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アーカイヴと再制作

100年続く『搬入プロジェクト』を目指して
YCAMが挑む、作品の継承と進化 前編

2020 09 26

山口情報芸術センター[YCAM]といえば、テクノロジーと芸術表現の創造的交流をうながす研究施設として世界的に知られている。だが、そのエッジィでスマートフルな印象と毛色の異なる野性的な展覧会が行われた。巨大な構造物を、人力で建物に搬入する演劇プロジェクト『搬入プロジェクト』と、その実現に向けての資料を集めた「搬入プロジェクト 山口・中園町計画ドキュメント」(2020年9月6日で終了)がそれだ。
7月25日に予定されていたパフォーマンスはコロナ禍の影響で1年後に延期されてしまったものの、単なる「資料展示」には収まらない気迫と執念が展示空間には充溢していた。研究施設らしい冷静さと、アーティスティックな情熱が同居するこの展示は、どのような経緯で生まれたのか? キュレーションを担当したYCAMアーキビスト/ドキュメント・コーディネーターの渡邉朋也に聞いた。

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インタビュイー:渡邉朋也(YCAMアーキビスト/ドキュメント・コーディネーター)
インタビュアー・文:島貫泰介(美術ライター/編集者)

そもそも『搬入』とは?

YCAM中央部のホワイエが「搬入プロジェクト 山口・中園町計画ドキュメント」の展示会場になっている。この空間は、これまでにもさまざまな展示が行われてきた場所だが、1年後に向けて実際の『搬入プロジェクト』のプロセスを紹介するという性質もあって、ある種の仮設感が充溢している。

展示風景(全景)
展示風景(全景) ※1

市民参加のワークショップで制作された計113個の搬入設計案モデルが鎌首をもたげ、また別の場所では、最適な搬入のために吟味と実験を重ねた素材や道具の数々が熱い解説と共に並ぶ。さらには搬入後に祝杯をあげるためのオリジナルビールの開発まで進められている。クールな「分析」と、ちょっとした悪ノリ感もあるような「拡張」が同居した内容だ。

展示風景(搬入設計案モデル)
展示風景(搬入設計案モデル)
展示風景(搬入プロジェクト専用ビール)
展示風景(搬入プロジェクト専用ビール)

インタビューに移る前に、前提となる基本情報を確認しておきたい。『搬入』とは何か? 2017年に逝去した危口統之が主宰したパフォーマンス集団「悪魔のしるし」が発案した同プロジェクトをシンプルに説明すると以下のようになる。

ある空間に「入らなそうでギリギリ入る物体」を設計・製作し、それを実際に入れてみるプロジェクト。

悪魔のしるしホームページより)

搬入プロジェクトの紹介映像。

2008年に産声をあげ、危口が亡くなって以降も続く『搬入』は、国内外の様々な場所で20数回にわたって行われてきた。あるときは横浜と京都の公共劇場で、またあるときは浅草の老舗遊園地で。日本と韓国に政治的緊張が走った(今も走りっぱなしだが)2013年には、新たに改修されたソウル市庁舎を舞台に行われ、なんとなくポリティカルな時代感を帯びたり帯びなかったりすることもあった。

『搬入プロジェクト#14 ソウル市庁舎計画』の記録写真
『搬入プロジェクト#14 ソウル市庁舎計画』の記録写真。
(c)HiSeoul Festival2013

が、常にそこで問われているのは「ギリギリ」を巡る人々の試行錯誤である。単に搬入するだけであれば、直線のようなシンプルな構造物にすればよい。しかしそれではつまらない。YouTubeなどに残る記録映像を見ればわかるように、構造物はいつも複雑なかたちになるように意図して設計され、現場では、高く持ち上げたり回転させたりの四苦八苦の末に搬入を完了させる。この設計→搬入の過程で生じる人々の議論や衝突、ときに余計なお世話ともなる善意のアシストなどを通じて、ある種の社会集団・コミュニティが即興的に形成されるのが『搬入』の魅力であり、同作が「演劇プロジェクト」を呼称する理由でもある。生前の危口は、『搬入』が生み出すものと、演劇の起源の一つでもある祭祀や儀礼を結びつけてたびたび語っていた。
ひとまず、以上のポイントを踏まえて渡邉へのインタビューへと移っていこう。

※1 本展の記録写真は全てパブリックドメインとなっている。

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