29, Feb 2012

映像芸術祭 MOVING 2012 プレ企画
MOVING Talk vol.0

2012年4月20日(金)~5月13日(日)の期間、京都市内で開催される映像芸術祭"MOVING 2012"。本特集ではMOVINGの開催概要と、プレ企画として2012年2月12日(日)に行われたトークイベント "MOVING Talk vol.0" の第2部「About moving image - 今、映像の可能性とは」を掲載する。第2部ではゲストに2001年~2010年まで映像アートの国内巡回上映展「イメージフォーラム・フェスティバル」のプログラムディレクターをつとめた澤隆志さんを東京からお招きし、MOVING実行委員で参加作家でもある林勇気さん、宮永亮さんがホスト役となり、"表現"、"保存"、"編集"など、多角的な切り口で映像の現状についてのトークを行った。

photo by OMOTE Nobutada

photo by OMOTE Nobutada

映像表現の現在。京都で開催される初の映像芸術祭。

"MOVING 2012"は京都で開催される映像芸術祭です。期間中日本全国から新進の映像作家18 組を招き、京都芸術センター、京都シネマ、METRO など約7 会場で「映像の展覧会=MOVING Exhibition」「映画館での上映=MOVING Theatre」「映像と音によるライブ=MOVING Live」「映像に関するトーク=MOVING Talk」「オリジナルDVD 販売」を行います。

今日、メディア機器やIT の発達によって、映像メディアに触れる機会が増えています。近年まで映像鑑賞といえば、映画や家庭内でのTV 番組鑑賞に留まっていましたが、新しいメディアの登場、普及によって、今ではより広く私たちの生活に浸透しています。それにより映像芸術も「実際にある風景をそのまま撮影できること」、「様々なメディアが新しく生まれる中で変化すること」、あるいは「編集や加工によってフィクションのような世界を作り出すこと」 など、映像にしかできない表現を生かしながら、他の芸術とは異なるオリジナリティーを得てきました。

しかしこれまで映像にスポットをあてた展覧会が日本国内、特に関西で開催される機会は決して多くありませんでした。そのような状況を踏まえ、私たちは若手を中心に国内最先鋭の映像作家を招聘し、映像表現の可能性を検証/追求するために映像芸術祭"MOVING 2012"を開催します。

MOVING Exhibition

MOVING Exhibition は京都芸術センター、第五長谷ビルB1 店舗跡スペース、Division、Social Kitchen を会場とする展示プログラムです。
京都芸術センターでは、会期を前後半に分けそれぞれ2 名づつ展示。会期ごとにテーマを設けることで、多様な映像表現の在り方をわかりやすく提示します。

MOVING Theatre

MOVING Theatre は四条烏丸のミニシアター、京都シネマで行う上映プログラムです。「ショート・プログラム」「ドキュメンタリー・プログラム」の2 つに分かれており、プログラム間に上映作家による1 時間程度のアーティスト・トークを実施します。
ショート・プログラムでは映像作家9 人の短編作品をオムニバス上映し、ドキュメンタリー・プログラムでは、ドキュメンタリー作家の村川拓也による宮城県本吉郡南三陸町を舞台としたドキュメンタリー作品「沖へ」の初上映を行います。
※両プログラム全日程同内容です。

MOVING Live

MOVING Liveは映像作家とミュージシャンによるライブ・パフォーマンス・プログラムです。METROを会場に、様々な技法/ジャンルのサウンドと映像がライブで重なり合います。

MOVING Talk

MOVING Talk は映像をテーマにしたトーク・イベントです。2部構成になっており、第1部のゲストは映像&パフォーマンスユニット「キュピキュピ」のメンバー。映像を軸にしながら、オリジナリティーの高い作品を制作し続けてきたキュピキュピのお二人に独自の活動スタンスなどについて伺います。
第2部では、東京より2001 年~ 2010 年まで映像アートの国内巡回上映展「イメージフォーラム・フェスティバル」のプログラムディレクターをつとめた澤隆志さん、香港より、アジアではじめての映像保存/ディストリビューションを専門とする非営利団体ミアカビデオアーカイブの長谷川仁美さんにお越しいただき、国内外の映像アートの動向について語っていただきます。

