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アーカイヴと再制作

100年続く『搬入プロジェクト』を目指して
YCAMが挑む、作品の継承と進化 前編

2020 09 26

プログラミングとギリギリ

集団でのソフトウェアの開発手法には大きく分けてアジャイルとウォーターフォールというふたつがあります。アジャイルは機能を細かく分割したうえで、とにかく短い期間で設計からテストまでを終わらせるようにして、それを繰り返す開発手法ですね。アジャイルでかつて流行していた手法のひとつが「エクストリーム・プログラミング」です。完成がなく、持続的に展開することが多いソフトウェア開発の現場では、チームメンバーはどうしても流動していきます。その中でコミュニケーションコストを上げないようにするために、メンバー同士を尊重し合うという規範の徹底だったり、用語集の作成といった実践が盛り込まれているのが特徴です。『搬入』って、そうした開発手法を思わせるような制作の進め方をしているように思うんですよ。「搬入本」に記載されている過去の『搬入』のデータを見ると、危口さんや卓磨さんは固定されているけれど、大工さんやそれ以外のボランティアはプロジェクトごとに激しく入れ替わる。それを考慮して制作プロセス全体が設計されているように見えるんですよね。そういう土台があるので、この作品がパブリックドメイン化したことは悪魔のしるしの理念的な判断だけでなされたものではないと感じます。今回、「エクストリーム・プログラミング」のことを意識しながら、ソフトウェア開発のようにYCAMでの『搬入』を目指すことを心がけました。そういう風に再演したり、新しい要素を追加したり、それらのアーカイブ構築を気合いを入れて取り組めば、悪魔のしるしが囲い込む以上に作品の展開が幅が広がり、作品の寿命も伸びるんじゃないかと思っています。

――演劇自体が再演・再表象を前提とした芸術形態ですから、ノーテーションとしての戯曲が保存されていれば、そのつど差異が生じるのは前提としても「遂行できる」という暗黙の約束のもとに成立しています。『搬入』のパブリックドメイン化も、それと同じ感覚で把握していたのですが、ソフトウェア開発の視点で見ても的確であった、というのは面白い発見ですね。

「エクストリーム・プログラミング」自体、都市計画家であるクリストファー・アレグザンダーの提唱した「パタン・ランゲージ」の影響が強いとされているので、建築との相似性はそもそも高いんです。だから『搬入』との相性のよさも納得というか。
 ただ、実際に福島での搬入に参加してみると「マニュアル化されてる内容とぜんぜん違うじゃん!」ってところも多々ありました(笑)。危口さんが亡くなった後に2018年に豊田市美術館で行われた『搬入プロジェクト#22 豊田市美術館』(「ビルディング・ロマンス-現代譚(ばなし)を紡ぐ-」展の関連企画として開催)の配布資料では、手順が5つぐらいにまとめられてるんですよね。それで、その手順の説明が異様に薄い(笑)。作業内容を抽象化するとそうなるのはわかるんだけど、もっと細かく説明できるだろう、って思いました。

『搬入プロジェクト・マニュアル(2018年/豊田市美術館)』
『搬入プロジェクト・マニュアル(2018年/豊田市美術館)』
『搬入プロジェクト #22 豊田市美術館』の際に制作された『搬入プロジェクト・マニュアル(2018年/豊田市美術館)』。 PDFで閲覧する

――例えば?

設計のところで「たくさんの模型を作り、グループでディスカッションしながらやると良い」って書いてあるんですけど、その理由が明確に書かれていないんですよ。だから、単にチームの雰囲気についての話とも読み取れちゃうんです。でも、やってみて分かるのは「グループでやるべき」という指針は、『搬入』全体の構造に関わる重要なポイントです。『搬入』の定義にある「入らなそうでギリギリ入る物体」の「ギリギリ」は、参加する個々人によって解釈が異なります。ルート上のこのポイントでスペースがギリギリになるとか、参加者の体力的にギリギリになるとか、多様なギリギリ解釈があって、その見解についてみんなで語り合うことで構造や演劇的な演出の指針が立てやすくなるんです。そのためにはグループであるほうが良いんですね。

