT」(2013)、など(全てARTZONE)。現在、ポズナンにてカタール人女性のサビ猫2匹(モカ&ラテ)をキャットシッティング中。


中本真生 Nakamoto Masaki
中本真生 Nakamoto Masaki

1983年生まれ。愛媛県新居浜市出身、京都在住。UNGLOBAL STUDIO KYOTO代表。ディレクターを務めた『映像芸術祭 "MOVING 2015"』(2015、京都芸術センター、京都シネマ、METRO、ARTZONE、アトリエ劇研 他[京都])、『MOVING Live 0』(2012、五條會舘[京都]、キネマ旬報シアター[柏])、『みずのき絵画ALLNIGHT HAPSセレクション展』(2014 - 2015、HAPS[京都])に山城が参加している。

&ART
http://www.andart.jp/

MOVING公式WEBサイト
http://www.movingkyoto.jp/


6. ヴァージョンについて

6-1. ヴァージョン制作の経緯

――『HUMAN EMOTIONS』では、これまでフル・ヴァージョンとシングルチャンネル・ヴァージョンという2つのヴァージョンが制作されています。2つのヴァージョンを制作することになった経緯を教えてください。

(山城)
もともと『HUMAN EMOTIONS』を制作することになった経緯から、簡単に話します。
まずARTZONEで新作を発表することになり、アイデアを出した際、「子どもに出演してもらう」「複数の子どもが何か困難な状況を自分たちで乗り越える」「子どもたちが反乱を起こす」というような作品コンセプトから構想していきました。それらをただ単にパフォーマンス的に実行するのではなくて、そこで起こったことが何度も再生されるようなインスタレーションにしたいと思ったんですね。

展示をどういった形にするのがいいかなと考えた結果、「複数のカメラで撮影し、その映像を空間の中に散りばめたらいいんじゃないか」と思いました。そこで起こったことを複数のカメラで撮影したうえで、シングルチャンネル(※2)に編集してしまうと、複数のカット・カメラの中でヒエラルキーが生まれてしまいます。「このカットは必要ない」とか「AとBとCのカメラで撮影した映像の中では、Bのカメラで撮影した映像が最もこのシーンを強調するのに適している」というような、所謂、“編集行為”をなるべくせずに成立させたいと思い、最終的には7台のカメラで撮影したうえで、それぞれのカメラで撮影した映像を編集せずに、そのままインスタレーション内で上映しました。それがARTZONEで一番最初に展示した、今となってはオリジナル・ヴァージョン/フル・ヴァージョンと呼んでいるものです。

ARTZONEでの展示写真

ARTZONEでの展示 全景
撮影:表恒匡

完全に新作だったし、制作中に「撮影した場所、(オリジナル・ヴァージョンを)展示した場所以外で展示する」という発想は自分の中には全くありませんでした。ARTZONEでの展示が始まったくらいから「『HUMAN EMOTIONS』を別の場所で展示すること」に魅力を感じ出して、「機会があればどこかで再展示したい」と思いました。

『HUMAN EMOTIONS』は、ARTZONEを含めると現時点で4回展示する機会に恵まれていて、自分が作った作品の中でも一番積極的に再制作している作品です。

ARTZONEで展示した後、すぐに再制作の機会に恵まれたのですが、条件としては決していいものではありませんでした。長野県の松本市でawai art centerというアートセンターをやっている茂原奈保子さんから「awaiの企画で、山城さんと何か展示をしたいです」というお話をいただきました。当時awai art centerは準備段階で、awaiはまだ場所をもっていないような状態だった(※3)ので、茂原さんからの提案でParades Galleryという松本市内のギャラリーを借りて展示をすることになりました。このお話をもらった時、すぐに「『HUMAN EMOTIONS』のシングルチャンネル・ヴァージョンを展示したい」と思いました。

なぜシングルチャンネル・ヴァージョンでの展示を考えたかというと、Parades Galleryは小さいので、ARTZONEでの展示と同じ条件で展示することは絶対に無理だとわかっていたし、また『HUMAN EMOTIONS』を映像作品として捉えて展示したいとも思ったからです。

7チャンネルの映像を1チャンネルに再編集する作業はParades Galleryでの展示の機会に僕がやりました。編集作業は全く困難ではなくて、“時計くん”と3人のコミュニケーションにおける中心軸はどこかを見つけ、それを追うように、鑑賞者がわかりやすいように編集しました。これまでにも何度も編集経験のある、舞台作品の記録映像を編集するような感覚でやったので全く難しくなかったです。

さらに上映会ではないので、ただ単に映像を観せるだけじゃなく、展覧会として観せるため、映像の中で使われたオブジェなど、いくつかの要素を足しました。それがParades Galleryで展示したヴァージョン(※4)です。