イベント名 映像芸術祭 "MOVING 2012"
会 期 2012年4月20日(金) ~ 2012年5月13日(日)
※会場により会期/定休日が異なります。
会 場 京都芸術センター、京都シネマ、METRO 、Division、Social Kitchen 、第五長谷ビルB1 店舗跡スペース、ホテルモントレ京都4 階411 号室( ART KYOTO 内) ほか
参加作家 Antenna、石田尚志、伊瀬聖子、Otograph、かなもりゆうこ、小山泰介、PsysEx※、シグナレス※、田村友一郎、辻直之、土屋貴史、トーチカ、林勇気、平川祐樹、松本力、水野勝規、宮永亮、村川拓也、Merzbow※、八木良太、山口崇司
※MOVING Live(ライブ・イベント)へミュージシャンとして参加。
料金 会場/プログラムにより異なる(MOVING Exhibitionは無料)
主 催 MOVING実行委員会(水野勝規、林勇気、宮永亮)
共同企画 &ART (株式会社フィールド
共 催 京都芸術センター
協 賛 株式会社 フィールド、株式会社 資生堂
助 成 公益財団法人 花王芸術・科学財団
後 援 京都市
お問合先 info@moving-kyoto.jp
公式HP http://www.moving-kyoto.jp

※各プログラムのスケジュール/参加アーティスト/料金などの情報は随時 MOVING公式WEBサイト に更新。
※内容は予告なく変更する場合があります。あらかじめご了承ください。

(c) 土屋貴史/AU (ハイビジョンビデオ)

(c) 土屋貴史/AU (ハイビジョンビデオ)

田村友一郎 「NIGHTLESS」 installation view

田村友一郎 「NIGHTLESS」 installation view

Antenna 「六本木伝承-Legend of Roppongi」 Sound:AWAYA 六本木アートナイト 2012

Antenna 「六本木伝承-Legend of Roppongi」
2012 Sound:AWAYA 六本木アートナイト

水野勝規 「telescope」 2010 Blu-ray、カラー、サイレント、15分ループ 京都芸術センター Photo by 市川靖史

水野勝規 「telescope」 2010
Blu-ray、カラー、サイレント、15分ループ
京都芸術センター Photo by 市川靖史

八木良太 「Common difference」 2009 Video dulation 2:17

八木良太 「Common difference」 2009
Video dulation 2:17

林勇気「あること being/something」 2011 HD video 兵庫県立美術館での展示風景 Photo by OMOTE Nobutada

林勇気「あること being/something」 2011
HD video 兵庫県立美術館での展示風景
Photo by OMOTE Nobutada

松本力 「How Can I Attack My Evil Heart?(VJ Version)」 2011 ドローイングアニメーション Time Traveler ×5(東京)、MOVING 2011 DVD(京都)

松本力 「How Can I Attack My Evil Heart?(VJ Version)」 2011
ドローイングアニメーション Time Traveler ×5(東京)、MOVING 2011 DVD(京都)

小山泰介 「NONAGON PHOTON 1」 2010 松戸アートラインプロジェクト(千葉) (c) Taisuke Koyama

小山泰介 「NONAGON PHOTON 1」 2010
松戸アートラインプロジェクト(千葉)
(c) Taisuke Koyama


編集:中本真生(MOVINGディレクター、&ART企画・編集・広報担当、アーティスト)
トークイベント撮影:表恒匡(SANDWICH)

トークイベント会場風景

1. 映像展示とスクリーニング(上映)

(林)
映像に携わっている方ならばご存知であるかと思うのですが、まず澤さんについて簡単に紹介させていただければと思います。まずは澤さんがこれまで関わってきた、イメージフォーラムという組織がどのような活動をしているか、ということからお聞きしたいと思います。