搬入物体設計ワークショップ

搬入物体選定コンペティション(ダイジェスト)

――『CARRY-IN-PROJECT 2008-2013 DOCUMENT:WORDS』(通称『搬入本』)という自主制作本のなかで『搬入』はかなりのレベルまでマニュアル化されてますが、その語り口自体は作り手の主観に寄っています。あるいは、歴代の搬入に関わった人たちの主観の集積に寄ってつくられていて、十全な客観性が確保されているとは言い難い。それも「悪魔のしるし」や『搬入』らしさではあるのですが。

『CARRY-IN-PROJECT 2008-2013 DOCUMENT: WORDS and IMAGES』写真
『CARRY-IN-PROJECT 2008-2013 DOCUMENT: WORDS and IMAGES』。2015年3月発行。
『搬入プロジェクト』の記録集。『搬入プロジェクト』の手引や、『搬入プロジェクト #14』までの情報をまとめたデータベース的な役割を持った書籍となっている。

その通りだと思います。この展示のキャプションを自分で書いているときに、『搬入本』が主観的な書き方になった理由もわかったんですよ。『搬入本』ではところどころにエッセイが入ってきたり、感傷的な表現が採用されていますが、あのように主観的に書くことによって、むしろ読者に距離感を覚えさせようとしてる意図があったように思います。あの文章が客観的で分析的な語り口だったら、「『搬入』は絶対にこうしなければならない」という風に受け止められていた可能性がある。それだと、技術も表現も固定化し、先細りしてしまう。時代によって変化可能な余白を担保しておくことが、持続的なアーカイブの運用においては重要だと考えているのですが、あの本はそれを念頭に置いていたように思えます。

――たしかにキャプションの主観的な記述に笑わされることが多くありました。参加者の半分以上が主婦の『搬入』では、話の話題も夕食の献立についてだった、みたいな。『搬入』関係ないやん、って(笑)。

YCAMでの搬入プロジェクトの実施に向けて行われた数度の実験の映像記録。
YCAMでの搬入プロジェクトの実施に向けて行われた数度の実験の映像記録。

元YCAMスタッフの家でやった搬入実験のキャプションですね。たしか金森さん ※5 が、YCAMでの搬入物体を決める「搬入物体選定コンペティション」の時に「将来的には『搬入』がカジュアルな存在になって、いろんな場所で行われるようになってほしい」というようなことをおっしゃっていたんですよね。自分たちは本当に毎日実験を繰り返していたので、知らず知らずのうちにだんだん生活と『搬入』が密着しはじめていたんですよ。YCAMのお手伝いをしてもらっているパートの女性たちにも手伝ってもらって、結果として個人宅内で「今日の晩御飯はどうしよう」みたいな会話と『搬入』が並存し始めているという(笑)。そこに立ち会えたときは個人的にも達成感ありましたね。生活に『搬入』が定着した未来感がありました。

※5 金森香。「悪魔のしるし」メンバーとして広報や制作に関わる。

PROFILE プロフィール

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渡邉朋也 | WATANABE Tomoya山口情報芸術センター[YCAM]アーキビスト/ドキュメントコーディネーター

YCAMが主催する展覧会や公演などの事業全般のドキュメンテーションや、公式ウェブサイトのディレクションを手がける。近年は三上晴子『欲望のコード』など、YCAMで過去に制作された美術作品の再制作に取り組んでいる。著書に「SEIKO MIKAMI-三上晴子 記憶と記録」(2019年/NTT出版/馬定延との共編著)がある。

山口情報芸術センター[YCAM] WEBサイト

島貫泰介 | SHIMANUKI Taisuke美術ライター/編集者

1980年神奈川生まれ。2017年に京都に生活拠点を移し、東京と往復しながら、現代美術、パフォーミングアーツ、ポップカルチャーに関わる執筆・編集・企画を行う。主な活動媒体は『美術手帖』『CINRA.NET』など。

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