06, Sep 2011

KYOTO EXPERIMENT 2011 京都国際舞台芸術祭
インタビュー 橋本裕介(プログラム・ディレクター)

2010年11月に誕生した、京都初の国際舞台芸術祭"KYOTO EXPERIMENT"。今年も、京都芸術センターをはじめ、京都市全体を劇場として9月下旬から10月中旬に渡り、約1ヶ月間開催が予定されています。第1回に引き続きプログラム・ディレクターを務める橋本裕介さんに、2011年のフェスティバルについてお話を伺いました。

聞き手:中本真生(&ART企画・編集・広報担当、アーティスト) インタビュー撮影:表恒匡

橋本裕介さん

KYOTO EXPERIMENT 概要/運営について

――始めに本フェスティバルの概要をお聞かせいただけますでしょうか。 KYOTO EXPERIMENTは、2004年度から2009年度まで6年間行われた、京都芸術センターの演劇事業"演劇計画"を前身としています。フェスティバルは、京都市、公益財団法人京都市芸術文化協会、京都芸術センター、京都造形芸術大学 舞台芸術研究センターによって実行委員会が組織され、昨年第1回が開催されました。
京都芸術センターの演劇事業自体は、2000年に開館して以来、継続して行われてきたのですが、"演劇計画"は京都芸術センターの中だけで完結するのではなく、他の劇場や機関と連携しながら企画していくという特徴をもった事業でした。6年間を通して、京都造形芸術大学、アトリエ劇研やART COMPLEXなどの民間の劇場も含めた、京都市内の様々な施設と連携する機会がありました。また事業の一環として、演出家のコンクールを開催し、当時京都造形芸術大学で教えておられた太田省吾さんはじめ様々な方に審査員を務めていただきました。こういった流れの中で「京都全体で舞台シーンを作りあげていこう」という流れが作られていったのだと思います。

白井剛/京都芸術センター「演劇計画2009」『静物画 - still life』 2009 京都芸術センター講堂 photo:Ayako Abe

白井剛/京都芸術センター「演劇計画2009」『静物画 - still life』 2009 京都芸術センター講堂
photo:Ayako Abe

――実際に手を動かして制作しているのは事務局ですよね。事務局と実行委員会はどういった形式/関係でフェスティバルを動かしているのでしょうか。 流れとしては、始めに実行委員会を構成する4つの団体からそれぞれ1人ないし2人が委員として選出され、そのうえでプログラム・ディレクターという僕の立場や、事務局を運営する事務局長が任命されます。そこで初めて具体的なことがスタートするんです。
今年はすでに実行委員会による会議が2回行われています。まず第1回目の会議では「今年の会期/予算規模はこれくらいで、こういった演目を上演したいと思います」という計画を伝え、第2回目の会議では「予算を元にプログラムをこういった形で組むことができました」という報告したり、予算をより具体的に伝達し、それを承認していただくという内容でした。
さらに今後の会議では、チケットの売行などの進捗報告を行い、「このまま進行して問題ないか」という最終確認を行います。こういったプロセスを踏みながら重要なことは委員会で図り、それ以外のことは事務局で進めています。

――例えば各演目の企画といった具体的な内容に、京都市が積極的に関わるということはあるのでしょうか。 京都市からは「安全を重視しながら、お客さんがきちんと集まるような運営をし、広い意味で現代の京都の文化を発信してください」ということは要望されますが、個別の演目や内容に関して、あらかじめ何か要求されるということはありません。京都芸術センター運営委員長がKYOTO EXPERIMENTの実行委員長も兼ねているので、そういう立ち位置からプログラムの内容に対する踏み込んだ質問や要望を投げかけてくることはあります。ただ、プログラムについて基本的にはプログラム・ディレクターの私に一任していただいていますし、そういう意味では実行委員会はこのフェスティバルにおいて、とても寛容な立場をとっていると思います。
今回のように行政が実行委員会に入ってアートを扱う時、様々なバランスを配慮する中で、かえって趣旨が曖昧になってしまうということが、これまでに色々な場面で繰り返されてきました。しかしそれでは立ち行かないということは明白です。今回のような関わり方は京都市の文化芸術に対する意識の高さの表れだと思います。
2009年から東京で開催されているフェスティバル/トーキョーのような先例を引き合いに出しながら、こういった仕組みを積み上げてきました。