(澤)
イメージフォーラムは映像アート作品を上映、配給する組織です。立ち上がったのが1977年なのですが、活動の発端はMOVINGと似ていて、「作家が集まって自分たちでプログラムを組んで映像作品を配給すること」を目的としていました。当時すでにアメリカには作家による自主配給団体というものがあったのですが、その流れが日本に来て始まったというのがそもそものきっかけなんですね。
その後定期的にシネマテーク活動をしている中で、「映画祭をやろう」ということになりフェスティバルが誕生しました。前身の映画祭を経て、1987年にイメージフォーラム・フェスティバルという名前になり、現在はコンペディション、招待作品の上映、海外の作品を招いた企画展を年に一回やっています。
京都ではこれまで主にドイツ文化センター(現ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川)で開催してきたのですが、昨年は京都シネマで開催させていただきました。京都の他に東京、福岡、横浜、名古屋の4都市を巡回していおり、今まさに2012年度のプログラムをイメージフォーラムのディレクターと一緒に考え始めるところです。
現在僕はフリーの立場として、イメージフォーラム・フェスティバルのプログラミングや、JAPICという社団法人でのアーティスト・イン・レジデンスのカリキュラムに関わっています。映像アート作品は短編が多いのですが、それをいかに組み合わせつながりを持たせるのか、そうしてできたプログラムをどのように言葉にしていくか、映像プログラム以外のこととどのように結びつけていくか、といった「関係を編集する」ということが仕事になっていますね。

イメージフォーラム・フェスティバル 会場風景

イメージフォーラム・フェスティバル 会場風景<京都シネマ> 撮影:林勇気

(林)
ありがとうございます。澤さんは現在パリで行われる予定の『パリに笑壷を運ぶ』という企画に関わっておられますが、これはどういう内容なのでしょうか。

(澤)
『パリに笑壷を運ぶ』は3月28日からスタートする企画です。ここ十数年くらいで現代美術の文脈における映像表現の主流になってきた「ギャラリーに映像をプロジェクションし、ループで流すこと」と「映画祭などで実験映画をスクリーニングすること」、どちらか片方だけでは映像アートをフォローしきれないので一緒にやってしまおう、という趣旨の企画です。セーヌ川沿いにあるパリ日本文化会館というところが会場なのですが、ループで流す作品をアートプロデューサーの原久子さんが集め、スクリーニングする作品を僕が集めることになり、今準備をしている最中です。

もともと実験映画や映像アート作品は、劇映画や、産業として成立している映画に対抗して生まれたカウンター・カルチャーなんですね。実験映画は映画の外にあるものですし、「実験映画は埒外ゆえに近い」ということで、デザイナー、詩人、写真家、音楽家、ダンス関係の人など映画以外のジャンルの人たちが、当時一番新しいメディアだった映像で何かを表現しようとして生まれたんです。そのため昔は映像アート作品がなかったかというとそうではないんです。
Expanded Cinemaという呼ばれ方をしていたのですが、フィルム作品を映画館から外にだしてループ上映したり、複数画面で上映したりといった、「上映を拡張しようとする動き」がありました。どちらも伝統的なんです。

本来、美術の業界と映像の業界は完全に分かれているわけではないんです。僕個人はお客さんはどちらも観に行っていると感じます。ギャラリーで映像作品を観に来るお客さんは、京都シネマで映画も観る。よく「なぜこんなに関係者同士がお互いを知らないのか」という質問をされるのですが、単純に担当者が忙しすぎてお互いに会っていないだけだと思います(笑)。


澤隆志 SAWA Takashi
澤隆志 SAWA Takashi

1971年生まれ。中央大学文学部仏文学科卒業。映像作家、キュレーター。2001年から2010年まで、映像アートの国内巡回上映展「イメージフォーラム・フェスティバル」のプログラムディレクター。また、ロッテルダム、ベルリン、バンクーバー、ロカルノ等の国際映画祭や、愛知芸術文化センター、横浜美術館等にプログラム提供。

イメージフォーラム
http://www.imageforum.co.jp/

Japan Image Council
http://japic.jp/


林勇気 HAYASHI Yuki
林勇気 HAYASHI Yuki

97年より映像作品の制作を始める。国内外の美術展や映画祭に出品。 自身で撮影した膨大な量の写真を、コンピュータに取り込み、切り抜き重ね合わせることでアニメーションを作る。その制作のプロセスと映像イメージは、インターネットやテレビゲームを介しておこなわれる現代的なコミュニケーションのあり方を想起させる。
MOVING実行委員、宝塚大学造形芸術学部専任講師。

