AMeeT
COLUMN

コラム

京都の女性運動と「文化」 第2回(全3回)――〈シャンバラ〉以後、1980年代のリブ運動村上 潔(女性史研究者)

2014 07 08

これを読むと、〈シャンバラ〉の閉店が、たんなる内輪もめや金銭問題ではないことがわかるだろう。女の自己実現と共同性の相克。女性運動において、抜き差しならない、普遍的な課題がここにはある。この閉店をめぐる対立・確執は、当事者たちにとっては深い心の傷となったであろうが、広い目で見れば、女たちを取り巻く時代状況と、そのなかで女たちの自律的な空間を作っていくことの意義と困難を再確認させる出来事となった。

さて、では「スペース」に拘った女たちのその後を見ていこう。スタッフとして〈シャンバラ〉に深く関わっていた者、〈シャンバラ〉に出入りしていた者たち計6人によって、1984年4月1日、〈とおからじ舎〉というリブ・グループが結成され、四条河原町近くのマンションの一室に共有スペースをオープンさせる。

とおからじ舎は、こんな場です。
とおからじ舎では、女解放の理論化と運動の方向づけの土台づくりを、2年がかりでめざします。
私たちは、それぞれがかかわってきた女たちの運動をふりかえるなかで、全体を見渡す視野が欠けていたこと、とりわけ、政治、権力、組織、軍事等の問題を、ほとんど考えてこなかったことを痛感しました。男たちの『闘争』の批判や点検も含めて、わたしたちの運動を模索していくつもりです。
と同時に、映画の自主上映、ユニークなイベント等を企画し、世の中の動きにも敏感に反応し、活動していくつもりです。
とおからじ舎は、はりきり女たちの拠点です。(※4

※4)とおからじ舎『あさってに虹を駆ける』(とおからじ舎、1986年): 3


PAGE TOP