笠井叡『花粉革命』 2003 京都芸術劇場 春秋座 photo by Toshihiro Shimizu

笠井叡『花粉革命』 2003 京都芸術劇場 春秋座 photo by Toshihiro Shimizu

――京都で国際舞台芸術祭が開催されること自体が始めてですし、色々な側面からその可能性に期待が集まっていますね。 これまで舞台芸術に関わってきた中で、京都にはとても素晴らしい作家がいるのに注目されにくいということに対して悔しさを感じていました。舞台を観るために東京に行くことがあるのですが、その時東京の人に「今度京都でいい作品が上演される機会があるから観に来てください」と言うと、「京都までは行けないから、東京で上演する機会があれば観に行くよ」と返されたりするわけです。こちらはおもしろい舞台があれば、東京でも観に行くんですよ。京都の作家が京都でおもしろいものを作っていたら観に来るべきだと思います。
とはいえ腹を立てても仕方がないので、観に来てもらうための仕掛けを色々模索しまして、結果として一番オーソドックスな形である、フェスティバルという形式が機能するんじゃないかという結論に達しました。

地点『――ところでアルトーさん、』KYOTO EXPERIMENT2011参加 2010 京都芸術センターフリースペース photo:Tsukasa Aoki

地点『――ところでアルトーさん、』KYOTO EXPERIMENT2011参加 2010
京都芸術センターフリースペース photo:Tsukasa Aoki


橋本裕介 HASHIMOTO Yusuke
橋本裕介 HASHIMOTO Yusuke

舞台芸術プロデューサー。
合同会社橋本裕介事務所代表。
京都大学在学中の1997年より演劇活動を開始。2003年、橋本制作事務所設立。現代演劇、コンテンポラリー・ダンスのカンパニー制作業務や、京都芸術センター事業「演劇計画」などの企画・制作を手がける。
2010年よりKYOTO EXPERIMENTを企画、プログラム・ディレクターを務める。
photo by OMOTE Nobutada

KYOTO EXPERIMENT 2011 ウェブサイト
http://kyoto-ex.jp/


フェスティバルのモデル ―多様性と地域性

――フェスティバルを企画するにあたってプログラムの内容や、その地域の演劇シーンに与えた影響という点において、具体的に参考にした国内、海外のフェスティバルはありますか。 ブリュッセルで開催されているKunstenfestivaldesarts(クンステンフェスティヴァルデザール)は参考にしています。これまでにフリーランスの制作者として、アーティストと一緒にツアーに出かけ、いくつかのフェスティバルに参加したことがあるのですが、さまざま意味で特にフェスティバルが都市で機能しているという実感がありました。
ブリュッセルという街は狭く、街の中心地が京都の碁盤目と同規模程度なのですが、その狭い範囲の中に劇場がたくさんあり、そこで全てのプログラムが行われているので、劇場間をほとんど徒歩だけで移動できます。そのため期間中ブリュッセルに滞在していると、常にフェスティバルに参加している実感があります。
世界の演劇シーンですでに評価されているアーティストを招聘する博覧会的なあり方が、従来型の大型のフェスティバルだとすれば、Kunstenfestivaldesartsはブリュッセルから外へ向けて発信していくような、アンテナ型のフェスティバルです。ヨーロッパではドイツとフランスとイギリスが演劇の中心地となっており、もともとブリュッセルの劇場文化はフランスを模範とするような位置に甘んじていましたが、その状況を逆手にとって、発信型のフェスティバルを立ち上げたんです。
最近では大型フェスティバルのディレクターがKunstenfestivaldesartsを見に来て、新しいアーティストを見つけるということも起きています。日本のアーティストであるチェルフィッチュを発掘し、世界に紹介したのもこのフェスティバルです。“演劇計画”で制作した、山下残演出「It is written there」も2008年に招聘されました。

ブリュッセルで毎年開催されるベルギー最大のパフォーミング・アーツ・フェスティバル
Kunstenfestivaldesarts 写真提供:KYOTO EXPERIMENT事務局