林勇気紹介ページ(&ART)
http://www.andart.jp/
artist/hayashi_yuki/

MOVING公式WEBサイト
http://www.moving-kyoto.jp/


宮永亮 AKIRA Miyanaga
宮永亮 AKIRA Miyanaga

京都を拠点に映像作品、インスタレーションを発表するアーティスト。
ビデオカメラでとらえられた実写映像の断片を素材とし、それらの間にあるイメージの関連性を探りながらミックス、加工を繰り返すと言う手法を取っている。
それはモンタージュの様に単なる素材の羅列によるストーリーの提示ではなく、作家自身が捉えたイメージとイメージの関連性を実際に映像上で可視化するという試みであり、言い換えれば映像を絵具の様に使う、と言う事でもある。
作品制作のみならず、VJパフォーマンス等を通じて多面的に映像メディアの可能性を探る試みも行っている。
主な展示に『Wondjina』(児玉画廊 京都、2009)、『地の灯について』(児玉画廊 東京、2010)、『making』(児玉画廊 京都、2010)などがある。
MOVING実行委員、平成23年度京都市芸術文化特別奨励者。

宮永亮ウェブサイト
http://miyanagaakira.tumblr.com/

宮永亮紹介ページ(&ART)
http://andart.jp/artist/
miyanaga_akira/

MOVING公式WEBサイト
http://www.moving-kyoto.jp/


2. 映像メディアの変遷

(林)
ちょうど映像の可能性といったことに話が触れつつあるので、次は映像メディアの発展について話していきたいと思います。宮永さんお願いします。

(宮永)
映像メディアの発展を追っていきますと、はじめに写真が誕生し、次にフィルムができ、その後ビデオが主流になり、今はPCをベースにした映像の時代に入ってきています。絵画や彫刻など、他分野の発展史と比べてみると映像の歴史は浅く、200年くらい(※1)です。
しかし僕自身はこの200年で目覚ましく発展しているという気がしています。
フィルム、ビデオ、PCなど、映像を記録するメディアの変遷があり、フィルムが主流の時代であれば、基本的にはメディアがイメージに対して1つでしたが、今はPCに対して、イメージが1つというわけではありません。例えばPCは今までにフィルムの発展の中で表れてきたイメージの特徴であるとか、ビデオの特性の中で発展してきたものを、単純に1つのビジュアルとして1回等価に並べてしまうと思うんです。今までのメディアで作られてきたようなものを取り込んでいるという印象ですね。
では作品例を挙げてフィルムの作品、ビデオの作品をご紹介します。フィルムに特化した作品の例としては、1963年に制作されたStan Brakhage の『Mothlight』がありますね。

(澤)
例えば映画は「カメラを用いて何かを撮る」という技法で制作されますが『Mothlight』は制作過程でカメラを使っていません。押し花のようにフィルムに直接蛾の羽をつけて、それを上映するという作品です。「細長い形状で、両サイドにある穴にひっかけてメカニカルに動かすと、残像で絵が動いているように見える。または絵が動いていると見えるように記録したものを再生する」というフィルム映写のプロセスを、ある種逆手に取った作品ですね。「フィルムであるがゆえにできるアプローチ」を試みた作品の1つです。

(宮永)
ビデオ作品についてはYOUTUBEにアップされているZbig Rybczynskiの動画を見ながら澤さんにご紹介いただきます。この動画はRybczynskiの作品を色々集めた公式のチャンネルで公開されている映像です。

fragments of short films by Zbigniew Zbig Rybczynski

(澤)
Rybczynskiを紹介するのは、この動画の7分30秒頃から収録されている『Tango』が一番わかりやすいのではないでしょうか。彼はポーランド出身の亡命作家です。アメリカに亡命したのですが、アメリカ時代はアナログ・ハイビジョンで合成の技術を用いながら制作していました。John Lennon の『Imagine』の PVで世界的に有名になりましたが合成の技術を自作にも活かしています。例えば『Tango』なんかもそうですけど、フィルムの映画なのですが、思考としてはデジタル映像と変わりありません。レイヤーを重ねるとか、画面の動きをシンクロさせるだとか、そういうことを試みてきた作家です。この作品は、ポーランドのある家の部屋に色々な人が出入りするというものですが、すべての動作が重ならないようにコントロールされています。それぞれのアニメーションの動きをレイヤー化していき、あたかも1つの部屋の中にたくさんの人がいるかのように見せています。

