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アーカイヴと再制作

100年続く『搬入プロジェクト』を目指して
YCAMが挑む、作品の継承と進化 前編

2020 09 26

パブリックへと向かう作品形態

――『搬入プロジェクト』をYCAMでやろうとした理由はなんでしょうか?

もともと、2017年にYCAMの別のスタッフによってYCAMでの『搬入』が企画されていたんです。それに先立つ調整の段階で危口さんが亡くなって企画は頓挫してしまったのですが、そのことが自分のなかではずっと心残りでした。危口さんも勝手にやってほしいと思ってるんじゃないかなと当時からなんとなく思っていましたし、その後、本人の意思に従って、『搬入』のプロジェクトとマニュアルの著作権も完全放棄されましたから ※2

――面白い取り組みですよね。パフォーマンス的性質のある美術作品であっても、実施には管理者の許可が必要ですし。演劇の上演も同様です。

2016年から2017年というと、自分はYCAMで三上晴子さん(2015年に逝去)の《欲望のコード》というメディア・アート作品の再制作とアーカイブ化に取り組んでいました。そのプロジェクトも、三上さんが亡くなってしまい、許可を与える主体が存在しないという状況下で、アップデートも視野に入れながら作品を再制作するというものでしたので、『搬入』のあり様は非常に興味深いです。

2010年にYCAMで展示されたオリジナル・ヴァージョンの展示記録映像。
三上晴子『欲望のコード』 山口情報芸術センター[YCAM] スタジオA、2010年

《欲望のコード》をはじめ、三上さんがYCAMで制作し、発表した作品に顕著な方向性として、作家性が作家本人に帰属しづらいというものがあります。《欲望のコード》は三上晴子の作品として発表されましたが、その実現にあたっては平川紀道さん、三原聡一郎さん、クワクボリョウタさん、市川創太さん、濱哲史さんといった、いろんな美術家/建築家/エンジニアが分担しています ※3 。再制作のために「三上さんからどんな風に指示を受けましたか?」とみなさんに聞くと、ドローイングみたいなオーソドックスなものもあるんですが、身振り手振りや、擬音語みたいな抽象度の高いかたちで指示を受けることが多いと答えていました。そこから、各人がこれまでの三上さんの作品を考慮して、何かしらつくってみて、そしてそれを三上さんに見せる。基本的にNGは出ないそうなのですが、そうしたフィードバックを個別的に繰り返したのちに、それぞれのパートが統合されると、最終的に自然と三上さんらしい作品になっているんですよね。
中心的な人物が直接的に手を下すのではなく、共同体のメンバーにある程度のビジョンを共有したうえで、あとは個々人のコラボレーターの裁量に委ねる。このスタイルの場合、三上さんがいなくなってしまっても、各コラボレーターが残っていれば再制作も可能だし、なんだったら時代に合わせたアップデートも可能なのではないかと考えています。よく知られているような絵画や彫刻などの再制作の方法論に比べるとやや特異なこの方法論を、もう少し体系化していけば、現在主流になりつつある、各専門分野の人たちが協働して作品をつくるプロジェクト型の作品の運用においても有効かもしれない。そういった意識を持ちつつあるなかで、『搬入』のパブリックドメイン化の情報を得たんです。これまでのノウハウが活かせたり、『搬入』からメディア・アート作品の制作や運用の新しいノウハウが得られたりする予感がしました。

――メンバーや、危口作品に関わっていた人の話を聞くと、『搬入』に限らず複数人の技術を集約した作品づくりが「悪魔のしるし」のスタンダードだったそうです。『わが父、ジャコメッティ』(2014年初演)では、危口さんがいっこうに台本を書かないので、業を煮やした舞台監督の佐藤恵さんがメモや要素から上演台本をまとめたと聞きました。「演劇的なるもの」を成り立たせるための要素を建築的な思考で捉え直し、そのユニット的な構造やディテールを設計することに危口さんの作家としての関心があったと僕個人はとらえていて、このエピソードが彼の創造性に対してネガティブに働くとは考えてないので一種の笑い話として紹介するのですが。危口さんらしいぞ、と(苦笑)。

『わが父、ジャコメッティ』初演時の記録写真
『わが父、ジャコメッティ』初演時の記録写真。
写真:荒木悠

そもそもYCAMでの『搬入』は、「あの祝祭的な『搬入』を、ここ山口でやりたい」という想いで立ち上げたというよりも、「パブリックドメインで作品を運用するってどういうこと?」という疑問を探求することが目的でした。なので、危口さんの「作り方」が垣間見える、いまのエピソードは興味深く感じます。それで、そういう目的をYCAMのディレクションを担っているひとたちに説明して、実際にやることになった。その時点で自分は主体的に『搬入』に携わった経験が無かったので、昨年11月に福島で行われた『搬入プロジェクト 猪苗代・はじまりの美術館計画』に参加したんですよね。『搬入』は地域アート的な文脈でも語られることも多いと思うし、実際自分も多少そういう風に捉えていた部分はありました。自分は4日間参加して全行程を体験したんですけど、実際やってみると、「地域アートどころじゃないぞ!」と思い直しましたね。

『搬入プロジェクト 猪苗代・はじまりの美術館計画』の記録映像。

――それはいったいどんな?

卓磨さん ※4 もおっしゃってましたけど、搬入をしていると頭が真っ白になるんですよ。ある種の自然災害が局所的に、そして人工的に発生したような稀有な経験が得られます。遠巻きに見ているだけだと、お祭りみたいにみんながワイワイしていて楽しそうだなとか、これは建築の形状をスコアとして捉えた新しいタイプの演劇なんだなとか、そういう表面的な部分しかなぞれていなかった。
あとユニークなのが『搬入』でしか通用しない専門的な知識やノウハウが山のようにあって、悪魔のしるしのメンバーや、何度か参加している人たちの間でしか通じない言語があることです。

――展示でも大きく紹介されてましたね。構造物の材料であるビールケースの固定を強めるための「サトルシステム」や「チヒロ締め」だとか。

展示ではビールケースの固定方法なども紹介されていた。
展示ではビールケースの固定方法なども紹介されていた。

そうした専門用語がメンバー内で共有されているんですよね。「チヒロ締め」も「サトルシステム」も、『搬入』の過去の功労者が生み出したものですが、自分からするとほとんど神話の世界の話です。そういった『搬入』の諸々を知るうちに思い出したのが「エクストリーム・プログラミング」をはじめとした「アジャイル」と呼ばれる開発手法のことです。

※2 『搬入プロジェクト』の著作権放棄については、AMeeTの記事“悪魔のしるし『搬入プロジェクト』のオープン化に関するインタビュー”内で悪魔のしるしのメンバーや弁護士の永井幸輔により詳細に語られている。

※3 《欲望のコード》の再制作とアーカイブ化については、AMeeTの連載記事“修復・再制作プロジェクトにエンジニアとして関わった3人による対談”内でプロジェクトメンバーの三原聡一郎により詳細に語られている。

※4 石川卓磨。「悪魔のしるし」メンバーとして、『搬入プロジェクト』の物体設計を担当。

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