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アーカイヴと再制作

悪魔のしるし『搬入プロジェクト』のオープン化に関するインタビュー 後半―第三者により作品が実施されるということ、その可能性と課題

2018 10 10

8. それぞれの『搬入プロジェクト』への解釈

――CC0にすると定義 ※14 さえも改変される可能性があります。また意に介さない解釈をされたり、全く魅力的でない搬入が計画されるリスクもあります。それもすべて受け入れていくということでしょうか。

(金森)
はい。

――『CARRY-IN-PROJECT 2008-2013 DOCUMENT: WORDS and IMAGES』 ※15 のダグマー・ヴァルザーのテキストで「本来このプロジェクトには欠かせないはずの多くの制約がチューリッヒでは少なかった。しかし、その分新しい何かが始まったんだと思う」 ※16 という危口さんの発言が引用されています。また同書の伊藤暁さんのテキストで、伊藤さんは「揚重工 ※17 が搬入する、という当初の骨子ともいえる要素 ※18 が無くなっても成立してしまうところに、搬入プロジェクトの最大の魅力が潜んでいるのではないかと思い至る。」 ※19 とおっしゃっています。強い定義を与えないからこそ、拡張し、展開し、さらなる多様性を獲得していく。そこにも『搬入プロジェクト』の本質があるように思います。前述したようなリスクもある一方、どんどんアップデートされたり、枝葉のようにバリエーションが分かれていくことで、危口さんの亡くなった後も、なお『搬入プロジェクト』が展開していく可能性もあります。そのあたりは期待していることですよね。

(金森)
はい。

『搬入プロジェクト#08』の記録写真
チューリッヒで行われた『搬入プロジェクト#08』 ※20 の記録写真(画像提供:悪魔のしるし)。
ゴールは建築物ではなく湖に浮かぶ小島だった。

――マニュアルの“「搬入プロジェクト」を構成する5つの要素”を読むと、注釈に「悪魔のしるしは、これ(『搬入プロジェクト』)を演劇作品の公演と捉え」と記されています。『搬入プロジェクト』は参加型アートと言えるかもしれませんし、祭りや労働とも言えるかもしれません。UNICORN SUPPORTのインタビュー内で、危口さん本人も「最初は演劇と言い張っていたんですよ。戯曲と俳優の関係を、物体と運び手の関係に置き換えただけなのだから、搬入プロジェクトは演劇だと。でも最近はそれほどこだわっていません。」 ※21 と発言されています。定義を曖昧にするという選択もあったように思いますが、なぜ「演劇作品の公演と捉えている」とマニュアルに記したのでしょうか。

(石川)
搬入行為をお祭りや単なる労働だとする見方もできるけども、一旦、「これは演劇だ」と定義することで、そこで何が起こっているのかを鮮やかに説明できる気がします。その感覚は共有したいと思いました。

――「これは演劇だ」と定義し、演劇の文脈における批評性を纏わせることで、『搬入プロジェクト』が批評的に読み解かれる状況を作るということですね。

(石川)
そうですね。「これは単なる労働です」と言ってしまうと、その先が語られにくいというか。

(宮村)
「搬入するその物体の重量や形状こそが、このパフォーマンスの“戯曲”といえるのではないか」と危口くんは言ってましたね。

――「一旦、演劇と定義するが、別の解釈をするのであれば自由にしてください」という態度ですよね。一方で、仮であっても演劇と定義してしまうと、「純粋に批評性を纏わせようとしている」というより、「主に演劇の文脈における批評性を纏わせようとしている」かのような印象を受けるかもしれません。『搬入プロジェクト』を、演劇の文脈を意識せず、且つ批評的に扱う人もいます。例えば山城さんは普段美術の文脈を意識して活動していますが、豊田市美術館で『搬入プロジェクト』を行うにあたって、演劇の文脈を意識しましたか。

(山城)
意識しませんでした。『搬入プロジェクト』は演劇という側面を意識しなくても成立するような解釈の幅を持っていると考えています。演劇の枠から出ることを意識して作られたプロジェクトなので、むしろ演劇の文脈を意識させることは難しいように思います。

――能勢さんは、美術館に所属しているという意味で、美術の文脈に依っている言えます。また今回、「舞台があって観客が集まり一定の時間拘束するのではない」「搬入後も作品として展示する必要がある」など、美術の制度の中で扱わなくてはいけなかったという点では、美術の文脈を意識せざるを得なかったのではないでしょうか。

(能勢)
《ビルディング・ロマンス》展の作家には、普段演劇・映画の分野で活動されている方が含まれていたから、美術と演劇の横断的なことは起こって欲しいと思っていました。だけど、それはそんなに簡単なことではない。やはり演者の生身の身体がそこにあり、同じ時間と空間を共有する演劇やパフォーマンスと美術作品は、全然違うものです。パフォーマンスが行われている間に生まれる熱量を、ある一定の期間継続する展示として観せるのはなかなかに難しい。普段演劇の分野で活動されている飴屋法水さんも今回の展覧会に参加してくれましたが、そのような話をたくさんしました。