――芸術と地域社会の関係性に配慮されている印象がありますね。 もう一つ、このフェスティバルの優れた点が、ネーミングに注目すると見えてきます。フェスティバル名はKunsten/festival/desartsという3つの単語から出来ているのですが、Kunstはオランダ語でアートやカルチャー、festivalはオランダ語/フランス語でフェスティバル、artsはフランス語でアートという意味を持っています。
ブリュッセルという国にはオランダ語圏とフランス語圏の人がいて、文化的にも経済的にも衝突をしており、国を2分するほど大きな問題となっています。「なんとか文化を通して互いに理解を深めたい」という思いから、フェスティバルが94年に始まり、”Kunstenfestivaldesarts”つまり「オランダ語とフランス語での“アート”が“フェスティバル”を挟む」ことを意味する名前がつけられました。ですからここでは常にWEBサイト、フライヤー、プログラム冊子などすべての媒体が英語、オランダ語、フランス語のトライリンガル、つまり3言語で表記されています。
ちなみにベルギーには、フランス系とオランダ系それぞれの文化庁的な行政組織があり、ブリュッセルという都市にもそれぞれの文化行政を担う組織があるのですが、このフェスティバルでは双方から同じように補助金を得ていて、合計額を一緒にしているんです。どちらかが多いと「どちらかのアーティストをたくさん呼ばなければいけないのではないか」「どちからに配慮しなければいけないのではないか」といった問題が生まれてくるので、あくまでフラットな関係が築けるように考慮されています。

橋本裕介さん
橋本裕介さん

目標と今後の展望

――日本でこういったフェスティバルを行ううえで、どういった目標設定をしていますか。 舞台業界の目線から言えば、文化事業や施設が東京に集中している環境を変えていかなければならないという思いはあります。他の分野でもそうかもしれませんが、「東京の衛星都市として、各地方があるわけではない」ということはますます考えていくべきですし、東京を経由しないと海外に行きにくいとか、海外から来たアーティストが東京で紹介された後についでのように地方に来るといった状況を変えていきたいんです。
これはどちらかが優れているという考え方ではなく、「本来はすべてフラットであるべき」という意識からきています。それぞれの都市独自の文化的な素地があり、そこに共感しあう人がいれば、どんなアーティスト、どんな国、どんな都市であっても個々に繋がっていくべきですし、そういう道筋は作りたいと考えています。
世界の中で考えれば、東京もある意味ローカルな1都市なわけです。生活感覚として違和感を感じつつもそこにおもねらなければいけないという状況は理想ではありません。だから京都にダイレクトなネットワークを作りたいし、今後の継続の中できっと状況は変えていけると考えています。

ザカリー・オバザン『Your Brother. Remember?』 2010 photo:Sylvie Moris

ザカリー・オバザン『Your Brother. Remember?』 2010 photo:Sylvie Moris

――では京都でフェスティバルを行うことに対しては、どのような企図をもっていますか。 わざわざ京都で行う理由としては「大学を卒業した若者を流出させないため」ということは大きいです。優秀な人材は東京や海外に仕事をしに出ていくことが多いわけですが、今のままでは30代、40代の能力のある若者は、京都に留まる理由はあまりないと思います。
京都は学生の街で、街をあげて若者を育てているはずなのに、その成果が流出することは問題です。まず僕が舞台を通じて考えることは、若いアーティストが京都に留まる理由です。経済的な流れを作り出すということも一つの方法かもしれませんが、創造的な側面からも京都に留まる意味を作り出したいと考えています。
もちろんそういったことに触発されて、京都の企業が本社を京都にとどめ、経済との相乗効果が生まれれば理想的だと思います。大阪に本社があった企業が90年代軒並み東京に行ってしまい、その影響もあり、色々な意味で大阪は今困難な状態に直面しています。「働く人たちが流出する」ということは、そういったリスクを伴うということなんじゃないでしょうか。

