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COLUMN

コラム

日本盆栽「小さな巨木」
-盆栽を体感する川﨑仁美(盆栽研究家)

2016 11 08

京都と盆栽

図1 黒松(貴重盆栽) 樹高:68cm 樹齢:約200年 鉢:常滑長方  写真/市川靖史

図1 黒松(貴重盆栽) 樹高:68cm 樹齢:約200年 鉢:常滑長方 写真/市川靖史

私が盆栽を始めた1998年以降で、一般からの盆栽への視線が今最も熱いように感じる。海外でのBONSAIブームが大元ではあるが、国内でもその波に乗って新しい盆栽なる物から、グッズ、アイドルグループまで破竹の勢いで発表され続けている。メディアによる私の扱いも、「盆栽が好きな変な子」から「元祖盆栽女子」へと市民権を得られるようになった。

今、ニュースで主に紹介されているのは埼玉県大宮市。ここには老舗盆栽園が集まった「盆栽村」なるメッカがあるからだ。元々東京の団子坂(文京区千駄木)周辺には植木職人が多く住んでおり、明治にはそこから盆栽の専門職人になる者も現れた。1923年の関東大震災を機に盆栽業者達は、盆栽育成に適した広く、清涼な水・空気がある土地を求め現地に移り住む。1925年には自治共同体としての大宮盆栽村を形成し、開村91年目を迎えている。2010年には日本初の公立の盆栽美術館「さいたま市大宮盆栽美術館」も完成した。さらに来年は23年ぶりに日本で盆栽のオリンピック『第8回 世界盆栽大会』(2017年4月27日〜30日、埼玉)が開催される。国内外の熱心な盆栽ファンや観光客からも注目されており、約7万人の動員が見込まれ、経済効果も約5億円と想定されている。

関東主流に威勢が良いが、明治以前の主流は実は上方(京都・大阪)にあった。中国起源の盆景(ぼんけい)(※1)が日本に入ってきたのは平安時代と考えられ、鎌倉時代の絵巻物にはそれを模した盆山(ぼんさん)(※2)、鉢木(はちき)(※3)が描かれている。室町時代には足利義政、戦国時代には織田信長が京都の社寺から盆山を集めさせたという記録も残っている。現在の盆栽は江戸時代後半、上方を一世風靡した文人盆栽(※4)(中国趣味)を踏襲して確立された。盆栽は京都で育まれた歴史が最も長く、私が京都で盆栽を研究する意味はここにある。ビジネスキーワードBonsaiとして多様なものが生み出されている今こそ、原初に帰ることが必要なのではないかと考えている。

※1)中国では盆栽、鉢に植えた樹を盆景と呼ぶ。

※2)器に石や草木で山景や仙境(仙人が住むと言われる理想郷)を模したもの。

※3)鉢に植えた樹。現在の盆栽に近い鉢植え。

※4)江戸時代後半に、京都・大阪の文人の間で流行した中国趣味の盆栽。中国から輸入した美術品や中国風の煎茶と共に愛好された。


川﨑 仁美 KAWASAKI Hitomi
(盆栽研究家)

川﨑 仁美 KAWASAKI Hitomi

1980年京都生まれ。高校3年生から盆栽雑誌のナビゲーターを務める。
その後独学し、2002年より「現代盆栽」を主宰。国内外で盆栽の解説・キュレーションを行う。
2009年より「日本盆栽大観展」(11月、京都)の広報・解説ツアーの企画担当。
10年間のフィールドワークを経て京都工芸繊維大学大学院に入学、2012年修士課程修了。現在博士課程に在学し美術の観点から盆栽研究を行う。
2014-2015年、米国 エドワード・C・ジョンソン財団(フィデリティ証券)の奨学金を得てアメリカ、イギリスに園藝留学。各国の園藝技術・思想・運営を学ぶ。
2016年 Googleの美術工芸アーカイヴ「Google Cultural Institute」盆栽項の監修&執筆。
横浜 春風社より著書を刊行予定。


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