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アーカイヴと再制作

修復・再制作プロジェクトにエンジニアとして関わった3人による対談:第2回(全3回)―修復・再制作の方法・方針と、アップデート・改変の判断に関する8つの議論対談:古舘健×三原聡一郎×白石晃一

2019 09 04

6. 完成という概念

(古舘)
『水中エンジン』のエンジンがなんの不安もなく、定期的にタイマーで動くようになったら、それってたぶん違う作品ですよね。

(白石)
そうなんですよね。『水中エンジン』の再制作がお二人が関わったプロジェクトと大きく違う点は、國府がオリジナル・ヴァージョンを制作した時点では作品が未完成だった可能性があるということなんです。

(古舘)
國府さんの理想としては、ちゃんと安定して動くようにしたかったんですかね。

(白石)
恐らくそうなんですけど...もしかしたら現場で作品を直している自分自身も作品化 ※5 していた可能性があって...。だから「そうなんじゃないか」という仮説でしかないですね。『欲望のコード』に関してはどうでしょうか。

(三原)
「完成」という概念は定義が難しい。僕は、オリジナル・ヴァージョンを制作した際には2009年時点での解を、修復した際には2016年時点での解を導き出しただけだと捉えています。そもそも三上さんは2000年を過ぎたあたりからドローンに興味があって、その頃からずっと「河原に行くと飛んでくる蚊蜻蛉(かとんぼ)のようなものに追いかけ回される作品を作りたい」と言っていた。2050年くらいになったら実現できるかもしれない。

2010年にYCAMで展示されたオリジナル・ヴァージョンの展示記録映像。
三上晴子『欲望のコード』 山口情報芸術センター[YCAM] スタジオA、2010年

(古舘)
『欲望のコード』の場合、三上さんが当初もっていたイメージ、コンセプトを作品とするのか、出来上がったオブジェクト、つまり現状のインスタレーションを作品とするのか。『LOVERS』はすでに完成した作品なんですよね。そういう意味ではオブジェクトなわけ。

(三原)
我々が作ったあの形状のインスタレーションを指して『欲望のコード』と言うことはできるけど、三上さんが生きていたら当初のイメージを実現しかねないと思う。大変そうだからやらないけど。

(白石)
大変そうだからやらないの?

(三原)
僕は更新する主体ではないから、実現を試みるかどうかは僕自身が判断することではないけれど、蚊蜻蛉のアイデアのリアライゼーションは、素人が手出しせずにおこうという意識が前提としてある。航空力学他、想定される技術のレベルなど圧倒的なので、自分の人生のどれくらいの時間を費やさなきゃいけないのかって...。

(古舘)
仮に時間が無限にあるなら実現していく可能性はあるわけ?

(三原)
もしそういうプロジェクトが立ち上がり、時間が無限にあって、村 ※6 の皆が全員が死ななかったらその可能性があるかもね(笑)。それは現実的に不可能でしょう。

(古舘)
ということは、三上さんの作品はまだ未完成で「コンセプト」と言えるということ?

(三原)
そうあったほうが我々はおもしろがることができるね。

(白石)
でも村を大きくしていくというか...世代を超えて伝承するというのは...

(三原)
本当に伝統芸能みたいになってしまうから危険な気がする。僕はメディアアートと呼ばれるものはメディアテクノロジーと環境や身体への思想として、現在進行形でアクチュアルなものだと思っているのですが、伝承や維持自体が目的になると、この作品が生まれた当時の価値が失われるなと。あとはインスタレーション作品としての展覧会発表がこの村の祝祭だとすると、頻度が少なく不定期なので、伝承自体が難しい現状です。ただ、三上さんと生前にやり取りした『欲望のコード』に関しては、永く展示が可能なようにこれからも付きあっていきたいなと思ってます。

左から古舘健、三原聡一郎、白石晃一
左から古舘健、三原聡一郎、白石晃一

※5 オリジナル・ヴァージョンの展示期間中、國府は部品の劣化や漏電、浸水などのトラブルに見舞われ、メンテナンスを施しながら稼働を試み続けた。それ自体を作品の一部として捉える解釈もあったが、再制作の際にはあえて「水中での安定的な稼働」という目的が設定された。

※6 再制作チームを比喩表現として村と呼んでいる。詳細は第4章参照。

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