KIKIKIKIKIKI『生まれてはみたものの』伊丹市アイホール新作共同制作作品 2010 アイホール photo:Ayako Abe

KIKIKIKIKIKI『生まれてはみたものの』伊丹市アイホール新作共同制作作品 2010 アイホール photo:Ayako Abe

――構想を実現していくためには、京都の様々な施設との連携が必要になってくると思います。ただ京都はシアターが充実しているとは言えないですよね。今後さらにフェスティバルを発展させていくための、上演場所についての計画をお聞かせください。 確かに物理的な数として劇場が足りていないという実感はあります。さらにフェスティバルで使用している劇場はどこも建物として特徴的なので、様々な作品を上演することを考えれば、もう少しフラットな劇場も必要だと思います。この点に関しては行政に対して「行政がもっている劇場のソフト面を充実させ、せっかくの設備を有効利用しましょう」という働きかけをしています。
しかしその一方で僕は上演さえできれば、がらんどうの倉庫のようなところで、仮設の劇場空間を作って作品を上演してもいいと思っています。たとえそれが街のはずれであっても構いません。ですから物件は常に探しています。色々なサポートを得ていくことは必要だけれど、基本的には、現場の人間が「ぜひここでやりたい」と思って、その場所を自らオーガナイズすることが重要です。
特に若いアーティストたちには「降ってくるものを待つのではなく、企画も場所も自分たちで作るもの」という意識をもってほしいです。例えば大阪の名村造船所跡地は劇場でもライブハウスでもないけれど、場所としてのポテンシャルは高いですよね。僕は必ずしもキレイで設備が整った劇場でなくても、いい作品は絶対に作れると思っています。

石橋義正(キュピキュピ)『キャバロティカ』 2003 アートコンプレックス1928 photo:Masaaki Tanaka

石橋義正(キュピキュピ)『キャバロティカ』 2003 アートコンプレックス1928
photo:Masaaki Tanaka

橋本裕介さん
橋本裕介さん
橋本裕介さん

プログラムについて

――プログラムはどのような基準で決定しましたか。 その表現が技術に裏打ちされているかどうかは大事にしています。試みとして価値のある実験をしていたり、伝えている内容が革新的だったとしても、思いつきのまま制作したような作品は評価できません。実験というと「作っては壊す」ということを繰り返しているような印象を受けるかもしれませんが、一方でクオリティーというものを問わなければ、継続しないし発展しないと思います。
その他にも、今年のプログラムに関して言えば、「観ていて自然に体が動いてしまう」とか、「嫌な感じがしてヒリヒリする」とか、身体の反応によってその作品の感想が語られるということは大事にしました。観客の体験の質の「生々しさ」ということに特に今年は注目しているのかもしれません。

――橋本さんはWEBサイトに掲載されているコンセプトに「アーティストがどのような社会と向き合い、どんな視点で世の中を見ているのか、そういった部分が浮かび上がってくるように努めます。」と書いていましたね。橋本さんから見て、例えば杉原さんはどんな視点で世の中を見ていると感じましたか。 杉原さんの言動は一見今風のポップなものに聞こえますが、僕はそれ自身も彼の「パフォーマンス」だと考えています。もちろん本人の好みが先立っているのだとは思います。ただそうやって時代の真ん中を意識しつつも、ある種の批評性を持つことで世の中と距離をとり、現代を引き受けている。そういった振る舞いは非常におもしろいと感じます。
今回の作品においては、どうやっても埋めきれない距離感を持った題材を取り上げる中で、その距離感をどういう風に埋めるのか、あるいは埋めないままにするのかを考え、その問題をそのまま「演劇に何が出来るのか」というテーマにつなげているといった印象をもっています。

杉原邦生/KUNIO KUNIO06『エンジェルス・イン・アメリカ−第1部 至福千年紀が近づく』 2009 京都芸術センターフリースペース 撮影:清水俊洋

杉原邦生/KUNIO KUNIO06『エンジェルス・イン・アメリカ−第1部 至福千年紀が近づく』
2009 京都芸術センターフリースペース 撮影:清水俊洋

――今年のプログラムの中でもキュピキュピの石橋義正さんと、高嶺格さんの作品は特殊な位置づけにあると思います。石橋さんは京都芸術センターがプロデュースをしている、伝統芸能を発信するプロジェクト 京都創生座と共作ということですが、どういった経緯でこの組み合わせが決定したのでしょうか。 昨年も伝統にまつわる演目をプログラムに1本入れていたのですが、今年も引き続き伝統に取り組んでいきたいと思っていました。まず京都芸術センター内の京都創生座を担当しているスタッフに「もしこのフェスティバルと噛み合うようであれば、“現代的なものを題材にして伝統に関わる人が演じる”、あるいは“伝統的なものを題材にして現代の人が演出する”というアプローチで京都創生座の演目を一つ入れられないか」という相談をしました。その後どのアーティストに関わってもらおうかという具体的な話を進める中で、石橋さんの名前が出てきたんです。
そのスタッフから「以前京都芸術センターの事業として伝統芸能を上演したときに、石橋さんに舞台美術を依頼したことがあったが、終演後に自分で演出をしてみたいと言っていた」と聞き、「だったら今回演出を石橋さんにお願いするのはどうだろう」という話になりました。