捕捉してきますと、先ほど宮永さんにフィルムからビデオ、ビデオからPCという流れを説明していただきましたが、必ずしもフィルムが全く消えてからビデオ、ビデオが全く消えてからPCというわけではりません。また、フィルム、ビデオ、PCという3つの分野があるとして、ビデオの登場でフィルムが、PCの登場でビデオが後退していったかどうかでいえば、必ずしもそうでないと思います。もちろん大きな流れとして、産業としての映像における制作環境がフィルムからビデオ、ビデオからPCへと移っていった流れは明確にあります。

※1)映像の起源には諸説あります。

会場風景
会場風景
会場風景

3. メディアの進化による表現の変化

(林)
自分の話になりますが、僕が映像を制作し始めた頃には、8mmフィルム、8mmビデオ、デジタルビデオ、の編集を大学で一通り習いました。当時はノンリニア編集がようやく家庭用のPCで出来るようになり始めた時代でした。僕も機材を購入し自宅で編集を始めていたのですが、最初期だったのですべての機材を揃えるのに100万円くらいかかりました。ちょうどその頃にイメージフォーラム・フェスティバルや、ぴあフィルムフェスティバルなどの、インディペンデントな映画祭を観客として観にいっていたのですが、フィルムで作られた作品とビデオで作られた作品が混在していたことを覚えています。その後PCで制作した作品が増えてきたという流れがあるのですが、宮永君は8mmフィルムを触ったことがなく、ビデオの編集機で編集したこともないんですよね。

(宮永)
僕ははじめからPCで編集をしてきました。僕の世代では作り手が触れるのは圧倒的にデジタルです。これから僕も含めた若い世代が作る作品に関しては、どういうふうに発展していくと思いますか。

MIYANAGA Akira “Wondjina” Installation View at Kodama Gallery 2009

(澤)
僕がイメージフォーラム・フェスティバルのディレクターを始めた10年前はノンリニア編集黎明期でした。林さんがイメージフォーラム・フェスティバルで審査員特別賞(寺山修司賞)をとったのはちょうどその頃ですね。イメージフォーラム・フェスティバルでは作品の一般公募も行っているのですが、その時期くらいから感じ始めたのは、スタッフワークによる作品が減ったということです。「詩的である」「物語を持っている」という意味でのドラマ作品が減ったのですが、代わりに何が増えたかというと、モーション・グラフィクスを含めた広い意味でのアニメーションとドキュメンタリーなんですよ。当時ディレクターと「なぜだろう」と話をしていたのですが、「恐らくどちらも“最悪一人でも制作できる”ということがポイントになっているのではないか」という結論になりました。ドキュメンタリーの中でも多かったのが、引きこもりの自分自身をテーマにした作品などの、いわゆるパーソナル・ドキュメンタリーです。特に2002年は多かったですね。これは「新しいメディアの登場を受けて作品が変わっていく」ということの一番新しい例だと言えます。また技術的なハードルが減ってきたため、スタッフワークが減ってきたということも大きいのではないでしょうか。ネガティブなことなのかポジティブなことなのかはわかりませんが、この時期こういった傾向は顕著でした。

また編集がリニアからノンリニアになったことによって、例えばデザイナーなど、映画以外のジャンルでPCを使っている人たちが「Photoshopのデータはレイヤーになっているけれど、これにタイムラインをつけたらアニメーションになるんじゃないか」という発想で映像作品を作ることが増えました。ミュージシャンでも、PCでエレクトロニック・ミュージックを作っている人は「PV制作を誰かに頼むより、自分の音楽の世界観は自分が一番知っているんだから、自分で抽象的な動画を作ってしまおう」という人が増えました。2002年くらいに、オーストリアの電子音響レーベルmego周辺の人たちの多くが自分でPVを作っていましたよね。これは「同じデスクトップであるなら」という考え方からですが、林さんの作品にもそういう部分が多く含まれていると思います。