Parades Galleryでの写真

Parades Galleryで再制作されたシングルチャンネル・ヴァージョン 全景
撮影:岡田和奈佳

その後、キュレーターの高橋瑞木さんから「Nam June Paik Art Centerでの企画展に山城さんの作品を紹介したい」というオファーがあった際に、「『HUMAN EMOTIONS』という作品があるんですがどうでしょう」と提案したところ、「これならいいね」と言っていただき、Nam June Paik Art Centerに『HUMAN EMOTIONS』を展示することになりました。Nam June Paik Art Centerでの展示もシングルチャンネル・ヴァージョンなのですが、僕自身は「Parades Galleryで作ったヴァージョンを展示した」と認識しています。Parades Galleryで展示したヴァージョン(Reconstuction matsumoto ver.)をNam June Paik Art Centerの会場に合うように多少再構成をする形で展示を行いました(※5)。またParades Galleryで展示したヴァージョンとの違いとして、Parades Galleryで展示したヴァージョンではメインの映像をモニターで展示したけれど、Nam June Paik Art Centerではプロジェクターで展示したということがあります。

Nam June Paik Art Centerでの写真

Nam June Paik Art Centerで再制作されたシングルチャンネル・ヴァージョン 全景
撮影:山城大督

4回目の展示は、IAMASの創立20周年にIAMASが開催した展覧会だったんですけど、そこで始めて、シングルチャンネル・ヴァージョンではなく、一番最初にARTZONEで展示したヴァージョンを再展示してみたいと思いました。この時の展示についてフル・ヴァージョンとは呼んでいるのですが、実質的にはフル・ヴァージョンではなく、いくつかのオブジェがありません。また展示スペースについて、できるだけARTZONEでの展示を再現できるよう心がけたのですが、会場のサイズ、展覧会の構成の都合により、違う形になりました(※6)。

ラフォーレミュージアム原宿での写真

ラフォーレミュージアム原宿で再制作されたフル・ヴァージョン 全景
撮影:丸尾隆一

※2)シングルチャンネルとは、1つの映像を1つのディスプレイで上映することを意味する。

※3awaiは、2017年12月現在は、松本市に拠点及び展示スペースを持っている。

※4)詳細は4-2. Parades Galleryでの展示に記載。

※5)詳細は4-3. Nam June Paik Art Centerでの展示に記載。

※6)詳細は4-4. ラフォーレミュージアム原宿での展示に記載。


6-2. ヴァージョンの定義

――先ほどお話にあったように、これまでシングルチャンネル・ヴァージョンが展示されたのは、Paredes Galleryでの展示とNam June Paik Art Centerでの展示です。シングルチャンネルという言葉を文字通り捉えるならば、「1つの映像を、1つのディスプレイで上映する」という意味になりますが、これらの展示において、映像の数で言えば実際には2チャンネルあります。何をシングルと呼んでいるのでしょうか。

(山城)
確かに映像というメディアの数で数えると2チャンネルです。ただ、2チャンネルのうちの1チャンネルは“時計くん”の映像で、それはお皿とか、切り株とか、ローソクとかと並列する要素だと考えています。

――撮影時に、子どもたちを追った映像がフル・ヴァージョンでは7チャンネルあるが、シングルチャンネル・ヴァージョンではそれらを1チャンネルとして編集しており、その1チャンネルをシングルと呼んでいる。そして、残りの1チャンネル=“時計くん”の映像はオブジェとして加えているということですよね。

ARTZONEでの展示風景
ARTZONEでの展示風景

写真はARTZONEで展示されたフル・ヴァージョン。
写真上の中央にある“時計くん”の映像以外に、7つの映像が上映されている。
撮影:表恒匡

Nam June Paik Art Centerでの展示風景

写真はNam June Paik Art Centerで展示されたシングルチャンネル・ヴァージョン。
奥の壁にプロジェクションされているのが、7チャンネルの映像を1つに再編集したメインの映像。
向かって右手の、ガラススクリーンに投影されているのが“時計くん”の映像。
撮影:山城大督

(山城)
そうですね。どちらのヴァージョンでも、本当は“時計くん”の映像なしで、“時計くん”のオブジェ自体がモーターで動いているといいんですよね(※7)。でもそれは“時計くん”を動かすモーターを自動で制御する仕組み作りが整っていないという事情で、現時点では全4回いずれの展示でも実現できていません。

――再展示の記録を確認した限りでは、フル・ヴァージョンとシングル・チャンネルヴァージョンの決定的な違いはチャンネル数であると認識しています。例えば、ラフォーレミュージアム原宿での展示は、オリジナル・ヴァージョンからオブジェの数などを減らしているにも関わらずフル・ヴァージョンと呼んでいます。映像以外の構成要素は関係なく、あくまで「チャンネル数さえ8チャンネルあればフル・ヴァージョン」で「2チャンネルであればシングルチャンネル・ヴァージョン」ということでしょうか。

