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COLUMN

コラム

黎明の軌跡
AUBE/中嶋昭文の作品について執筆・画像提供:東瀬戸悟(フォーエヴァー・レコーズ勤務)

2017 03 23

先に書いたようにAUBE/G.R.O.S.S.を始める以前から、中嶋さんはファックスと郵便で海外レーベル/アーティストと幅広い繋がりを持っており、自身の作品をトレード・アイテムとして提供し、存在を浸透させながら、同時に自分のコレクションを充実させるという一石二鳥の方法を取っていた。今や東京在住のジム・オルークに、ゲルニカ、細野晴臣、ジャパノイズ、日本のフリー・ジャズやアンダーグラウンド音楽を最初に紹介したのが、マニアックなレコード・コレクターで、ジムとのデュオ「プラスティック・パレス・ピープル」でも活動するドイツのクリストフ・ヒーマン(H.N.A.S./MIRROR)だったという話は有名だが、さらに遡って、そのクリストフに様々な日本のレコードを送っていた張本人が実は中嶋さんなのだ。私も当時まだ無名だったジムの他、レジェンダリー・ピンク・ドッツ、ズビニグエフ・カルコウスキー、ディ・フォーム、モーヴ・サイドショー、コステス、ルドルフ・エバーなど、多くのアーティストやレーベルを紹介してもらい、それが仕事上役立つことが多々あった。

1994年初来日したジム・オルークと(Matthew Kaufman撮影)。

1994年初来日したジム・オルークと(Matthew Kaufman撮影)。

AUBE以外に、モンド・ブリューイッツ、マゾンナ、ディーゼル・ギター、サードオーガン、C.C.C.C.、MSBR、カポッテ・ムジーク、ダニエル・メンチ、スモール・クルエル・パーティー、サドゥン・インファント、スメグマ、テイント他、国内外のアーティスト達の作品もG.R.O.S.S.でリリースし、90年代中期ノイズ・シーンのネットワーク作りに大きな貢献を果たした点は評価に値する。キャバレー・ヴォルテールのアルバム・タイトルにあやかり「スタジオ・メッカ」と名付けられた古い町家の中嶋さん宅は、それらのアーティスト達がライヴで京都を訪れた際の宿泊場所であり、録音やミックス作業の場でもあった。

「G.R.O.S.S.」からリリースされたカセット作品。

「G.R.O.S.S.」からリリースされたカセット作品。

生真面目な人柄ゆえ、国内外のレーベルから舞い込む作品リリース、コンピレーションへの参加要請、コラボレーションなどのオファーをほとんど断らず、着々とこなしてゆくうちにAUBEの知名度は上がってゆき、1995年頃には毎月何らかの作品が出ているという状況が生まれた。多作という点ではメルツバウ秋田昌美さんと並ぶ勢いだった。ライヴ活動に関しても、初期はアート・ギャラリーでの展示に付随するパフォーマンスが主だったが、難波ベアーズを中心にライヴ・ハウスのノイズ系企画イヴェントに出演。膨大な作品リリースと平行して精力的に行なった。海外からの招聘も始まり、1998年には英の国民的DJジョン・ピールがキュレーターを担当した「メルトダウン・フェスティヴァル」に参加。英、米、全欧、ロシア、香港に至るまで、世界各国で演奏を行なっている。

ライブ風景(2000年前後/海外ツアー時)

ライブ風景(2000年前後/海外ツアー時)


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