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アーカイヴと再制作

過去の音が問うもの——「日本美術サウンドアーカイヴ」の問題意識文:金子智太郎(美学、聴覚文化研究)

2019 04 08

音へのアクセスをいかにつくるか

先にふれたように美術館や大学では近年、タイムベースド・メディアを用いた作品の管理をめぐる実践や議論がさかんである。音と関わるものも近年はバッシェ兄弟の音響彫刻の修復があり、「実験音楽とシアターのためのアンサンブル」など、過去の作品を再演する実践もある ※4 。しかし、日本美術では音と関わる作品の歴史をふりかえる試みはまだ少ない。その理由のひとつは、視覚資料と比べて聴覚資料の調査がまだ進んでいないからだろう。映像やパフォーマンスなら写真が一枚あればわかることは多いが、作品の音のありかたは写真からはわからない。しかし作家へのインタビューを通じて、作品の録音は作者の元や美術館に整理されずに残されていることがわかってきた。

サウンドアーカイヴをはじめた大きな動機はこうした音を聞きたいという欲求である——作品を前にして音を聞きたい、その録音も聞きたい、関心をもった人がこうした音にアクセスする機会を増やしたい。過去の音へのアクセスをつくることがサウンドアーカイヴの重要な目標である。そのためにイベントと個展だけでなくカセットエディションやレコード、録音を展示する資料展、プレゼンテーションと、さまざまなアクセスのかたちを試している。

写真や映像ではなく、美術作品と録音の関係をめぐる議論がどこまで進んでいるか、私はあまり知らない。しかし、美術家によるレコード制作には蓄積があり、近年も活発である ※5 。サウンドアーカイヴのこれまでの実践がこの議論に貢献できるとしたら、作品と録音の関係の豊かなバリエーションを示すことだろう。稲憲一郎《staying/walking》はカセットとして制作された未発表作品だった。髙見澤文雄《柵を超えた羊の数》、和田守弘《認識からの方法序説 No.lll MR.NOBODY 言葉の中のモニュメント》のカセットは作品の一部である。グレイト・ホワイト・ライトのレコードは、1971年に上演されたパフォーマンスの録音を、メンバーの大西清自が1981年にレコードにしたものを再発した。今井祝雄、倉貫徹、村岡三郎《この偶然の共同行為を一つの事件として》のカセットはいわば屋外サウンドインスタレーションの現地録音であり、三人の心臓音が御堂筋の環境音とともに録音されている。

日本美術サウンドアーカイヴ カセットエディション 今井祝雄、倉貫徹、村岡三郎《この偶然の共同行為を一つの事件として》1972/2019年
日本美術サウンドアーカイヴ カセットエディション 今井祝雄、倉貫徹、村岡三郎《この偶然の共同行為を一つの事件として》1972/2019年
「日本美術サウンドアーカイヴ——今井祝雄《TWO HEARTBEATS OF MINE》1976年」展示風景
「日本美術サウンドアーカイヴ——今井祝雄《TWO HEARTBEATS OF MINE》1976年」展示風景。展覧会ではカセットエディションを販売している。

※4 バシェ協会 実験音楽とシアターのためのアンサンブル

※5 例えば、1989年に出版された、美術家によるレコードの展覧会カタログ、Broken Music(New York: Primary Information, 2018)が昨年再刊された。

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