(山城)
今はそうなっています。

※7)撮影時には、時計くんはモーターで動いていた。


7. 作品を通しての試みと、結果として立ち現れたもの

――作家不在で修復・再制作を行う場合のあらゆる判断において、実施する者の作品への理解は大切です。そのために作品の芸術的意図(※8)、作品において核となる要素(※9)を言語化して残しておく必要があります。過去にAMeeTに掲載した、『HUMAN EMOTIONS』制作中に収録したインタビューにおいて、山城さんは「作品を通して何を試みようとしているか」を語っており、制作前、制作中にどのようなことを考えていたかは同記事で参照できます(※10)。しかしその後、「制作前に想定していた狙い通りの作品に出来上がらなかった」という趣意の発言(※11)をしており、さらに、これまでに「試みようとしたこと」と「出来上がった作品」の差異や、「出来上がった作品」の可能性が十分に検証されてきたとは言えません。こういった理由により、今回は「出来上がった作品から結果として立ち現れたもの」についてのお話を伺い、そのうえで改めて「作品の試みとして何が重要だったのか」について整理していきたいと思っています。

(山城)
ARTZONEでオリジナル・ヴァージョンを制作してから2年半以上が経ち、3度の再制作を経て『HUMAN EMOTIONS』を当時よりも俯瞰して見ることができるようになった今、あの作品のおもしろいところは2つあると思っています。
1つは「記録と記録が行われた現実空間との融合のされ方」です。あの作品を鑑賞する時、本当は「過去に行われた出来事の記録」と「その記録を見ている自分」という二つの時間軸があるはずなのに、その2つが混ざっていくような感覚を覚えた。ARTZONEでのオリジナル・ヴァージョンだけに覚えた感覚ではありますが、1つのおもしろさだと思っています。
もう1つは、映像に写る子どもたちから、人間の感情やコミュニケーションにおける様々な葛藤を読み取ることができるということ(※12)。

ラフォーレミュージアム原宿での展示風景

映像に写る子どもたち(写真はラフォーレミュージアム原宿での展示時)
撮影:丸尾隆一

どちらかと言うと僕は、人間のコミュニケーションの出方や、コミュニケーションする際に表れる表情など、後者を大事にして制作しました。ここでコミュニケーションと呼んでいるのは、登場人物同士のコミュニケーションだけではなく、僕が設定した「撮影」というシュチュエーションそのものにも疑問をもったり、問い直したりすることも「コミュニケーション」の一部だと考えています。だけど、最終的には、1つ目のおもしろさ、つまり映像表現としてのおもしろさも強くなりました。

――あの作品の試みとして何が重要だったのか、堤さんの意見も伺えますか。

(堤)
展示中は客観視できなかったんですけど、今から振り返ると山城さんのやりたかったことは割と明確だと思います。『HUMAN EMOTIONS』の基本的なコンセプトとして「人間の感情を観たいし、それをどこかに定着させたい」ということがありました。
人間が「怒ってる」「笑っている」「泣いている」姿を観たいという欲求を搾取的と感じる人もいるかもしれません。子どもが対象なら尚更です。しかしそれはまさに「演劇を観たい」という欲求だと思うんです。一方で、「それを繰り返し再生できるよう、何らかのメディアに永遠に定着させたい」というのは完全に美術の欲求と言えます。そういった2つの欲求の段階があの作品にはある。もちろん山城さんの中では一貫していると思いますが。
だから「演劇的な状況を用意し、それを記録を通して美術的な方法で定着させる」というのはバランスがいいし、とても現代的なスタイルだったと思います。

――私自身はこの作品における重要なモチベーションとして、「子どもを観察したい」という山城さんの欲求があったんじゃないかと思っています。WEBメディア “CAREER HACK”に掲載されたインタビュー(※13)の中で「結婚や出産による山城さんの中での変化について教えてください。」という質問に対し、山城さんは「今一番興味あるのが、人間なんです。そこに至った背景には、子どもの誕生が大いにありますね。単にカワイイとかだけじゃなくて、子どもはこの世界をどう認知しているのかとか、何に感動して面白いと思うのか、とか。自我みたいなものが生まれていく過程を目の当たりにして、人間の面白さを再確認できています。」と答えています。このインタビューは『HUMAN EMOTIONS』のオリジナル・ヴァージョンを展示した時期と近い時期に公開されたのですが、まさにこの興味が『HUMAN EMOTIONS』を制作したモチベーションとしてもあるように感じる。
『HUMAN EMOTIONS』では出産という出来事もあって子どもが対象になったけど、先日のアッセンブリッジ・ナゴヤ 2017(※14)での作品(※15)のことも考えると、山城さんは子どもだけでなく、「人間を観察したい」という欲求を持っているんじゃないかと。だから山城さんにとって作品とは「観察という行為自体を共有」するためのものと言えるかもしれない。

