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アーカイヴと再制作

連載「巨大な書庫で迷子になって」(全3回)第2回:写真とオンライン・アーカイヴ文:佐藤守弘(視覚文化研究)

2018 02 17

2. 諸学問の基礎としての写真アーカイヴ

19世紀における写真アーカイヴの形成に注目したのは、写真家であり、写真の理論家でもあったアラン・セクーラ(1951-2013)であった。彼は、被写体をほめたたえるようなブルジョワの肖像から、対象に抑圧的なまなざしを向けるような犯罪者を撮影した司法写真にいたるまでのポートレート群が、すでに19世紀において巨大なアーカイヴをなしていたという。しかし、そのアーカイヴは一望のもとに捉えるには大きすぎて目に見えない。彼はそれを隠された目に見えないアーカイヴ、すなわち「影のアーカイヴ」と名付けた。

ただし、その部分部分は目に見える形で存在している。その例として彼が挙げるのが、19世紀、パリ警視庁の刑事であったアルフォンス・ベルティヨン(1853-1914)による犯罪者の写真アーカイヴである。ベルティヨンは, 正面と横顔の写真を組み合わせた写真をカードに貼り付け, 身体の測定値などの諸データを書き込んだものを警視庁のキャビネットに分類して収めた(以下のニューヨーク市警察本部の犯罪者写真ギャラリーでは、板に写真が貼り付けられて、めくって見るかたちになっている)。

Crime - N.Y. Police, Rogues' Gallery--July. , 1909. July. Photograph. Retrieved from the Library of Congress,

Crime - N.Y. Police, Rogues' Gallery--July. , 1909. July. Photograph. Retrieved from the Library of Congress, https://www.loc.gov/item/96515951/. (Accessed February 10, 2018.)

このシステムはベルティヨン法と呼ばれてアメリカや日本を含む各国の警察に採用されたシステムであり、もともとは他者である異民族を研究するために人類学において確立していた写真利用法を応用したものであった(※7)。こうした写真アーカイヴの利用は、書誌学や美術史、あるいは軍事などにも応用されるようになる。19世紀後半からの諸科学の基礎に写真アーカイヴがあったというのがセクーラの主張であった(※8)。

※7)ベルティヨン法については、渡辺公三『司法的同一性の誕生―市民社会における個体識別と登録』(言叢社、2003)や橋下一径『指紋論——心霊主義から生体認証まで』(青土社、2010)を参照のこと。

※8)セクーラの写真理論については、前川修「アラン・セクーラの写真論——写真を逆撫ですること」(『写真空間3——特集:レクチャー写真論』青弓社、2009、101-103)を参照のこと。


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