Yuki Hayashi video works

会場風景
会場風景
会場風景

4. 無垢から無常へ

(澤)
こうして出てきたパーソナルな表現が何を生んできたかというと、“イノセント”であること、“無垢”であること、“子供”であることでした。こういった表現はデジタル表現と非常に密接に関わっています。しかし2005年頃から作家たちはそこに限界を感じ始めたというか、「そこから転換したい」と思い始めた。林さんや宮永さんはそういった時代の傾向にダイレクトに反応しているのではないでしょうか。僕は無垢の後に来るものは“無常”だと思ったんですね。一度「無垢から無常へ」というプログラムを作ったこともあります。先ほどお話に出たパリでの企画はもともと「笑いで何かプログラムを作ってほしい」というオファーだったのですが、今回コミカルな笑いではなく、無常性を持った笑いや、笑っているんだけど悲しさのあまりとか、必死さのあまり笑ってしまうといったものを選びました。そういうことにだんだん気付きはじめている人はが多いんじゃないでしょうか。

あえて言えばですが、無垢の前がどんな時代だったかというと、90年代の中頃は、女性がメディアを用いてクリエイトするということ自体が珍しい時期だったので、女性作家という言葉が固有名詞として定着した時代でした。どんな作品かといえば、ポイントとなっていたのは“Self”ということだったんですよね。それがしばしば身体性を持って、ダークなイメージで表現されていました。“Self-Portrait”の延長線上にある表現が、フィルムと密接に結びついていた時期だったんです。女性写真家が圧倒的に増えてきたということも後押しして、そういった表現が大きな流れになった時代で、日本の映像を特集する際には、「女性作家特集」が非常に多かった。そこから2000年代ノンリニアの表現が増えてきて男性作家、女性作家含め「強い自分の内的な表現」というイメージから「平たくて無色透明」というイメージが主流になり、それが2000年代後半から、シリアスな「自分と対峙するもう一人の自分がそのまま世界である」といったような、ある種の無情さを持った作品が増えてきました。

それと同時に、「ダンスの分野の人が映像を使ってアニメーションとダンスを融合させる」「ネットワークと映像を組み合わせる」「画面に触ると映像でリアクションが返ってくる」など、映像を専門にしていなかった人たちからのアプローチが増えました。また、PCでの映像制作が主流になったことによる影響の最たるものとしては、「交換可能になった」ということが挙げられると思います。交換可能性により、ジャンルの異なる作家やジャンルをまたぐ活動をする作家が飛躍的に増えたといえると思います。

(林)
僕自身も新しいメディアの登場によって表現がひっぱられるということには興味があります。膨大な量のディスクをハードウェア上にアーカイブできること、全く劣化しないコピーが作れること、編集の仕方の意味合いが変わり、加工やレイヤーがより重層的になったこと、フィルムに蛾の羽を貼るような物質性とは対照的な非物質性が出てきたことなど、PCでノンリニア編集が出てきてから色々考えさせられることは多いです。
ちなみにノンリニア編集については、宮永さんがAMeeTに掲載した記事で解説しているので、詳しくはこちらを参考にしてください。特に実際にPCを使って映像を編集している人ならばすごく納得できる記事です。

(宮永)
これは「ノンリニア編集というものは端的にいえばこういうことじゃないか」ということを僕なりに解説した記事です。現在では合成技術が進歩し、「レイヤーで一つひとつの素材を重ねることによって、異なる意味を持った世界を作り出す」ということが可能なわけですがそれを文字で例示したものになります。

会場風景
会場風景
会場風景

5. メモリーの保存

(林)
2010年に「アナログとデジタル―映像環境はどこへ向かうのか」というテーマで行われた日本映像学会の通常総会にパネラーとして呼んでいただいたのですが、その際に「PCが出てきたことによって生まれた保存性の問題」についてのお話を伺いました。それは「今は記録の主流となるメディアが十年くらい(※2)の短いスパンで切り替わっているので、その都度データを移し替えていくと実はすごくコストがかかる。そのため百年スパンで保存をしていくということを考えれば、デジタルは非常にコストがかかるので、むしろフィルムの方がコストが安い」という趣意のものでした。例えばイメージフォーラムや公共施設で、デジタルデータをアーカイブするときはどのような方法をとっているのでしょうか。表現の内容にも関わることなので少し聞いてみたいと思います。

