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COLUMN

コラム

宇宙を支配する数式を、あなたの手のひらに文:橋本幸士(大阪大学教授)

2018 10 09

素粒子の基礎方程式を“極小の作品”にする魔法

2017年の夏、子どもが「プラ板」で遊んでいた。プラ板とは百円ショップなどに売っている透明のプラスチック板で、そこに自由に油性マーカーで絵を描き、ハサミで切り抜いて、オーブントースターで焼くと、プラ板全体が縮んで、極小の作品が出来上がるのだ。子どもがあまりにも楽しそうに遊んでいるので、自由研究のネタを探していた私は、早速便乗した。

さて、何を書こう。私が小さくしたいものは何だろう。ふむ、それは、素粒子を記述する数式だ。

宇宙を形作る素粒子の基礎方程式
宇宙を形作る素粒子の基礎方程式。橋本による手書き。

その頃ちょうど私は、『宇宙のすべてを支配する数式をパパに習ってみた』 ※1 という小説を執筆中だった。素粒子物理学者の父親が、娘に、一番大事な方程式を教える小説である。その数式は、宇宙を形作る素粒子の基礎方程式であり、すべての宇宙の現象がその数式から導かれる、という人類の知的財産である。素粒子のような小さなものが、どうやって動いたりしているのか、それを素粒子物理学者は探究している。
「小さな世界に、できるなら行ってみたい」。私は常々そう思ってきた。そこに、このプラ板だ。どんなものを書いても、小さくしてくれる魔法の板。私は子どもからプラ板の切れ端を譲り受け、そこに、宇宙を支配する数式を書き入れた。

焼き上がった数式プラ板に、私は感動した。こんなに小さく書かれた素粒子の標準模型の数式を今まで見たことがなかった。早速、手のひらに載せてみる。軽くて小さくて、今にも素粒子のように飛んでいきそうだ。キーホルダーにして、SNSで物理系の友達に自慢しよう。この夏の自由研究は、1日で終わってしまった。

プラ板製の数式キーホルダー
橋本が2017年の夏休みの自由研究として作成した、プラ板製の数式キーホルダー。

すぐにFacebookで数式キーホルダーの写真をシェアしたところ、大阪大学経済学部の教授である大竹文雄先生が気に入ってくれて「商品化したほうがいいですね」などとおっしゃる。「どうしたらいいでしょう」と相談すると、阪大クリエイティブユニットの伊藤雄一先生のことを思い出させてくださった。伊藤先生は阪大オリジナルグッズのデザインなどを手がける方だ。早速連絡してみたところ、「これは指輪にすればいいですね」とおっしゃる。伊藤先生は天才だな、と直感した。そして1週間後には、8月の阪大オープンキャンパスで「宇宙を支配する数式リング」を売り出すことになってしまった。発売当日は噂が噂を呼んで、阪大の生協購買部に開店前の行列ができるほどに。これが、今年のAmazonでの全世界発売へと繋がっていく。

そして2018年4月、アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)を研究訪問していたときのことである。「世界各地から来た高校生たちに何か話をしてやってほしい」と、ホテルで朝食をとっていたとき急に声をかけられた。聞くと、高校生のアメリカ体験を組織するボランティアの方々だった。声をかけられた次の日の朝、私は高校生たちの前に立ち、右手には例の数式リングを持っていた。「このリングの表面には、宇宙を支配する数式が刻まれているんです。すごいでしょう」。高校生たちの驚きの目に、私も少し感動していた。小さな夏休みの自由研究が、世代と場所を超えて、確かに世界へと繋がっていた。

科学は、人類共通の財産だ。けれども、それを財産だと世界の人たちが認識するには、少し「芸術作品」の形を借りたほうがいい。芸術は、人に訴えかける心のスイッチとして機能する。芸術作品という小さなスイッチが、科学という大きな世界への扉となれば、物理学者である私にとって、それ以上の喜びはない。

※1 橋本幸士[2018].「宇宙のすべてを支配する数式」をパパに習ってみた 天才物理学者・浪速阪教授の70分講義.講談社.

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