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COLUMN

コラム

AUBE 初期作品の再来 / 中嶋昭文さんの情熱と創造の姿勢 前編執筆:坂口卓也(音楽愛好者)

2017 06 09

1. ノイズ - AUBEが演奏するノイズという音楽について

「ノイズ」と形容される演奏が一つの音楽表現形態として認められ始めたのは、’70年代の後半のことだったと想う。当時、まずノイズはリスニングの対象として世界同時的に認められ始めたと考えられる。音楽に含まれる情報について、従来とは違う理解に覚醒したリスナーが各地に出現したのだ。そして彼ら自身がノイズを創生し始めることにより、ノイズの作家が増えて行った。

面白いことに、日本には高柳昌行さん・灰野敬二さんら、「不定形であり、莫大な情報を許容する」 というノイズの特徴を持つ先達が魁の様に存在していた。この土壌に、ノイズへの覚醒という世界的潮流が融合したのかも知れない。’78年の非常階段、’79年のメルツバウ登場を契機として、日本のノイズ、Japanoiseは顕著なイメージを伴う形で姿を現し、AUBEが現れた’91年には東京にも関西にもシーンの様なものが既に存在していた。

AUBEは、シーンに飛び込んで行くことを決して躊躇した訳ではなかったが、周囲と「一線を画す」とでも表現すべき部分を堅持し続けた様に思う。勿論、その音楽が、ノイズという変わった音楽の範疇において、現在でも比較対象の無い特にユニークなものであったという要素がその根底にはある。併せて、音楽の創造から制作、デザイン、パッケージング、出版、配給という全てのプロセスを独自でこなしてしまう能力が中嶋さんにあったという事情を見逃すことは出来ない。

G.R.O.S.S.のレーベル・カタログ
G.R.O.S.S.のレーベル・カタログ
G.R.O.S.S.のレーベル・カタログ

中嶋昭文さんは、自主レーベルG.R.O.S.S.において自身および他者の作品の配給を行っていた。
画像はG.R.O.S.S.のレーベル・カタログ。表紙は独特のデザインによるもので、丁寧にホチキスで製本されている。
インターネットが普及した現在ではまず見られない、貴重な尽力の記録。
上から’96年の第4巻、第5巻、第6巻。
画像提供:坂口卓也

コンピュータ・テクノロジーとインターネットが発達した現在ならば、こうした多様な作業を一人でこなす作家は決して少なくない。だが、AUBEが驚くべきペースで、高度な構成美学とエナジーに溢れる作品を見事な装丁に包んで連発し始めた’92年はまだそんな時代ではなかった。パーソナル・コンピュータが一般にも広く普及し始めたのはMicrosoft Windows 95が発売された’95年辺りだし、インターネットの本格的普及はその後だったのだから。“Do It Yourself”と呼称される音楽創生のスタンスは’80年代に確立されているが、コンピュータ・テクノロジーとアプリケーション・ソフトウェアの進化と共に、’90年代から二十一世紀にかけてそれは段違いのレベル・アップを遂げた。

言わば中嶋さんは、まだ充分な発達を遂げてはいない未成熟段階のディジタル技術とアナログ作業で、一世代先のディジタル・アートでなくては達成出来ない許容能(キャパシティ)と質(クオリティ)を持つ作品を創っていたと、そう表現しても差支えない。それを実現させたものはクリエイターとしての並外れた力量、そして情熱であり、だからこそ却って、後年の成熟したディジタル・テクノロジーだけでは絶対に太刀打出来ない特徴を堅持したとも言える。現在から歴史を振り返って見ても、AUBEの立ち位置と作品は孤立という言葉さえ似つかわしい程に独特であり、比較対象など一切存在しないのだから。

全興寺(大阪・平野)でのライヴ風景 撮影年:’97年 撮影者:しばたゆり 画像提供:東瀬戸悟

全興寺(大阪・平野)でのライヴ風景
撮影年:’97年 撮影者:しばたゆり 画像提供:東瀬戸悟


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