(山城)
全部じゃないけど一部正しいと思いますね。これまでに自分が語っていない部分として、すごく根本的な能力というか...。自分の中でしか楽しんでないし、当たり前過ぎて普段は意識すらしていないところです。

――「映像というメディア」と「観察したいという欲求」には密接な関係がある気がしています。特にドキュメンタリー的な手法を使うとそこから離れられない。「観察することへの興味」は、山城さんが映像にこだわっている理由の一つかもしれない。

(山城)
フル・ヴァージョンの『HUMAN EMOTIONS』では、複数のモニターを置いて、複数のカメラで撮影した映像を編集せずに上映していますが、それは鑑賞者に“観察”させるためにやりました。普段映像を編集している時、複数の映像を見ながら「どのシーンがいいか」とか「どのカメラから撮った素材がいいか」というのを、自分なりに分析するんですけど、それって複数の視点で“時間”を見ているということじゃないですか。そういう意味では、この作品の構造自体“観察”という意識から生まれたと言えます。
さらに複数の視点で“時間”を見ることで、鑑賞者はそれぞれ頭の中で編集することができる。そういう意味では、編集的なおもしろさを意識して作られた構造でもある。

※8)現代美術修復家のアントニオ・ラーヴァ氏は“ヴィデオ・アート、タイム・ベースド・メディアの保存”というテキスト内において「大切なのは、芸術的意図を保存することだ」(アントニオ・ラーヴァ 執筆[2014].“ヴィデオ・アート、タイム・ベースド・メディアの保存”.REPRE.2017-12-04参照.)と語っている。
また2014年に急逝した國府理氏の作品“水中エンジン”を再制作するプロジェクト“國府理「水中エンジン」再制作プロジェクト”のプロジェクト・メンバーである高嶋慈氏は、再制作時に同作品の「完全安定稼働の実現を目指すべきなのか」という問題について、「「完全安定稼働」をゴールと設定し、それがもし実現してしまった場合、「原発へのメタファー」という本作の重要な要素、科学技術に対する國府の繊細な批評精神は失われてしまうだろう。」(高嶋慈 執筆[2017].“國府理「水中エンジン」再制作プロジェクトについて ―第1回(全4回):「問い」を喚起する装置としての「再制作」 ”.AMeeT.2017-11-20参照.)と語っているが、このことなどから、修復・再制作において、作家の批評性がその重要な基準の1つとなっていることがわかる。

※9)今回記事を制作するうえでも参考にした“タイムベースト・メディアを用いた美術作品を保存・修復・記録するためのガイド”の総合監修の1人である植松由佳氏(国立国際美術館主任研究員)は、シンポジウム“創造のためのアーカイヴ 文化芸術資源の活用による新たな表現”(2017年9月30日(土) 京都文化博物館 フィルムシアター)などで、「作品を収蔵する際に行うインタビューにおいて、キュレーターなどのコンサバターが心がけること」として、「その作品のエッセンス、つまり核は何なのか」を明らかにすることの必要性を語っている。

※10)『HUMAN EMOTIONS』において何を試みようとしたかについては、主に以下記事の1、2ページ目で作家自身が語っている。

聞き手:中原愛奈、堤拓也 構成:山下里加[2015].”映像芸術祭『MOVING2015』参加作品 『HUMAN EMOTIONS/ヒューマン・エモーションズ』 山城大督インタビュー 前編”.AMeeT.2017-12-04参照.

※11)「実は「社会をつくる」とは全然ちがう作品になったんじゃないかと思っています。“EMOTIONS”は、子どもたちの感情ではなく、見ている側の感情で、そのことについての話をする作品なのかもしれない。自分でも、まだよくわかってないのですが…。だからこそ、次の作品が必要だと思い始めています。」(聞き手:中原愛奈、堤拓也 構成:山下里加[2015].“映像芸術祭『MOVING2015』参加作品 『HUMAN EMOTIONS/ヒューマン・エモーションズ』 山城大督インタビュー 後編”.AMeeT.2017-12-04参照.)

※12)山城は、以下のインタビューで『HUMAN EMOTIONS』における試みについて、「今回の作品では、人間の様々な感情を扱ってみたいと思ったんです。僕が作品の中で設計する時間のなかで、怒り、悲しみ、喜び、哀れみといった人間の感情をつくり、映像化し、空間化してみようと思いました。」「空間と時間のなかで子どもたちはいろんな動きやいろんな感情をみせるでしょう。それを映像で記録していきます。」と語っている。
聞き手:中原愛奈、堤拓也 構成:山下里加[2015].“映像芸術祭『MOVING2015』参加作品 『HUMAN EMOTIONS/ヒューマン・エモーションズ』 山城大督インタビュー 前編”.AMeeT.2017-12-04参照.)

※13)取材・文:田中嘉人[2015].“「子どもの誕生がぼくに教えてくれたこと」 美術家・映像作家 山城大督 ”. CAREER HACK.2018-01-15参照.

