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アーカイヴと再制作

悪魔のしるし『搬入プロジェクト』のオープン化に関するインタビュー 後半―第三者により作品が実施されるということ、その可能性と課題

2018 10 10

5. 経緯

――能勢さんから、豊田市美術館で『搬入プロジェクト』を行うことになった経緯を教えていただけますか。

(能勢)
当初は《ビルディング・ロマンス》展に、悪魔のしるしではなく、個人としての危口さんに参加の依頼をしていました。最初に話をした時は、まだ病気のことがわかる前でした。

危口さんが亡くなられた後、他の悪魔のしるしのメンバーと初めてお会いしましたが、私の中ではもともと危口さん個人にお願いしようとしていたので、そのまま悪魔のしるしに依頼して良いのか、あれこれ悩んでいました。2017年6月にはそういう形で依頼するのは辞めようと思っていました。

その後、8月の高円寺での『搬入プロジェクト#21』を観に行った際に、悪魔のしるしから「『搬入プロジェクト』ならできる」と言ってもらいました。その時、悪魔のしるしが強く「できる」と言ってくれたことに、私自身は感銘を受けたし、それで「やりましょう」となりました。

――『搬入プロジェクト』をやろうと言い出したのは、危口さんではないということですよね。

(能勢)
そうです。危口さんは展覧会の趣旨を読み解いて、新しい別の“何か”をやろうとしてくれていました。それが実現すれば、文学、演劇、美術、建築の全てに関わるような作品になったと思います。ただ、メールで言葉上のやりとりをしていたくらいで、危口さん不在で作品を実現できるほどプランは固まっていませんでした。

――悪魔のしるしが「『搬入プロジェクト』ならできる」と考えた理由として、「危口さんがいなくても行える」ということ以外に、オープン化の推進も念頭にあったのですよね。

(金森)
危口さんが生きていたら挑戦していたであろうビジョン、文学と演劇と美術と建築のはざまに生まれていたかもしれない“何か”を見られなかったことはとても残念でした。そして遺された我々にそれを追いかけられないことも明白でした。また危口さんの没後、悪魔のしるしで制作を担当していた岡村滝尾さんも亡くなり、我々はしばらくは具体的な思考ができませんでした。しかし、高円寺での『搬入プロジェクト#21』の実行を通して、「ルールに則って創作し、新たなコミュニケーションや、新たな場との関係性を生み出す『搬入プロジェクト』であれば、自分たちの力と責任の範囲で“新作”を作ることができる」と確信しました。さらに、このタイミングで『搬入プロジェクト』をやるのであれば、危口さんが生前より言っていた「誰でもやっていい」という言葉をより推し進めるような形でプレゼンテーションして、さらなる未来につなげたいと考えました。

『搬入プロジェクト #21』の記録写真
『搬入プロジェクト#21』 ※7 の記録写真(画像提供:悪魔のしるし)。
危口氏の没後初の『搬入プロジェクト』。悪魔のしるしのメンバー主導で行われた。

――山城さんに声をかけるまでに、物体のアイデアなどについて、2者間ではまだ何も話し合っていない状態だったのでしょうか。

(能勢)
オープン化の推進としての第三者主導による『搬入プロジェクト』なので、山城くんに任せるべきだと思って、悪魔のしるしからも私からも、具体的にこうして欲しいとは言いませんでした。

オープン化という主旨なら、本来は主催側から主導者を指名するのでなく、「誰でもやっていい」という形を取るなど、実現方法自体を検討するべきだったかもしれません。しかし、悪魔のしるしから「第三者主導で『搬入プロジェクト』を行いたい」という提案があったのが2017年11月で、展覧会が始まる約2ヵ月前だったため、具体的な実現方法を検討している時間はありませんでした。

『搬入プロジェクト』をサイトスペシフィック ※8 なものにするために、すでに豊田で地域と関わる様々なプロジェクトを行っていて、『搬入プロジェクト』のこともよく知っている山城くんが適任だと思い、悪魔のしるしとも話して山城くんにお願いしました。もちろん山城くんの作品をこれまで観ていて、山城くんなら信頼できるという確信もありました。だけど山城くんは、初め躊躇しているように見えました。

――最初に声がかかった時、山城さんはどのように思いましたか。

(山城)
厄介な依頼だなと思いました。「展覧会として成立させたい」と思っているキュレーターの能勢さんと、「何か事を起こさないといけない」と思っている悪魔のしるしがいて、そこに作家の不在があることもわかっている。そのような状況の中で、作家の代わりをすればいいのか、あるいは全然違う立場から関わればいいのか...どのような立場をとればいいのかわからず、かなり戸惑いました。

――作家の代わりをしてほしいというオファーならば断っていたでしょうか。

(山城)
そうですね。その後、依頼を受けようと決断した動機には危口くんと、岡村さんへの想いもありました。

※7 『搬入プロジェクト #21』 2017年8月26日(土) キタコレビル(東京)/Sukurappu ando Birudo プロジェクト 道が拓ける

※8 「サイトスペシフィック・アート(英: Site-specific Art)とは、特定の場所に存在するために制作された美術作品および経過のことをさす。」(“サイトスペシフィック・アート”.ウィキペディア日本語版.参照2018-01-16.)

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