――続いて高嶺格さんの作品についてですが、京都国際舞台芸術祭でありながら、高嶺格さんのプログラムは展覧会ですね。高嶺さんと言えば、『メロディ・カップ』や『アロマロア エロゲロエ』などパフォーマンス作品も制作しているので、舞台作品を上演するのかと思っていました。 そもそも僕は1年前に初めて声をかけて「舞台作品を1から制作してください」と依頼をすること自体、手順として少し乱暴じゃないかと考えているんです。
地点や杉原さんやきたまりとは、これまでなんらかの形で付き合いがあったのですが、高嶺さんとはまだ仕事をしたことがなかったので、「3年かけてプロジェクトをする」ということを前提に話を持ちかけました。3年を如何に有意義に使っていくかという話し合いの中で、「最初のステップを展覧会にし、次にパフォーマンスを制作して、3年目はあえて保留にしておこう」ということになりました。
もちろん舞台芸術祭の中に展覧会があることに違和感を感じる人も多いかと思いますが、僕は今後、高嶺さんに限らずインスタレーションなどもプログラムにますます入って来るのではないかと予測しています。例えば昨年上演したPort Bによる『個室都市 京都』も、演劇かインスタレーションなのか区別不可能なものでした。「身体のことを考える」、あるいは「空間や時間について考える」という作品であれば「客席に座って舞台を観ることだけがパフォーミング・アーツではない」、と概念の拡張を提案していきたいと思っています。

高嶺格『高嶺格:とおくてよくみえない』展示風景  2011  横浜美術館 photo by 今井智己

高嶺格『高嶺格:とおくてよくみえない』展示風景 2011 横浜美術館 photo by 今井智己

――近年国内外のフェスティバルにおいて、舞台と美術の分野が混ざり合っているケースが増えています。石橋さんも高嶺さんも、普段は美術のフィールドで活躍することが多いですが、意図的にこういった傾向を取り入れようとしているのでしょうか。 他の都市ですべて当てはまるとは思いませんが、少なくとも京都においては時流とは関係なく、自然なことだと思っています。京都の現代パフォーミング・アーツを牽引したのはダムタイプでありキュピキュピですし、彼らが生まれてきたこと、それこそが京都の土壌ではないでしょうか。
また海外では10数年前からパフォーミング・アーツのフェスティバルでインスタレーション展示や、映画上映などが行われていますし、もはや特別なことではないと捉えています。

――今年から新しい試みとして、ブラジルのダンスフェスティバルPanoramaとの共同プロジェクトが始まるそうですね。その一環として今回のフェスティバルではブラジルのマルセロ・エヴェリン/デモリション Inc. +ヌークレオ・ド・ディルソルの作品『マタドウロ(屠場)』が上演されます。共同プロジェクトがスタートした経緯を教えてください。 互いの国のアーティストに興味を持っている私とPanoramaのディクレターが、「国際的なフェスティバルにおいてダイレクトなネットワークは必要だろう」という話をしたことがきっかけで、今回の共同プロジェクトに発展しました。
ブラジルは日本と同じように、ヨーロッパという現在の舞台芸術の中心地からすれば辺境に位置します。だから今ブラジルのアーティストは、フランスなどを経由することで世界から注目される、というステップを踏むことが多いわけです。
もちろん日本以外のアジア圏もまた同じような悩みを抱えているわけですが、特にブラジルがいいと思ったのは、物理的な距離が極めて離れているという意味で、日本とある種「適切な」距離が保てるんじゃないかと考えたからなんです。中国・韓国・シンガポールなども当然選択肢としてあるのですが、その「近さ」ゆえに複雑で、既に互いの文化を内側に折り込んでいるため、「互いの文化を映し鏡とする」という目的のプロジェクトとしては相応しくないと思いました。
とは言え、ブラジルも日本と非常に深いつながりを持った国です。移民労働者として多くの人がブラジルから移住してきているにも関わらず、彼らの事をあまり知らず、場合によっては差別的な視点を送っていることも少なくない。しかし、100年ほど前は逆の立場で日本から移民を送り出したという歴史もあり、現在に至るまでこれほど人の行き来があるのに、人間に対する理解があまりないということは寂しいことです。

