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アーカイヴと再制作

國府理「水中エンジン」再制作プロジェクトについて(全4回)―第4回:アートを反復する文:遠藤水城(インディペンデント・キュレーター)

2017 08 29

國府理の「水中エンジン」再制作について、プロジェクトメンバーの言葉を届ける連載シリーズ最終回。今回の記事は、プロジェクトの最後に実施されたトーク「遠藤水城、プロジェクトの全貌を語る」の記録映像を中心に構成した。作者不在の再制作という難題に挑んだプロジェクト代表・遠藤水城の語りが、「過去」ではなく「未来」に向けられたキュラトリアルな実践という批評的展望を明らかにする。

1. 「遠藤水城、プロジェクトの全貌を語る」記録映像

映像収録:2017年7月29日
「國府理 水中エンジン redux」クロージングパーティー・第1部トーク「遠藤水城、プロジェクトの全貌を語る」

2. 後記

いま映像を見てみて、自分が話していたときの気持ちと、その見え方が大きくかけ離れていることにショックを受けました。映像のなかの僕は、なんか偉そうだなあ、と思って、自分で自分に少しがっかりしています。実際に話しているときは、緊張もありますし、また明晰に思考が進まないことへのもどかしさや、大切なことをなんとか伝えたいと思って、キリキリしていたはずなのです。

映像の中で、つまりトークイベントで、どうしても言い切れなかったことは、死そのものは無意味でしかなく、なおかつ一人につき一回しか起こらないけれども、アートは有意味かつ反復可能だということです。國府理と僕らのあいだにある断絶を確定するのではなく(そこにはアーティストと非アーティストだけではなく、生と死の断絶もあります)、「水中エンジン」そのものの反復を続けようということです。國府が手がけた1号機と2号機のあいだにも、すでに反復は発生している。

アートそのものの反復に従って非人間的かつ反生産的な実践を求めようとしているのです。その方が気が楽だし、話の最後に僕自身が言っていますが、その方が「明るい」のです。永続性がある、という美術館モデルではなく、反復し続けるというニーチェ的なモデルを採用した方が現代美術はうまくいくのではないか、というのが、心底にあるモチーフです。そのモデルに準じてキュレーションを施すと何が起こるのか、というのが僕自身の個人的な挑戦になっています。そしてそれをなるべく多くの人と共有したいとも思っている。それにしては、トークが下手で伝わらないなあ、というのが映像をみたあとの実感です。


遠藤 水城 ENDO Mizuki

遠藤 水城 ENDO Mizuki ポートレート

1975年札幌生まれ。京都市・ハノイ在住。キュレーター。
2004年、九州大学比較社会文化研究学府博士後期課程満期退学。
art space tetra(2004/福岡)、Future Prospects Art Space(2005/マニラ)、遊戯室(2007/水戸)などのアートスペースの設立に携わる。2005年、若手キュレーターに贈られる国際賞「Lorenzo Bonaldi Art Prize」を受賞。2007年より2010年までARCUS Project(茨城県・守谷市)ディレクター、2011年より「東山アーティスツプレイスメントサービス」(京都市)エグゼクティブディレクター。2017年よりヴェトナム・ハノイ市のVincon Center for Contemporary Art 芸術監督。ほか国内外でキュレーション多数。主な著書に「アメリカまで」(とんつーレコード, 2009)、「曽根裕: Perfect Moment」(月曜社, 2011)、「陸の果て、自己への配慮」(PUB, 2013)

東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)
http://haps-kyoto.com/

Vincon Center for Contemporary Art
http://vccavietnam.com/


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