※14)アッセンブリッジ・ナゴヤ 2017は、2017年10月14日~12月10日の期間、名古屋港~築地口エリア一帯を舞台に開催されたクラシック音楽と現代美術のフェスティバル。
http://assembridge.nagoya

※15)山城はアッセンブリッジ・ナゴヤ 2017にて、『Fly Me to the TIME.』という作品を制作・発表した。同作鑑賞にあたって、まず鑑賞者は「約束」と呼ばれる27の出来事がいつどこで行われるかを一覧したタイムラインシートを受け取る。「約束」は予め山城がまちの人々と交わしており、例えば「公園で素振している少年がいる」「女の子がハムスターを見せてくれる」などの鑑賞を前提としたものや「澤田さんと地蔵探しの散歩」「タクシーに乗ってドライブ一周」などの参加を前提にしたものがある。鑑賞者はタイムラインシートを頼りに、それらの出来事と出会う。


8. 美術館システムへの意識

(堤)
タイムベースド・メディア(※16)・インスタレーション作品としては『HUMAN EMOTIONS』の次作となった『TALKING LIGHTS / トーキング・ライツ』(以下、『TALKING LIGHTS』)からは「生っぽさ」を一切感じなかったんですね。すべてキャラ化していたような印象がありました。ある意味めちゃくちゃ生っぽかった『HUMAN EMOTIONS』を踏まえて、そのような作品に移行した理由を聞かせていただけますか。方向性としてはまったく逆だと思うんですけど。

『TALKING LIGHTS / トーキング・ライツ』 ミクストメディア、インスタレーション 14分

山城のタイムベースド・メディア作品3部作(※17)の3作目となるインスタレーション。複数のカットを組み合わせて場面を構成する映画のモンタージュ技法の手付きで、実空間の中に時間軸を構成しており、一本の映像作品を鑑賞するように、空間そのものを体験できるようデザインされている。

『六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声』(森美術館、2016)での展示のドキュメント映像

(山城)
連作として位置付けてはいるんだけど、『TALKING LIGHTS』を『HUMAN EMOTIONS』の延長だとは思っていないですね。『HUMAN EMOTIONS』で試みたことは一回止めて、また違う作品を作った。「映画を1本観るような時間軸を体験できるインスタレーション」という意味では、同じ枠の中に入れることができるので連作と位置付けているけど、その実験を全く違う手法でやった。

(堤)
『TALKING LIGHTS』の方が再制作しやすいですよね。

(山城)
それはめちゃくちゃ意識して作りましたね。やっぱり『HUMAN EMOTIONS』ではあまりにも再制作できないことをやってしまったなと思っていて...。

――國府理「水中エンジン」再制作プロジェクト(※18)のトーク(※19)の時に遠藤水城さんが、「國府さんの作品には、水とか植物とかガソリンとかが多分に含まれておりますので、普通に“僕の作品はいつか美術館で展示されるんだ”とか、現行の美術館システムを深く認識した上で作られている作品とは毛頭思えず。その時その時の機会に合わせて、一番自分にやりがいがあり、技術的にやりがいがあったり、創作上の意欲がわき、人に最も伝わるべきものを作ろうというふうに考えているので、自分の作品が美術館に戻っていくという発想がないがゆえに、戻りようがないんですよね」(※20)という発言をしていました。こういった観点で言えば、『HUMAN EMOTIONS』や、MOVING Live 0(※21)京都公演での山城さんのパフォーマンス(※22)などについては、現行の美術館システムを全く意識せず、その場・その機会で何がやりたいかということだけを考えて作った印象があります。逆に『TALKING LIGHTS』に関しては、完全に現行の美術館システムに収まる作品だなというのが両者の違いとして言えると思います。

(堤)
現行の美術館システムというのは、作品そのものを過不足なく、完全に死んだ状態で収蔵可能かどうか、及び作家の手を離れた時にマネジメントなりオペレーションが可能かどうかということですよね。

――美術館システムは多くの意味を含む言葉だと思いますが、私はそういった意味を含むと解釈しています。個人的には現行の美術館システムを意識せずに作った作品の方がおもしろいと感じることが多いです。それをおもしろいと感じるからこそ、今回話をしてみたいと思った。

(山城)
僕自身は今両方やってる感じです。色んなチャンネルで作品を作っていて、映像だけを扱う 時もあるし、今日は話に出ていないけどNadegata Instant Party(※23)の活動もある。一つにこだわっているのでなく、色んな可能性を同時並行している。『HUMAN EMOTIONS』で試みたことは今止めているけど、もしかしたら今後あの時に出た課題を解決できるような作品を思いつくかもしれない。いくつかの課題の袋を持ちながら活動しています。

※16)「タイムベースト・メディア(time-based media)は,鑑賞が時間的に展開する媒体を指し,主にフィルム,ヴィデオ,スライド,コンピュータ,パフォーマンスなどが挙げられる。」(石谷治寛 執筆.”タイムベースト・メディアとは”.タイムベースト・メディアを用いた美術作品を保存・修復・記録するためのガイド.参照2017-11-20.)