マルセロ・エヴェリン/デモリション Inc. +ヌークレオ・ド・ディルソル『SERTAO』 2003 (c)Ben van Duin

マルセロ・エヴェリン/デモリション Inc. +ヌークレオ・ド・ディルソル『SERTAO』
2003 (c)Ben van Duin

橋本裕介さん
橋本裕介さん

“実験”というコンセプト/舞台芸術の必要性

――続いてコンセプトについて伺っていきます。昨年始めてこのフェスティバルのことを聞いた時、KYOTO EXPERIMENTという名称がとても気になりました。なぜ今「京都」で「実験」が必要なのでしょうか。 現代まで継承されている古典芸能や芸術も、それらが生まれた時代においては革新的であったはずです。
東京や大阪に産業が集中していったことなどが理由なのか、80年代後半から京都の人口は減り高齢化が進みました。そこからほどなくして、1年間の観光客5000万人を集める目標を盛り込んだ、京都市の基本構想というものが策定されました。そこでは観光の目玉を昔ながらの寺社仏閣や伝統工芸、美術に据え、本気で観光産業に取り組み始めたんです。こうしたキャンペーンの効果で、現在の京都ブランドが確立されたのですが、それらは外から要求された「京都ブランド」であり、本質的なものではないのではないかと僕は疑いを持っています。伝統を培ってきた人へのリスペクトを込めて言うのですが、革新的なものを作り出すことこそが、京都の大切なポテンシャルのひとつであるということを忘れてはいけないと思います。

平田オリザ+石黒浩研究室 アンドロイド演劇『さようなら』 2011 photo:Tsukasa Aoki

平田オリザ+石黒浩研究室 アンドロイド演劇『さようなら』 2011 photo:Tsukasa Aoki

――現実問題で言えば、前衛的な作品が今まで舞台芸術に触れたことのない方に受け入れられる可能性は低いと思うんです。しかしマイノリティー向けのイベントを目指しているようには見えない。その落差を埋めるためにどのようなことが有効だと思いますか。 世界中どこでも問われている課題なので一朝一夕にクリアできるものとは考えていませんが、今回あえて踏み込んでいる部分があるとすれば、高校生を対象とした企画を行うことでしょうか。例えば現代の日本で芸術に触れる手段は“習うもの”としてであり、既に定められた価値に対して、「なぜ価値があるのか」という情報をよりよく理解できた人が、「作品を理解できている」と認められるわけです。しかし本来はそうではなく、鑑賞した人自身の心と体を動かされたことをもって、初めて作品として完結するはずです。
そういった鑑賞体験は"習うこと"を中心にした学校教育じゃないところで植えつけていく必要がありますし、「舞台やアートに触れる方法は学校で習うやり方とは違うんだ」ということを大学に入る前の段階の人たちに少しでも伝えていきたい。お客さんの絶対数が増えるということも大事ですが、鑑賞体験の質を変えていくことも重要だと思います。

ヤニス・マンダフニス/ファブリス・マズリア 『P.A.D.』 2007 photo:Evie Filaktou

ヤニス・マンダフニス/ファブリス・マズリア『P.A.D.』 2007 photo:Evie Filaktou

――ここからはKYOTO EXPERIMENTの方針ではなく、橋本さん個人のご意見を伺います。橋本さんはフェスティバルのコンセプト文に、「舞台作品が社会の“財産”として多くの人の目に触れ、残されていく道を探ります。」とも書いていました。例えば舞台芸術ではあらゆる不条理や、場合によっては人を傷つけるような非道徳も題材も扱われますし、単純に人を幸せな気持ちにさせるだけが芸術ではありません。そういった性質を持った舞台作品が社会にとってどのような観点から「財産」になりうると考えていますか。 僕は心のどこかで「自身の直感を頼りに作品を作っているアーティストは、預言者になりえるかもしれない」と思っています。言語化、社会化されていない物事に対する現状認識を行い、これから起こるであろう世の中のすがたに直感的なビジョンを与えるのが芸術ではないでしょうか。
だから僕自身は芸術が困った時に助けてくれるものとは思っていません。例えば弱きものを助けるための作品や、心を癒すための作品があってもいいかもしれないけれど、そのためだけに演劇やダンスがあるとは考えていません。それが目的であればもっと効果的なものは世の中にたくさんありますから。