また展覧会は、テーマとの関わりや前後の作品との繋がりで、作家とともにある種のナラティブ ※22 を作っていきますが、悪魔のしるしの場合は、“搬入”のパフォーマンスとその痕跡になる。展覧会の中に物体がポンとあって流れはどうだろうとか、あれこれ考えていました。しかしそれは展覧会というフレームに入れる際のキュレーター側の問題でもあって、パフォーマンスとして単独で行う場合には全然それで良いのです。

最初に整理しておくべきだったのかもしれませんが、それで悪魔のしるしチームと多少の軋轢も生まれていました。主な理由は、私は展示される物は作品であるべきだと考えていましたが、悪魔のしるしチームは必ずしも作品とは捉えていなかったということにあったのかもしれません。

Google ドキュメント上で色々と意見を交わしていましたが、振り返ると展覧会とか作品、パフォーマンス、アーカイブというものに関わる議論になっていました。あれこれ紆余曲折があった後に2つの物体ができ、搬入後の展示では、荒木さんによる危口さんの言葉も流れているし、舞台作品『わが父、ジャコメッティ』の映像と音声も流れている。ある意味、多層的で滅茶苦茶ですが、2つの物体の間に座って寛いだり、作品を観られる小さなスペースができていて、その空間をとても良いと思いました。

――搬入当日は、危口さんのお父さんによる挨拶で、現場が感動に包まれるような場面もありました。山城さんは先程、「入るかどうかのギリギリさによって『搬入プロジェクト』がよりエキサイティングになる」という意味でのドラマ性に興味がないとおっしゃっていましたが、それよりもドキュメンタリーとしてのドラマを、物体や搬入という行為に纏わせることを重視したのでしょうか。

『搬入プロジェクト#22』の記録写真(搬入中)
『搬入プロジェクト#22』の記録写真(搬入中)(画像提供:悪魔のしるし/写真:荒木悠)。
その場に集まった方に挨拶をする木口敬三氏。

(山城)
“建築との戯れ”には興味がなかったけれど、そういった意味においてはドラマを意識して演出しました。“父子の壁”の中にモニターやプロジェクターを入れ、搬入当日の記録映像、つまり“父子の壁”に関するドキュメンタリーを再生しました。そこには「物体そのものの中に物体のドラマを入れたい」という思いがありました。

『搬入プロジェクト#22』の記録写真(搬入後)
『搬入プロジェクト#22』の記録写真(搬入後)(画像提供:豊田市美術館/写真:岡村靖子)。
“父子の壁”内のモニターで、搬入当日の記録映像が再生されていた。

――『搬入プロジェクト』ではこれまでに、その場所が持っている問題を纏わせたり、架空のお祭りとして成立させてみるといった形で演劇性を纏わせることが試みられてきました。しかし、ドキュメンタリー的に危口さんの物語を纏わせることは試みられていなかった。それは危口さん自身ではやらなかったことかもしれません。山城さんは先程「危口さんそのものを搬入する」ということをおっしゃっていましたが、言い換えると、危口さんの物語を纏わせようとしていたのですよね。

(山城)
そうです。そこに僕のようなフィクションとドキュメンタリーの間を行き来するような作家が関わる意義があると思いました。

※14 『搬入プロジェクト』の定義は「搬入プロジェクトとはある空間に「入らなそうでギリギリ入る物体」を設計・製作しそれを実際に入れてみるプロジェクト。」(悪魔のしるし[2018].搬入プロジェクト・マニュアル(2018年/豊田市美術館).)

※15 2015年3月に発行された『搬入プロジェクト』の記録集。『搬入プロジェクト』の手引や、『搬入プロジェクト #14』までの情報をまとめたデータベース的な役割を持った書籍となっている。

※16 ダグマー・ヴァルザー[2015].運んで歩く....CARRY-IN-PROJECT 2008-2013 DOCUMENT: WORDS and IMAGES.p.156.

※17 「荷揚げ屋とは建設現場における、重量物の搬出入、移動を請け負う作業員の名称。揚重工ともいう。」(荷揚げ屋.ウィキペディア日本語版.参照2018-08-20.)

※18 現在は観客に参加してもらって搬入することが多いが、初演時、物体を搬入するのは楊重工だった。現在のような傾向になったのは『搬入プロジェクト #03』以降。

※19 伊藤暁[2015].物語を紡ぐ主体は誰か.CARRY-IN-PROJECT 2008-2013 DOCUMENT: WORDS and IMAGES.p.104.

※20 『搬入プロジェクト #08』 2012年8月24日(金)~26日(日) ランディヴィーゼ(チューリッヒ)/Zurcher Theater Spektakel

※21 「最初は演劇と言い張っていたんですよ。戯曲と俳優の関係を、物体と運び手の関係に置き換えただけなのだから、搬入プロジェクトは演劇だと。でも最近はそれほどこだわっていません。」(インタビュー構成:田中建蔵、浅井太一、的場愛美/写真:浅井太一[2013].interview#023 危口統之.UNICORN SUPPORT.2018年7月1日参照.)

※22 「もともとの意味は物語(story)、物語風(説話体)の文学作品。美術界では、「物語的」な物」(ナラティヴ:現代美術用語辞典.美術館・アート情報 artscape.)

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