※17)山城は2018年1月現在までに、タイムベースド・メディア・インスタレーション作品を3作制作している。1作目は『VIDERE DECK / イデア・デッキ』(2013)、2作目は『HUMAN EMOTIONS / ヒューマン・エモーションズ』(2015)、3作目は『TALKING LIGHTS / トーキング・ライツ』(2016)。これらを合わせてタイムベースド・メディア作品3部作と呼んでいる。

※18國府理「水中エンジン」再制作プロジェクトは2014年に急逝した國府理氏の作品『水中エンジン』を再制作するプロジェクト。再制作された『水中エンジン』は小山市立車屋美術館で開催された「裏声で歌へ」展(2017年4月8日~ 6月18日、栃木)、アートスペース虹で開催された「國府理 水中エンジン redux 」展(前期: 2017年7月4日~16日、後期: 7月18日~ 30日、京都)にて展示された。

※19“ 「國府理 水中エンジン redux」クロージングパーティー・第1部 トーク「遠藤水城、プロジェクトの全貌を語る」” 2017年7月29日(土) green & garden

※20)以下記事内、遠藤氏のトークの記録映像から一部文字起こしして掲載。

遠藤水城 執筆[2017].“國府理「水中エンジン」再制作プロジェクトについて―第4回(全4回):アートを反復する ”.AMeeT.2018-01-15参照.

※21MOVING Live 0は2014年秋に、映像芸術祭“MOVING 2015”のプレイベントとして京都と柏で開催された、映像作家とミュージシャンによるライブ・パフォーマンス・プログラム。中本がディレクターを務めており、京都公演は旧歌舞練場の五條會舘、柏公演は映画館のキネマ旬報シアターで行われた。出演は柴田剛+池永正二[あらかじめ決められた恋人たちへ]、宮永亮+志人、山城大督+swimm、浦崎力 +てあしくちびる。
以下は同イベントの京都公演のレポート記事。

文:小吹隆文[2014].“「MOVING Live 0 in Kyoto(京都公演)」レヴュー ”
AMeeT.2018-01-15参照.

※22)山城は音楽ユニット swimmとのコラボレーションで出演。会場となった五條會舘にもともとあったオブジェを活用したり、演奏中盤に全ての木窓、襖を開けて外光・外気・雨の音を入れるなど、その場・その時しか成立し得ないパフォーマンスを行った。
以下はMOVING Live 0での山城大督+swimmのパフォーマンスについて扱った記事。

文:柴田剛[2016].“映画監督 柴田剛の選ぶ映画/映像作品9選 2014-2015 第3回(全3回)~ザ・フィルムズ・オブ・アザーサイド~ ”
AMeeT.2018-01-15参照.

※23Nadegata Instant Partyは中崎透、山城大督、野田智子の3名で構成されるアーティスト・ユニット。地域コミュニティにコミットし、その場所において最適な「口実」を立ち上げることから作品制作を始める。口実化した目的を達成するために、多くの参加者を巻き込みながら、ひとつの出来事を「現実」としてつくりあげていく。「口実」によって「現実」が変わっていくその過程をストーリー化し、映像ドキュメントや演劇的手法、インスタレーションなどを組み合わせながら作品を展開している。


9. “場所性”に関する議論
~サイトスペシフィックという要素を剥ぎ取る~

資料A-1. 仕様書:展示空間の条件(作家制作)(※25
  • 空間の広さ:12.5m×5.5m(理想はARTZONE=12.5m×5.5mの空間と同サイズ)
    *数値・基準は検討中
  • 天井の高さ:2.4m以上
  • 床材:白のパンチカーペット
  • 壁面と天井:四方が囲まれた空間(入口には壁面)、マット系白の壁面、天井は現状設定無し
  • 空間の状態:ある程度、静かであること
  • 鑑賞者:上映中の出入り自由。白カーペット内には靴を脱いで入場。

――再展示を行う際、展示空間の条件については、[資料A-1. 仕様書:展示空間の条件]にさえ当てはまっていれば制限はないでしょうか。

(山城)
ないです。

――『HUMAN EMOTIONS』はARTZONEで展示することを想定して制作された作品です。タイムベースド・メディア作品3部作において、この作品だけサイトスペシフィック(※26)であるという点で他2作と異なります。

