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アーカイヴと再制作

過去の音が問うもの——「日本美術サウンドアーカイヴ」の問題意識文:金子智太郎(美学、聴覚文化研究)

2019 04 08

歴史の問い直し

サウンドアーカイヴが現在70年代に注目している理由のひとつに、音と関わる美術の歴史をふり返ったとき、この時代の作品をめぐっていくつも疑問が生じてきたことがある。私の考えでは、美術と音楽にまたがる「サウンドアート」という言葉が普及した90年代以降、その歴史をたどるときによく参照されてきたのは60年代の芸術だった。「実験音楽からサウンドアートへ」という議論にも、60年代と90年代を結びつける発想がある。この歴史観では、80年代の作品を90年代に向かう先駆的な動きとみなすことができる。だが、サウンドアーカイヴで取りあげてきた、60年代に対する反省をともなってあらわれた70年代の作品についてはどう考えたらいいのか。70年代の作品はこの歴史観そのものに修正を迫るのではないか。

磯崎新は1998年に一柳慧との対談「架橋される60年代音楽シーン」で、ヴェトナム戦争があった60年代と冷戦以後の90年代を結びつけ、「政治的な宙吊り」にあった70・80年代と対比して、両者は政治と芸術の関係が異なると論じた ※6 。この説明を受けいれるとしても、社会と芸術の関係には国際政治情勢以外の面がいくつもある。経済的に見れば、高度経済成長期の60年代とバブル経済が崩壊した90年代には違いがあり、90年代は高度経済成長期が終わりをむかえた70年代に似ているとも考えられる。コミュニケーション技術の展開や人口動態という視点ではどうだろうか。70年代の作品に注目することは、少なくともこうした社会と芸術のさまざまな関係を浮かびあがらせることになる。

サウンドアーカイヴで取りあげてきた作品は70年代の美術をめぐるこれまでの議論にも疑問を提起する。例えば、美共闘世代の作家による70年代の作品は80年代に「ポストもの派」として、またその一部はパフォーマンス・アートの先駆として論じられた ※7 。美共闘REVOLUTION委員会らの活動は美術制度批判という面が注目されている ※8 。しかしこれらの議論はテープレコーダーという当時ありふれた技術を駆使して、日常的な感性のはたらきを見つめた70年代の作品を論じる枠組みとして十分だろうか。私はサウンドアーカイヴに先立ち、技術との関わりという視点から60年代と70年代の作品を対比して、後者が前者からいかに離れていったのかを検討したことがある ※9

「日本美術サウンドアーカイヴ——今井祝雄《TWO HEARTBEATS OF MINE》1976年」展示風景
「日本美術サウンドアーカイヴ——今井祝雄《TWO HEARTBEATS OF MINE》1976年」展示風景。関連書籍、リーフレット、資料ファイル。
同展トークイベント
同展トークイベント

※6 一柳慧+磯崎新「架橋される60年代音楽シーン」『InterCommunication』第26号、1998年、104-117頁。

※7 『もの派とポストもの派の展開——一九六九年以降の日本の美術』展覧会カタログ、多摩美術大学、西武美術館、1987年。「特集 パフォーマンス」『美術手帖』第551号、1985年10月、23-94頁。

※8 Kajiya Kenji, “Introduction,” in Doryun Chong et al. eds., From Postwar to Postmodern: Art in Japan 1945-1989, New York: The Museum of Modern Art, 2012, pp.256-259.

※9 金子智太郎「環境芸術以後の日本美術における音響技術──一九七〇年代前半の美共闘世代を中心に」『表象』第12号、2018年、169-183頁。

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