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COLUMN

コラム

京都の女性運動と「文化」 第2回(全3回)――〈シャンバラ〉以後、1980年代のリブ運動村上 潔(女性史研究者)

2014 07 08

以上が主なスペース外での活動となる。これ以外に、〈とおからじ舎〉は、ニュースレター『とおからじ舎便り』の発行、ロゴマーク(写真3)の作成、そして自費出版の本(とおからじ舎 1986*写真1)の発行といった対外的な発信活動を行なっていた。

〈とおからじ舎〉は、当初より、〈シャンバラ〉閉店の際に問題となった1980年代の個人主義的・自己実現的な女の解放路線を批判的に対象化し、70年代の初期リブの本質を取り戻す、という意識を強く持っていた。と同時に、日本のリブ運動の誕生から10年以上経った時点での、運動の総括・理論化も大きな課題として掲げていた。

注目すべきは、そうした方針のもとでもまったく自然に「文化」的な実践が行なわれていたことである。〈とおからじ舎〉の最初の大きな主催企画は①の映画上映会であったし、本の末尾には、小説作品(峰みやす「幼き人よ」)が掲載されている。井上はねこによる③のレポートも、旅行記としてもエッセイとしても読めるような、非常に軽快な文体で綴られている。また、ロゴマーク(写真3)も非常にクールだ。こうしたところに、軽やかに洗練された、ある意味「80年代的」なセンスが表れているのがおもしろい。

このように、〈とおからじ舎〉は、全国的にはリブ運動がすでに「終わった」状況にあった1980年代半ばにおいて、クラシックなリブという確固とした自己認識のもと、新たなセンスをもって多方面の活動を行なっていた。ここには〈シャンバラ〉の「遺産」もあるが、同時に〈シャンバラ〉の「限界」を乗り越えようという問題意識もあり、その双方が活動の原動力となっていたといえる。運動に対する冷静な(自己)批判と情熱とが、有機的に結合していたということだ。これは、京都の女性運動のクオリティの高さを証明する事例として知られておいてよいことだと思う。


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