(澤)
アートにおいて「メモリーをいかに受け継ぐか」ということは大きな課題なので、百年スパンという話は非常に重要です。複製芸術にも関わらずフォーマットという縛りがあって、そういう意味でも半永久的でないですし、石像や絵画に比べると映像は脆く、再生装置が壊れたら一瞬にして崩壊してしまう。百年後にそのデジタル・データを再生できるかといえば、おそらく無理ではないでしょうか。

Nam June Paikの奥さんで、著名なビデオ・アーティストの久保田成子さんの展覧会が鎌倉画廊で開催されたとき、たまたまお手伝いをさせていただきました。その時記録媒体として用いていたのは、当時主流だったレーザーディスクという光で情報を読み取るLP盤くらいの大きさの映像メディアでした。展覧会前にニューヨークからレーザーディスクを送ってもらったのですが、開けてみたらなんと経年の変化で盤がしわしわになっていて再生できない状態になっていたんです。久保田さんのご自宅にあったディスクの中には再生できる状態のものもあったので、その時はそれを使用して難をのがれたのですが、例えば今のDVDも十年後に再生できるかどうかは誰にもわからないわけです。ましてやSDカードなどは何年保つか見当がつかない。

2003年にICCで開催された『FUTURE CINEMA─来たるべき時代の映像表現に向けて』という展覧会でドイツのCaspar Strackeという作家が、「未来の人間が昔の再生メディアを掘り出して、それをどう使うのかを試してみた」というコンセプトの作品を展示していました。「その使い方がかなり間違っている」という内容なのですが、そういうことをテーマにしている作家もいます。

しかし、われわれがイメージしたものを出力し、メモリーに固定するにはどうしてもメディアに頼らざるを得ない部分があります。現在映像では「フィルムが一番長く保存できるのではないか」と言われており、日本だとフィルムセンターなどの機関で保管された場合が、最終的に何千年という単位で考えれば一番長く保存している可能性が高い。しかし実際のところは全く分からないですね。「絵画は残っている、彫刻も残っている、映像は分かりません」ということです(笑)。

(林)
ではこのあたりでまとめに入りたいと思います。僕は「新しいメディアが人の生活や思考にどのような影響を与えているのか」ということに関心があります。こういった時代に対する1つの回答として、自分の制作の方法や、制作のルールがあるのではないかと思っています。宮永さんは映像の未来と自分の表現に関して、どのような意見を持っていますか。

(宮永)
僕は“映像という分野の未来”にはあまり関心がありません。映像があらゆる表現を取り込んでグルグル回っているような今の状態は、可能性に満ちているのではないでしょうか。それを疑似的に繰り返すことができるということは“作り続けられる”ということを意味しているので、僕にとっては希望なんです。保存ということに関していえば、クラウドサービスなどで映像体験や映像作品自体が共有されていけば、その保存の概念自体がこれから変わっていくのではないかと予想しています。ただ僕自身は必要がなくなったら消えていくのが映像の本質だとも思っています。

会場風景

※2)メディアの変遷には諸説あります。


中本真生 Nakamoto Masaki
中本真生 Nakamoto Masaki

1983年生まれ。愛媛県新居浜市出身、京都在住。京都嵯峨芸術大学造形学科油画専攻修了。&ART編集長。映像芸術祭“MOVING 2012”ディレクター。京都のデザイン会社、株式会社フィールドにプランナー/デザイナーとして所属。2009年同会社で「京都で活躍するアーティストと社会をつなぐ」ことをコンセプトとしたWEBサイト"&ART"を立ち上げ、企画・編集・広報などを担当している。また自身もアーティストとして"なかもと真生"名義で活動。廃棄物を使用した大型作品の発表を中心に、大原美術館(倉敷)での『AM倉敷Vol.6 なかもと真生 Structure of nothingness』や、家屋全体を利用した空間展示など、精力的に活動を展開している。

Photo by OMOTE Nobutada

&ART
http://www.andart.jp/

株式会社フィールド
http://www.fieldcorp.jp/

MOVING公式WEBサイト
http://www.moving-kyoto.jp/


映像芸術祭 MOVING 2012 プレ企画
MOVING Talk vol.0

Category: Feature





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