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アーカイヴと再制作

連載「巨大な書庫で迷子になって」(全3回)第2回:写真とオンライン・アーカイヴ文:佐藤守弘(視覚文化研究)

2018 02 17

3. アーカイヴの所有

実際、さまざまな分野でさまざまな写真のアーカイヴズ——この場合は実在する施設として——が形成されていくのが19世紀の後半であった。たとえば1830年に設立されたイギリスの王立地理学会では、1860年代から写真の利用に積極的に取り組んでいく。専用の暗室や複写室を作り、さらに「写真室」と呼ばれる地理学写真のアーカイヴズを構築しはじめたという(※9)。

写真アーカイヴズは、学術的な研究のためだけに用いられるのではない。政治的/社会的な目的のためにも使われる。さきほど触れたベルティヨンによる司法写真アーカイヴもそうだが、ここでは特異な例をひとつ紹介したい。それは、明治天皇の命で1879年に作成されたとされる、臣下の肖像写真を集めたアルバム「人物写真帖」である(宮内庁三の丸尚蔵館所蔵)(※10)。当時の宮内省の指揮下に大蔵省印刷局が撮影、印画から写真帖の制作を担当し、ほぼ1年かけて全39冊の写真帖に皇族から諸官庁の高官に至るまで総勢4531人の肖像写真が収められることになった。写真帖のサイズは、多少の差異はあるにせよ, おおよそ40×30cmの大きさであり、手にとって気軽にページを繰ってみられるサイズではない。おそらくこの写真帖は、見るために制作されたというよりは、臣下の肖像写真をアーカイヴ化して手許におくことによって、比喩的に「所有」し、象徴的に「支配」する権力装置のひとつとして考えることができるのではないだろうか。

すなわちアーカイヴを所有することとは、その対象を所有することにもつながるのである。批評家スーザン・ソンタグ(1933-2004)は、ジャン=リュック・ゴダール(1930-)の監督作品『カラビニエ』のなかから、傭兵たちが世界中のさまざまな風景、建造物、人物を写した写真絵葉書を小さなトランク一杯につめ、「戦利品」として持ち帰る場面を取り上げて、「写真を収集するということは、世界を収集することである(※11)」と述べたように。

ちなみに私は、アーカイヴと所有という問題から、20世紀初頭に財閥の子弟たちが集めた鉄道写真コレクションを論じて、それは写真という一種のミニアチュールによって、日本の鉄道という「世界」を収集しようとしたのではないかと結論づけた論文も書いている(拙論「鉄道写真蒐集の欲望――20世紀初頭の日本における鉄道の視覚文化」『京都精華大学紀要』第39号、京都精華大学、2011年11月、49-72)。同論文は、上記リンクよりPDFで閲覧できるので、興味のある向きはご高覧いただきたい。

※9)James R. Ryan, Picturing Empire: Photography and the Visualization of the British Empire, University of Chicago Press, 1997, 22-25。拙著『トポグラフィの日本近代——江戸泥絵・横浜写真・芸術写真』(青弓社、2011、94)も参照のこと。

※10)宮内庁三の丸尚蔵館ウェブサイト「三の丸尚蔵館 第61回展覧会開催要領」、http://www.kunaicho.go.jp/event/sannomaru/tenrankai61.html

※11)スーザン・ソンタグ『写真論』近藤耕人訳、晶文社1979。


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