(山城)
そうですね。

――私がオリジナル・ヴァージョンを鑑賞した時、鑑賞者が「子どもたちが体験した時間を、子どもたちがその時間を過ごした場所で観察する・感じる・想像する」ということは、作品の成立において非常に重要だと感じました。先ほど山城さんから「ARTZONEでのオリジナル・ヴァージョンだけから、“過去に行われた出来事の記録”と“その記録を見ている自分”という二つの時間軸が混ざっていくような感覚を覚えた」というお話を聞いて、作家自身もこれについて重要だと考えているのだと改めて思いました(※27)。「二つの時間軸が混ざっていくような感覚」を生み出す以外にも、「過去に子どもたちがその時間を過ごした場所」において「子どもだけが抜け落ちる」ことで、鑑賞者に「固定された生(なま)の時間」を強く意識させることや、「映像だけでは伝わらない空間性を補うことができる」という点でも重要だと認識しています。この件については堤さんも...。

(堤)
同意見です。

――だからこそ私も堤さんも、「山城さんがなぜARTZONE以外でも『HUMAN EMOTIONS』が成立すると考えているか」、つまり「この作品においてのサイトスペシフィックという要素についてどのように考えているか」を聞きたいと思っています。

(山城)
もしあの作品が、サイトスペシフィックな要素、つまり“映像を撮った場所”と“上映する場所”との関係がずれたり、引っ付いたり、繋がったりすることの戯れだけを扱っているのであるならば、ARTZONEでしか展示できないと思います。だけどあの作品は、それだけで成り立っているのではない。他に「子どもを観察する」とか「映像という窓を通して過去に起きた出来事を観る」というドキュメンタリー的要素もある。なので、サイトスペシフィックな要素が抜け落ちたとしても、作品の全構造は壊れていない。もし壊れてしまっているとしたら、ARTZONE以外の場所では再展示できなくなってしまう。そうじゃないということを検証するためにも、再制作をしてみたかった。シングルチャンネル・ヴァージョンを制作した理由はまさにそれで、オリジナル・ヴァージョンから、空間との関係性が生み出すおもしろさを剥ぎ取り、「あの時(撮影時)何が起こったのか」を観せるだけで作品として成立するかどうかを確認したかった。ARTZONEでの展示も観た人にとっては強い違和感を感じたのかもしれないけど、違和感があったとしてもやらないといけないと思った。やることによってARTZONEでの展示で起こったことを、より正確に認識できるんじゃないかという期待もあった。

(堤)
「空間との関係性が生み出すおもしろさを剥ぎ取っても成立するような作品にする必要があった」というのはすごくよくわかるんですね。その場合、疑問点としてはParades Galleryでの展示におけるオブジェの存在です。今山城さんが言ったことを実現しようと思うと、映像単体の方が成立しやすいんじゃないかと思うんですけど。

Parades Galleryでの展示風景

Parades Galleryで再制作されたシングルチャンネル・ヴァージョン 全景。
会場には映像以外の構成要素も選定して配置された。
撮影:岡田和奈佳

(山城)
映画館でシングルチャンネルの映像だけ上映するなどのようにね。

(堤)
そうです。映像だけ観せるということです。もちろん「オブジェを配置したほうが画的に見栄えが良くなる」という事情はあると思いますし、それ自体は否定しません。でも、Parades Galleryでの展示の際に「映像だけだと弱さがある」「最低限同一性を保つうえでオブジェが重要だ」という判断がなされたのであれば、山城さん自身も『HUMAN EMOTIONS』の同一性について「映像と空間の一体化」が必須であると意識しているのではないかと。

――山城さん自身は、オリジナル・ヴァージョンに対して、これまでの再制作が同一性を保てていると思いますか。

(山城)
同一性が保たれているとは思っていないです。同一性という言葉はすごく美しいですよね。でも、再現されやすい作品とされにくい作品がある。『HUMAN EMOTIONS』が再現されにくい作品だということは自分でもわかっています。だからこそ積極的に再制作をしているのかな。

※25)仕様書はまだ制作中であり、未確定・仮の条件も含む。

※26)「サイトスペシフィック・アート(英: Site-specific Art)とは、特定の場所に存在するために制作された美術作品および経過のことをさす。」(”サイトスペシフィック・アート”.ウィキペディア日本語版.参照2018-01-16.)

※27)山城は以下のインタビューで、オリジナル・ヴァージョンの『HUMAN EMOTIONS』について、「観客は、作品に登場する人物——1歳と5歳と7歳の子どもたち——と同じ空間で、同じ28分間の時間を過ごす。~中略~いろんな時間を上手く、28分間の中で連結できたので、観客はその場に居続けることができたんじゃないかな。」と語っている。「いろんな時間を上手く、28分間の中で連結できた」という言葉には、「子どもたちが体験した時間」と「鑑賞者が作品を通して体験する時間」の連結という意味も含まれており、つまり「観客がその場に28分間も居続けることができた」理由としても場所性が重要だと言及している。

聞き手:中原愛奈、堤拓也 構成:山下里加[2015].”映像芸術祭『MOVING2015』参加作品 『HUMAN EMOTIONS/ヒューマン・エモーションズ』 山城大督インタビュー 後編”.AMeeT.2017-12-04参照.


