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ARCHIVES

アーカイヴと再制作

記録し、記憶しようとする“ひと”と“こと”文:山下里加(アートジャーナリスト/京都造形芸術大学アートプロデュース学科准教授)

2015 08 27

私たちはなぜ「記録し、記憶しようとする」のだろう。今日という1日をやり過ごすだけなら、記録も記憶もそれほど必要ではない。むしろ過去を置き去りに明日を生きていけるのならば、幸せなのかもしれない。それでも、私たちは記録し、記憶することに多大な努力を注ぐ。"アーカイブ"について私たちが備えている情熱の源を探ってみる。

"アーカイブ"という言葉をしばしば聞くようになった。どうやら20〜30代の芸術ジャンルに関わる人たちが"アーカイブ"に高い関心を示しているようである。昨夏、筆者の手持ちの美術資料を並べた『山下さんちの資料(アーカイブ)を持って帰る』展(※1)を企画・開催した時も、予想以上に数多くの若い世代が来場した。彼らは長い時間をかけて資料の山をさぐり、せっせとコピーをとっては持ち帰っていた。もちろん、同時代を過ごした同朋たちも、「うわ、懐かしい〜」「私もここにいたんだよ」といった歓声をあげていたのだが。

私がその展覧会で出した資料は、体系だった整理をしておらず、"アーカイブ"を名乗るには気恥ずかしい代物ではあった。が、展示会場では興味深い現象------老若男女が、かつて作成されたものをきっかけに、そこに記された過去の出来事と今ここにいる自身とを結ぶ物語を創造していく------が起こっていた。この現象は、なんだろう? なぜ、こんなに楽しそうなのだろう?

アーカイブそのものについては、AMeeTでも専門の方々が執筆されている。この記事では、「遺したい」という人の欲望と、「遺されたもの」が引き起こす事をスケッチしてみたい。

『山下さんちの資料(アーカイブ)を持って帰る展』の会場風景より。アーティストの藤本由紀夫の空間構成で、「パン箱」に年代ごとの資料をいれて配置した。1980〜1990年代を実体験した人たちだけでなく、その頃に生まれた若者たちが熱心に資料を取り出してはコピーをしていった。

『山下さんちの資料(アーカイブ)を持って帰る展』の会場風景より。アーティストの藤本由紀夫の空間構成で、「パン箱」に年代ごとの資料をいれて配置した。1980〜1990年代を実体験した人たちだけでなく、その頃に生まれた若者たちが熱心に資料を取り出してはコピーをしていった。

『山下さんちの資料(アーカイブ)を持って帰る展』の準備風景。段ボールに詰め込まれた資料を年代別に分類していく。90年代の関西アートシーンの一端が浮かび上がってくる。

『山下さんちの資料(アーカイブ)を持って帰る展』の準備風景。段ボールに詰め込まれた資料を年代別に分類していく。90年代の関西アートシーンの一端が浮かび上がってくる。

※1)『山下さんちの資料(アーカイブ)を持って帰る』展:2014年8月16日(土)〜8月31日(日)京都市中京区のARTZONEで開催。1990年代を中心に関西で美術ライターとして活動していた山下里加が、当時、集めていた展覧会チラシやアーティスト資料、プレスリリース、当時の雑誌や新聞の切り抜き、フリーペーパー、カタログ、メモ、FAX用紙などを公開した。来場者は、それを自由にコピーし、個人的な資料として持ち帰ることができた。
http://artzone.jp/?p=1337


山下 里加 YAMASHITA Rika

山下 里加 YAMASHITA Rika

1965年和歌山県生まれ。アートジャーナリスト、京都造形芸術大学アートプロデュース学科准教授。大坂アーツカウンシル専門委員。京都教育大学で具体美術協会の嶋本昭三氏に師事。2008年、大阪市立大学大学院創造都市研究科修了。修士論文は「クリエイティブ集団グラフにおける創造的活動の源泉についてー成員の参加と学習を中心にー」だった。主な著書『震災と美術をめぐる20の話』(1995年、ギャラリー・ラ・フェニーチェ刊)、企画協力『きのうよりワクワクしてきた。ブリコラージュ・アート・ナウー日常の冒険者たちー』(2005年、国立民族学博物館)など。

京都造形芸術大学アートプロデュース学科
http://www.kyoto-art.ac.jp/
art/department/artstudies/

ARTZONE
http://artzone.jp/


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