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COLUMN

コラム

黒板における科学の芸術性文:橋本幸士(大阪大学教授)

2018 11 21

湯川秀樹が愛用した黒板(大阪大学によるPV)。現在、大阪大学理学部物理学棟のコミュニケーションスペースに設置され、教員や学生に日々利用されている。

科学は詩のようなものである

理論物理学者の私にとっての黒板は、画家にとってのキャンバスなのかもしれない。描かれるのは数式という科学の言語であるから、その作業は作家に似ているのかもしれない。
以前に、詩人の谷川俊太郎さんと対談をしたことがある。詩を書くという創作活動は、個人と外界との接触であるという観点を、谷川さんとシェアできたように感じた。
その後、ふらりと東京オペラシティアートギャラリーで開催されていた「谷川俊太郎展」を観に行った私は、会場にあった一つの古いパソコンに目が釘付けになった。谷川さんが創作をした際のパソコンの画面がそのまま動画キャプチャされて表示されており、まるでそこに透明の谷川さんが居てキーボードを打っているように感じられた。詩の創作のスピードの速さに驚かされたが、それは素人の私が観たからであろう。科学者が黒板に式を書いている様子を、一般の人が見れば、同じようにそのスピードに驚くのではないだろうか。

時間高次元小説 写真
東京エレクトロン本社のアート作品スペースで展示された「時間高次元小説」。橋本が発案し、建築家の豊田啓介さん(noiz architects)とプログラマー堂園翔矢さんとのコラボレーションにより具現化。

湯川秀樹は、科学は詩のようなものである、とも述べていることを、最近偶然知った。私はそれを知らずして、心の赴くままに詩と科学の融合を試み、「時間二次元小説」という妙な作品を生み出してしまったことがある。その奇妙さと可能性に共鳴してくださった建築家の豊田啓介さんとプログラマーの堂園翔矢さんと共に、立体造形作品を制作し、塚田有那さんのキュレーションにより東京エレクトロンの美術スペースで2016年に展示を行った。作品をご覧になった方々は、科学と芸術の親和性に驚き、そして共感してくださったようだ。
これは、科学という、成果の社会還元に重きが置かれる対象において、その創造には芸術的な人間の活動が根本となっている、ということの開示が、観る人をインスパイアするスイッチになったのではと私は考えている。

湯川はもう、この世にはいない。しかし、その科学、すなわち「力は素粒子の交換により媒介される」という湯川が喝破した科学は、宇宙の根本原理として、永久に残る。もちろん、永久に残るものは何でも良いものだというわけではない。ただ、そんなに長く世界の科学者に愛される考えが、一人の人間によって創始されているという事実、そして、「黒板」というスイッチを通じて、いまもそれを現代の人間が肌で感じられるという芸術性――そこに、私は大きく自分を動かされる。

「湯川黒板」と筆者 写真
「湯川黒板」と筆者。
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