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COLUMN

コラム

mama!milk 20周年記念特集
「ここにいること, 旅をすること」寄稿:白井晃(演出家・俳優)、村松美賀子(編集者・文筆家)、阿部海太郎(作曲家)

2019 05 07

音楽の余暇

阿部海太郎(作曲家)

『メトロポリス伴奏付上映会』演奏風景
『メトロポリス伴奏付上映会』演奏風景
photo by INOUE Yoshikazu

京都、二〇十五年二月。
フリッツ・ラングによる不朽の名作『メトロポリス』を生き返らせる試み『メトロポリス伴奏付上映会』。その再演のため、mama!milkの生駒祐子さん、清水恒輔さん、そして金沢在住の美術家であり照明家の巽勇太さんと一週間、京都にて滞在制作をしました。

僕にとってmama!milkは大切な友人であり、そして心から尊敬する音楽家です。その極めてユニークな音楽性はどこから来ているのか。就中、二人の才能の賜物だと思っていますが、mama!milkのお二人と様々な場面でお会いするうちに、東京という街が彼らのような音楽を育むことができるだろうかと、ふと思うようになりました。つまり、mama!milkの創造性のある部分は、京都という街が育んだのではないかと思うのです。

果たして京都という街の何がmama!milkの音楽を形作っているのか。京都で二人と一緒に過ごし、ともに制作に取り組んだ一週間は、mama!milkの音楽の何たるかを理解するチャンスでもありました。

「京都は学生の街だ」。滞在制作の終盤、ある友人が京都の歴史と現在に触れながら言った言葉を僕は思い出していました。僕は京都で生活したことがないので、街の実態を直接的に観察したわけではありません。また、京都の方々でもそのように思わない人もいるかもしれません。しかし、京都でのmama!milkとの滞在を終えたとき、僕にはこの言葉が強く説得力を持って響いてきました。

僕は「学生」という言葉を、狭義の学生と捉えてはいませんでした。それは、ギリシャ語に語源を遡って考えたときの学生です。学校 schoolは、ギリシャ語のschole を語源としています。その意味するところは「余暇」、すなわち他に何もすることがない時の有り様を指しているとされます。仕事や生存とは直接関係のない時間、その時、人間は一体何をするのでしょうか。真面目に考えてみると、なかなか想像するのが難しい時間です。アリストテレスは余暇にこそ人間的な営みがあり、そこから学問が始まると説きました。

僕はまた、評論家の加藤周一が語った「学生」についても考えました。現代において学生というのはかなりの程度、社会から独立した存在です。職業人は、会社や社会のもとで一定の思想信条の制限を受けています。加藤周一は、反戦の運動には社会から独立した存在が必要だと説きましたが、その際、学生と老人がもっとも社会から独立しており、彼らがその運動の中心になるべきだと言いました。思想信条の制限を受けないという意味では、音楽家をはじめ独立した芸術家を加えることができると思います。

「ときのあとさき」にて photo by Ryo Mitamura
上映会の会場となった京都芸術センター(旧明倫小学校)
photo by OMOTE Nobutada 画像提供:京都芸術センター

さて、東京はと言えば、その風土に町人文化を感じ取ることができます。歌舞伎や舞踊などに見られる形式的な感覚が、江戸時代から現代を通じて今なお残っていると思います。あえて言ってしまえば、それは「捨象」の結果としての形式です。ある作家個人の芸術の結晶としての形式ではなく、外部からもたらされる形式と言って良いかもしれません。これは、街自体が、今日で言えば職業人の街であり、多くの人が加藤周一が述べた意味での学生的な独立からは程遠い生活をしていることと無関係ではありません。東京において、創作には外的要因が量、質ともに大きく関わってきます。僕自身の経験に当て嵌めれば、仕事で作る音楽というのは様々な外的要因を制約として捉え、それを乗り越えることに創作の主眼が置かれることになります。そして、東京での創作というのは、一見して自由なものであったとしても、相対的に、あるいは外的に自由であるにすぎないことが多い気がしています。

京都での滞在で感じた、まさに「学生時代」の感覚は、内的な自由の感覚でした。街の歴史と地理的条件と、僕がまだまだ知らない要因がそうさせたのだと思いますが、僕自身の印象として、日本全体を等しく経済優位の生活に均質化している現代においてすら、学生的な自由、もしくは「余暇」が許される精神風土が、京都にはあるように感じたのです。

以前、僕はmama!milkの音楽について、音楽史を踏まえながら「音楽の終焉」という視点で考えたことがあります。京都での滞在は、mama!milkの音楽が依って立つ地平線について再び考えさせられました。余暇という名の時間、その在り様に想像を巡らせています。すべての音楽の後に、mama!milkの二人は、音楽の余暇を過ごしているのではないでしょうか。あるいは、すべての音楽が始まる前に、音楽の余暇を過ごしているとも言えるでしょう。そしてそれは、やはり東京ではなく京都においてなのだと思います。短い滞在でしたが、mama!milkと一緒に「音楽の余暇」を過ごせたことを、いまとても有り難く感じています。

「ときのあとさき」にて photo by Ryo Mitamura
上映前に打ち合わせをする阿部海太郎、生駒祐子、清水恒輔の三人
photo by INOUE Yoshikazu

PROFILE プロフィール

阿部 海太郎 | Umitaro Abe作曲家

作曲家。作曲を通して常に音楽の可能性を探求する。これまでに蜷川幸雄演出の劇音楽を度々手掛けたり、mama!milkと共に白井晃演出の『夢の劇』の音楽制作・演奏を担当する等、舞台の分野で高い評価を受けている他、映像作品に音楽で携わることも多く、近年ではアニメ映画『ペンギン・ハイウェイ』の音楽を手掛けた。

阿部海太郎 UMITARO ABE 公式サイト

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