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朝靄の道行文:木ノ下 裕一(木ノ下歌舞伎 主宰) 絵:ヤマガミ ユキヒロ(現代美術家)

2014 05 04

秋・清水寺

祇園のバス停留所に降り立ったのは半刻(はんとき)ほど前。八坂神社の、間の抜けたあ・うん一対の狛犬に軽く会釈して、朱色の西楼門をくぐり、境内を通り抜け、円山公園。春の夜には花魁のような妖艶さで花を咲かせる巨木のしだれ桜も、秋の昼下がりにあっては、すっきり葉を落とし、遊里から足抜けして解脱した尼さんのような佇まいを見せていた。高台寺の門前を通って、ちょいと脇道にそれる。名代の甘味処、文之助茶屋の赤い提灯の横に立って、八坂の塔を見上げながら、名物の甘酒で喉をうるおす。
そのあと、二年坂...三年坂...。この界隈は、土産物屋が軒を連ね、いつも賑わいをみせていた。漬物屋、茶碗屋、お香屋、和紙屋、竹細工屋...観光客向けの「京都らしさ」をごった煮にしたようなところだ。なんでも、街の外観を損なわないように電線を地下に埋め込み、その上に石畳を敷いたらしいが、外観を守ろうとすればするほど、ほかの街並みとの差が目立って、映画村のセットをみるような〈作為〉が感じられてしまうのは、皮肉なことだ。

ゆるやかな坂を清水寺めざしてゆっくりのぼる。しだいしだいに足が重くなってきたのは、なにも坂道に疲れただけではあるまい。これはわたしにとって〈道行〉なのだ。『道成寺』の清姫の霊が参道を歩きながら鐘への恨みを募らせていったように、『心中天網島』の小春治兵衛が大阪の橋を何度も渡りながら冥途へ赴く覚悟を定めていったように、わたしも、京都の〈地霊〉たちに逢うための準備を、無心に坂をのぼりながら整えていく―。

しだいに身のまわりには靄が濃く立ち込めてきた。夢か現か―。この靄は、都市が吐く〈息〉なのだな、と、朦朧(もうろう)とする意識の中で、今更ながら、思った。


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