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COLUMN

コラム

科学の現場がアートになる瞬間文:橋本幸士(大阪大学教授)

2018 06 12

「宇宙のすべてを支配する数式」に関する著作が話題の理論物理学者、橋本幸士さんによる寄稿文。一人の科学者として、アートとサイエンスの関係性に違和感を抱いていた橋本さんは、ある日、“科学者のまま”の姿でパフォーミングアートの舞台に立った。ダンサーたちが駆けめぐる舞台上で、巨大な黒板を前に研究を延々と行う科学者が発見したこととは――。気鋭の科学者が語る「サイエンスとアートの関係」についての考察。

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パフォーミングアート作品「Every day is a new beginning」での橋本の出演風景。 Photo:金サジ
パフォーミングアート作品「Every day is a new beginning」での橋本の出演風景。
Photo:金サジ

私は科学者の職に就いてから、ずっと二つのことに違和感を持ってきた。一つは、科学と芸術が対立して記述されることが多く、それに起因して、サイエンスアートと呼ばれる分野はサイエンスの成果に触発されて生まれるアートを指すという違和感。そしてもう一つは、基礎科学と社会の接点が、「それが何の役に立つのか」という科学成果と応用だけ、という世間常識である。

まず、科学と芸術は対立する概念ではなく、むしろ協調する概念である。これは、科学は科学者というクリエイターが存在して初めて成立する人間の営みであること、そして科学は知への究極的探求にドライブされる営みであるため、その人間社会への有用性といった社会的な側面から切り離されており、芸術活動に大変似ていることからも、実のところ明らかだ。その結果、サイエンスが誕生する瞬間は、芸術家のそれと酷似していることがある。従って、サイエンスアートが技術やデザインの発展により世の中の好奇心を獲得するという表面的なことより、サイエンス自体がアートであることをもってサイエンスアートと考える方が、一人の科学者としては納得する。

また、科学的成果のプレスリリースや研究所の一般公開などで最も頻繁に聞かれる質問「それは何の役に立つんですか?」が代表しているのは、科学が技術となり社会に還元されるというサイクルが前提になっているという事実である。国民の税金をかけた科学研究にそれが求められるのは当然のことではあるが、一方で、基礎科学自体における発見は、社会に要請されるものではなく、むしろ科学者個人の知への探求に依拠するものがほとんどである。この事実が一般に知られていないようにも感じられるのは、そもそも科学的発見の現場が、世間に知られていないことに起因するのではと考える。

橋本が2012年にYouTubeで公開した動画「A scientist's life - condensed」。
科学の内容を説明するのではなく、科学に取り組む科学者の姿をそのまま映像でとらえた作品。

理化学研究所に居た頃、このような考え方から、自分が研究するシーンをそのままコマ撮り撮影し繋ぎあわせて動画にして、YouTubeで公開したところ、これを起点に写真家の西村勇人さんが興味を持って下さり、そこから松尾惠さん(MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w)に紹介いただいて、私は2018年1月、ついにパフォーミングアートの舞台に立っていた。それも、私は何らかの役を演じるのではなく、科学者の毎日の科学の作業を、そのまま舞台上で行うのだ。これは、私がずっと抱いてきた二つの違和感が、まさに素晴らしい形で雲散霧消し、新しい科学芸術の形に昇華した瞬間でもあった。

その舞台芸術作品「Every day is a new beginning」は、前田英一さん演出による、地球最後の日をテーマとしたパフォーミングアートである。パフォーマーの合田有紀さん、野村香子さん、前田英一さんのダンスパフォーマンスが舞台袖でのインプロヴィゼーションサウンドと融合し、それが科学者の現場の世界観を創り出す中、私は巨大な黒板で科学の研究を延々と行っている。その科学者の行為そのものを、アートとして取り込んでくださった前田英一さんのセンシティヴかつロバストな信念に、私は感謝するよりほかない。私が普段の研究において、科学の創造の瞬間の際に覚える興奮が、確かに舞台上で再現できたように感じたからである。この感覚が、のべ100名を超える観客、そしてパフォーマーとスタッフと共有できたことは、私個人にとって、サイエンスとアートの関係を自分の中で深く消化する機会となり、そしてこれからの科学者としての自分を支えていく固い感触として身体に残った。

奇妙なことである。世界を深く知りたい、数学で世界を記述したい、それだけを考えて科学者という職業に就いた私が、アートの活動に自らを放り込むことによって、科学を深めようとしていること、それ自体を学生時代の私は全く想像できなかった。おそらく、そういう超個人的な感覚は誰にも容易にシェアできるものではないし、科学者を志す学生に勧められるものでもない。しかし、自分個人の中の感覚として、確固としたものが手のひらにあるのだ。科学と芸術の関係は、経験という実験で個人的に進んでいくもののようだが、私はそれがより広く観念として共有されることを期待したい。科学は全人類の財産であるから。

2018年9月5日から7日まで、ロームシアター京都ノースホールにて、舞台芸術「Every day is a new beginning」の本公演の上演が決定した。私は舞台の上で、科学的な発見と芸術上の発見の感覚がいかに融合するか、また、手のひらの感覚で確かめたい。

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