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COLUMN

コラム

京都のこと文・絵:足田メロウ(画家)

2016 03 22

18歳から40歳までの22年間を京都で過ごした。

高校生まで滋賀県信楽町の片田舎で育ち、田舎の若者にありがちな都会に対する憧れから、高校卒業と同時に京都へ移住した。

なんの取り柄も目標も無い若者が、ただただ田舎の閉塞感から逃れたい、知らない世界に飛び込みたい、という単純で浮ついた気分だけで。でもそれでは両親が納得しないので「絵描きになるための勉強がしたい」と理由をこじつけて、ひとまず京都出身の両親も若かりし頃にデッサンを学んだ関西美術院という画塾に通うことにして京都で暮らし始めた。

その頃から絵を描くということは僕にとって目標や目的のような到達点ではなく、なにかに辿り着くための理由や手段で、その行為の先にある物事や出会いを求めて絵を描いているんだと思う。18歳の自分と現在の自分では求めるものは変わっているだろうけど根本は変わっていない。

京都の街は広すぎず狭すぎずな程よいサイズ感で、外から訪れる人も多く、自分らしくやっていれば比較的容易に出会いたい人に巡り会える。 自分の座った場所から少し手を伸ばせば、大方は手が届く感じの居心地の良さに随分長居してしまったけど、 僕のように自分に甘い人間にとっては、どんどんだらしなくなってしまって良くない場所なのかもしれない。あと、お宝みたいな事象や人物が当たり前にその辺に転がってるもんだから、京都に居ると麻痺してしまって、そのありがたさに気づかずスルーしていまっていることは多いかも。

18歳から40歳まで。おそらく人生で最も"いい時期"に暮らした京都。出会ったり別れたり、笑ったり落ち込んだり、けんかしたり愛し合ったり、そんな中で大切な友人にも恵まれた。

またすぐに戻ると思ってロクな挨拶もせずに京都を去り、故郷の信楽に帰ったのが2013年。でもやはり生まれ育った土地は肌に合うのか、今ではすっかり信楽の住人となり、京都はたまに訪れる土地となった。それでも22年も暮らせば京都の街のいたるところに思い出が滲む。東堀川一条の小さな公園のブランコ、烏丸御池の交差点から眺めた東山、八条桂川の橋から望む愛宕山、蹴上の坂から見下ろす街、真如堂へと続く細い坂道の朝焼け、鴨川デルタの水面に映る景色、御所を彩る銀杏の絨毯、どこを歩いても思い出される物語があり複雑な気分になる。住んでいる時は気づいていなかったけど、離れてみて思い返すと京都には本当にたくさんの気持ちをいただいたんだと思う。

そんな粘着質なノスタルジアが年を追うごとに美化されて、30年後くらいに鴨川のほとりでビール片手に涙ぐんでいる爺さんがいたら、たぶん僕だと思いますので声かけてください。

京都さん

足田 メロウ ASHIDA Mellow (画家)

足田 メロウ ASHIDA Mellow (画家)

1973生、滋賀県信楽町在住、絵描き。滋賀県の山奥の小さな集落で育ち近所に遊び相手も少なかったことから自分の遊び相手は絵に描いて調達するという技をあみ出す。以降現在に至る。故に描く絵はほぼ人物。展覧会やライブペインティングで全国各地を巡る日々。ライブペインティングの主な共演者は、タテタカコ、ゆーきゃん、miki、等。2014年から陶芸を学び始める。楽しいこととビールが好き。

足田メロウ -Ashida mellow official website-
http://ashidamellow.web.fc2.com/


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