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アーカイヴと再制作

修復・再制作プロジェクトにエンジニアとして関わった3人による対談:第3回(全3回)―遺し方に関する8つの議論対談:古舘健×三原聡一郎×白石晃一

2019 11 27

20. 作品が死ぬ/生きるということ

(三原)
メディア・アートなどが美術館に収蔵されて一番悲しいのは、動かさないでオブジェとして展示されるという状態。そうなると本当に死んだということになるんだろうな。

——『水中エンジン』はその可能性が十分にありますよね。

(白石)
ありますね。実は兵庫県立美術館で行われた再制作プロジェクトのシンポジウム ※17 でも近い話題が話され、その場ではオブジェ化した状態のことを「ゾンビ化」と例えました。このとき、シンポジウムの関連展示として資料を中心とした『水中エンジン』の展示を行ったのですが、水槽には水を入れずにエンジンを水槽の外に吊るした状態で展示することになりました。これは美術館の論理で判断されたことで、「水に沈めることでエンジン自体が腐食するため、その時点ではまだ稼働するエンジンを、稼働する状態のままできるだけ長く維持しておきたい」という学芸員からの意見を聞き入れる形です。水中ならぬ空中エンジンになっちゃいましたけどね。

兵庫県立美術館で開催されたシンポジウムの関連展示として展示された『水中エンジン』。
兵庫県立美術館で開催されたシンポジウムの関連展示として展示された『水中エンジン』。
撮影:Tomas Svab 画像提供:國府理「水中エンジン」再制作プロジェクト実行委員会

(三原)
駆動もしなかった?

(白石)
駆動もしませんでした。でも保存についての考え方の対比が見えたという点では、あれはあれでけっこう興味深かった。我々が『水中エンジン』の保存を考えたとき、「水中でエンジンを稼働させる」ということを大目標にしたわけですが、全く違う論理や力学の中では「水に入れない」という判断になってしまうんだなと。

——現行の美術の制度では恐らく「作家自身がこのエンジンを選んだ」とか、「実際にオリジナル・ヴァージョンに使用されたエンジンかどうか」ということが重要になってくる。そうした価値観においては、腐食を避けるために「水に入れない」ということが最良の判断と言えるかもしれない。一方で「作家が選んだエンジンではないし、当時のエンジンと形状が異なるかもしれないけど駆動する方がいい」という価値観もある。どちらをよしとするかは目的や状況によっても変わってきますよね。

(白石)
個人的には、美術館は前者の考え方を守るべきと考えているため、後者の方は土着、つまりオルタナティブな動きの中で行なっていくしかないのかなという気がしています。

(三原)
世界のどこかにその「伝承」を持ちたい人たちが出てくるかもしれない。それで本当に作品が生きるのであればそっちを選択すればいい。

(白石)
そうですよね。また別の制度の中で行うべきなのかなと。

(三原)
それが芸術と呼ばれていなくても、そっちの方がより「作品が生きる」のであればそれでいい気がする。

(白石)
確かに「生きる」のであれば芸術の枠を超えてもいいですよね。多分その行為によって芸術は拡張されるのでしょうし。

——「美術館でいかに保存するか」ではなく「保存するための新しいフレームをいかに作るか」という考え方ですね。

(三原)
それはたぶんやっちゃったもん勝ちだと思うよ。

※17 “シンポジウム「過去の現在の未来2 キュレーションとコンサベーション その原理と倫理」”.2017年11月23日(木).兵庫県立美術館.

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