10. “不完全な状態での展示”に関する議論
~条件の遵守と許容~

――場所性やオブジェの数、壁面の枚数など、オリジナル・ヴァージョンから要素が削られることにより、作品体験のクオリティーが下がるということを、ラフォーレミュージアム原宿での展示を観た時に感じました。同一性とは別の問題として、作品体験のクオリティーが下がるということは、重大な問題としてあると思っています。

(山城)
例えば、教会などに描かれた壁画は、描かれた絵そのものだけが作品ではなく、壁から続く空間も作品の要素だと認識されます。そういう意味では、最初に描かれた場所に存在する状態が完璧=100%だと思います。しかし、壁画が描かれた場所から剥がされ、美術館に収蔵されたり、描かれた場所と全く関係のない場所で展示されることも珍しくありません。壁画の例は、“場所性”という要素が削られたからといって、作品が無価値=0%になるわけではないという考え方が一般的であることを示しています。『HUMAN EMOTIONS』について、100%の状態で展示できると思って再制作したことは、今のところ一度もないですね。

話は変わりますが、2013年にアサヒ・アートスクエア(※28)で作った『VIDERE DECK / イデア・デッキ』(以下、『VIDERE DECK』)を、2015年に文化庁メディア芸術祭鹿児島展で再制作したんですよ。鹿児島県歴史資料センター黎明館という施設で展示したんですけど、未だに「展示をしなければよかった」と反省しています。その展示は『VIDERE DECK』という作品にとってすごく良くなかったと思っていて。再展示できてうれしい気持ちはあったけど、クオリティーが落ちてしまい、アサヒ・アートスクエアでの展示で感じたような解放感がなく、「仕方なくやらされた」感が出てしまった。最近「『TALKING LIGHTS』を展示したい」という依頼をもらったんだけど、その時の反省があるから、「森美術館での展示と同じ環境を準備してもらえないとやりたくない」と強く伝えた。

『VIDERE DECK / イデア・デッキ』 ミクストメディア、インスタレーション 13分

山城のタイムベースド・メディア作品3部作の1作目となるインスタレーション。
「一本の映像作品を鑑賞するように、空間そのものを体験できるようデザインされている」という点は3作とも共通しているが、「複数のカットを組み合わせて場面を構成する映画のモンタージュ技法の手付きで、実空間の中に時間軸を構成する」「サイトスペシフィックではない」という点では、『TALKING LIGHTS』に近いと言える。

東京映像芸術実験室 presents山城大督展『VIDERE DECK/イデア・デッキ』
(アサヒ・アートスクエア、2013)での展示のドキュメント映像

これまであまり条件を整理せずに再制作を試みていたけれど、そういった経験もあるから、条件は整理した方がいいと思っている。でも一方で、それをすることで窮屈になっていく気もしている。例えば、僕はナム・ジュン・パイク(※29)の作品に影響を受けているんだけど、すごく不完全な展示も観たことがある。ナム・ジュン・パイクの作品に限らず、作品が完璧なコンディションで展示されていない場面を今までたくさん観てきた。「全ての条件が揃わないと出品しない」という判断基準を徹底し、40%、60%の状態であれば展示できるような機会を作家自らが断ってしまうと、作品自体が広まっていく可能性が低くなっていく。

(堤)
『TALKING LIGHTS』のように、100%でしか出せなくなってしまうということですよね。

――そうなると『HUMAN EMOTIONS』の場合、ARTZONE以外の場所で展示を行うことができなくなりますね。再制作の機会が減ることによって展示する機会が減るという以外に、作品の可能性を打ち止めてしまう恐れもあります。それも山城さんが懸念しているところですよね。

(山城)
そうです。

※28)東京のスーパードライホール4、5階にかつて存在した、アサヒビール株式会社のメセナ活動の拠点となるアートスペース(2016年3月31日をもって閉館)。『VIDERE DECK / イデア・デッキ』は本施設のアーティスト支援事業『Grow up!! Artist Project 2013』にて制作・展示された。

※29)韓国系アメリカ人の現代美術家。ビデオを中心とした芸術、ビデオアートの開拓者であり、その代表的な存在である。ビデオアートの父とも呼ばれる。


主な参考資料

『HUMAN EMOTIONS』に関する参考資料

修復・再制作に関する参考資料

記事制作者(第2回)

監修、インタビュアー、
編集、執筆:
中本真生
インタビュイー、編集協力: 山城大督
インタビュイー、編集協力: 堤 拓也
協 力: 野田智子(一本木プロダクション)
会場提供
(2017年11月10日のみ):
東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)

タイムベースド・メディア・インスタレーション作品『HUMAN EMOTIONS』の修復・再制作に関する資料と議論 第2回(全4回):修復・再制作のためのインタビュー1
―その作品が、その作品たり得る境界はどこなのか

Category: Feature





PAGE TOP