――昨年のウェブサイトに掲載されていた橋本さんによる締め挨拶に「EXPERIMENT=実験の質がどうだったのか、そこも考えていかなくてはなりません。個々の作品の実験性もさることながら、舞台芸術と世の中とのかかわり方の回路そのものに、もっと可能性があるのではないかと試したのがこのフェスティバルです。」と書かれていました。
橋本ご自身は現代において舞台芸術がどういう効果やシステムで人の心に作用しえると考えていますか。
今機能しているかどうかではなく、希望的な意味合いも込めて回答します。舞台芸術の特徴としては、創作においても鑑賞においても複数の人の参加が必要です。だから「人がどういう風に集まって、その場を共有するのか」ということにおいては、コミュニティーが抱える現実の問題を考えるきっかけになるかもしれない。それは“話し合いの機能”と繋がっていますし、そこで色々なシミュレートをする場として有効ではないかと期待しています。
(取材・撮影:2011年7月19日 京都芸術センターにて http://www.kac.or.jp/

橋本裕介さん
KYOTO EXPERIMENT 2011 京都国際舞台芸術祭
開催期間:
2011年9月23日(金・祝)~10月16日(日)
参加アーティスト:
杉原邦生/KUNIO
ザカリー・オバザン
白井剛/京都芸術センター「演劇計画2009」
平田オリザ+石黒浩研究室
マルセロ・エヴェリン/デモリション Inc. +ヌークレオ・ド・ディルソル
きたまり/KIKIKIKIKIKI
笠井叡
三浦基/地点
ヤニス・マンダフニス/ファブリス・マズリア
石橋義正(キュピキュピ)/京都創生座 番外編(京都芸術センター)
高嶺格
会場:
京都芸術センター、ART COMPLEX 1928、元・立誠小学校、
京都芸術劇場 春秋座(京都造形芸術大学)、 他
主催:
京都国際舞台芸術祭実行委員会
(京都市、京都芸術センター、公益財団法人京都市芸術文化協会、
京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター)
共催:
アトリエ劇研、立誠・文化のまち運営委員会
提携:
ART COMPLEX1928
協力:
Gallery PARC[グランマーブル ギャラリー・パルク]
協賛:
株式会社資生堂
助成:
平成23年度文化庁国際芸術交流支援事業
財団法人アサヒビール芸術文化財団
認定:
公益社団法人企業メセナ協議会
ウェブサイト:
http://kyoto-ex.jp/
問合せ先:
KYOTO EXPERIMENT事務局(平日 11:00-20:00)
http://kyoto-ex.jp/contact/
TEL 075-213-5839/FAX 075-213-5849
〒604-8156 京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2 京都芸術センター内

中本真生 Nakamoto Masaki
中本真生 Nakamoto Masaki

1983年生まれ。愛媛県新居浜市出身、京都在住。京都嵯峨芸術大学造形学科油画専攻修了。京都のデザイン会社、株式会社フィールドにプランナー/デザイナーとして所属。2009年同会社で「京都で活躍するアーティストと社会をつなぐ」ことをコンセプトとしたWEBサイト"&ART"を立ち上げ、企画・編集・広報などを担当している。また自身もアーティストとして"なかもと真生"名義で活動。廃棄物を使用した大型作品の発表を中心に、大原美術館(倉敷)での『AM倉敷Vol.6 なかもと真生 Structure of nothingness』や、家屋全体を利用した空間展示など、精力的に活動を展開している。

Photo by OMOTE Nobutada

&ART
http://www.andart.jp/

株式会社フィールド
http://www.fieldcorp.jp/

なかもと真生WEBサイト
http://www.nakamotomasaki.jp/


KYOTO EXPERIMENT 2011 京都国際舞台芸術祭
インタビュー 橋本裕介(プログラム・ディレクター)

Category: Feature





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