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アーカイヴと再制作

100年続く『搬入プロジェクト』を目指して
YCAMが挑む、作品の継承と進化 後編

2020 10 07

山口情報芸術センター[YCAM]といえば、テクノロジーと芸術表現の創造的交流をうながす研究施設として世界的に知られている。だが、そのエッジィでスマートフルな印象と毛色の異なる野性的な展覧会が行われた。巨大な構造物を、人力で建物に搬入する演劇プロジェクト『搬入プロジェクト』と、その実現に向けての資料を集めた「搬入プロジェクト 山口・中園町計画ドキュメント」(2020年9月6日で終了)がそれだ。
7月25日に予定されていたパフォーマンスはコロナ禍の影響で1年後に延期されてしまったものの、単なる「資料展示」には収まらない気迫と執念が展示空間には充溢していた。研究施設らしい冷静さと、アーティスティックな情熱が同居するこの展示は、どのような経緯で生まれたのか? キュレーションを担当したYCAMアーキビスト/ドキュメント・コーディネーターの渡邉朋也に聞いた。

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インタビュイー:渡邉朋也(YCAMアーキビスト/ドキュメント・コーディネーター)
インタビュアー・文:島貫泰介(美術ライター/編集者)

安全を保証するのは「場」や「人」との信頼

――今回の展示では、生活と『搬入プロジェクト』が並存していくようなカジュアルな視点もあれば、保険や強度計算といった詳細な分析も存在感を放っています。このギャップが楽しいですね。

展示風景(保険に関する展示)写真
展示風景(保険に関する展示)
展示風景(強度計算に関する展示)写真
展示風景(強度計算に関する展示)

『搬入』がパブリックドメイン化した以上、「悪魔のしるし」が関わらない事例が増えていくべきだと思っています。ただ福島で『搬入』を経験して感じたのは「やっぱめっちゃ危ないわ」ということでした。「悪魔のしるし」には経験値が蓄積されているし、彼らが関わって『搬入』が行われる場合は、主催との責任を切り分けやすい。でも、未経験者が自ら主催者になって、搬入もするというのは簡単に手を出せるものではないと思いました。卓磨さんに「これまで致命的なトラブルは起きたことないんですか?」と聞いたら「ないです」と断言されていてそれはすごいんだけど、ほとんど奇跡ですよね。

『搬入プロジェクト 猪苗代・はじまりの美術館計画』の記録写真。
『搬入プロジェクト 猪苗代・はじまりの美術館計画』(2019年11月9日/福島県耶麻郡猪苗代町 はじまりの美術館)の記録写真。

――建設現場で働いていた危口さんが、揚重工(資材の搬入を行う技術者)の優れた経験をパフォーマンスに持ち込むというアイデアから『搬入』は始まっていますから、そもそも安全性が担保されているんですよね。どうしても搬入ができなくて構造物を一部切断、みたいな対処法はありましたが、けが人が出たとか建物が壊れたという話は聞いたことがありません。

卓磨さんは「窓や壁が壊れることがあったらレアすぎるので、むしろ縁起物としてトラブルが歓迎されるようになったら最高ですね!」って笑ってましたけど(笑)。

――牛追い祭りじゃないんだから(苦笑)。

でも、それは示唆的な発言とも思うんです。的確に構造物を設計して計画を構築することも大事ですが、『搬入』が行われる場所と、企画者・主催者との間の信頼感によって支えられているところは大きくて、自分たちが行なってきたさまざまな場所での搬入実験でも強く感じました。多摩美術大学や京都市立芸術大学などで実験を行なったのですが、おおらかに受け入れてくれたから存分に実験できたし、事故もなかった。ただ、その信頼感のつくり方まではパブリックドメイン化はできないですからね……。
近年のYCAMが取り組んでいるイベントに「YCAMスポーツハッカソン」というメディアテクノロジーを用いて運動会種目をつくるというものがあります。これを実施する過程で「リスクベネフィットアセスメント」という考え方に触れました。

YCAMスポーツハッカソン+未来の山口の運動会

もともとは公園にある遊具の運用などに使われる指針で、安全とリスクの関係を天秤にかけながら、使用者が豊かな経験を得るための基準、実現可能性などを検討するものです。多少危険な要素があった方が面白んですよ。でも事故が起きたら手遅れです。『搬入』の本質を損なわない程度に両者のバランスを探ることが自分たちにとっても、今後『搬入』を実施する誰かにとっても重要だと思っています。
展示でイベント保険に加入するマニュアルが展示されていますが、それも似た話です。何らかの事故が生じたとしても最大限のケアが行えるように備えておくことで楽しめるようになる。今回、『搬入』の主旨や内容をきちんと保険会社に伝えて、評価してもらった結果を展示では紹介しています。結果としては、保険に入ること自体は難しくないので、今後実施する人は基本的にこの内容に沿ってもらえれば問題ないと思います。
物体の強度測定に関しても同様で、アート系のプロジェクトで設営をやっていたりすると「なんだかぎしぎしいってるから部材を増やすか」みたいな熟練者の経験に基づいた判断をしがちなんですが、暗黙知になるべく頼らず、明快なガイドラインを示そうと。

――すごく頭の下がる思いなのですが、しかし同時に「なんでそこまで?」とも思います。渡邉さんは来年予定されている『搬入』のために揚重工の現場も経験する予定だそうですし、パフォーマンス中にかける音楽をセレクトするためにドラムの修行も始めたと聞きました。アーカイブ化やパブリックドメイン化に向けられた渡邉さんのオブセッションの強さはいったい……と。

(笑)。個人的な考えでいうと、作品が後世に残ることの難しさがあるからですね。アーティストが亡くなるとよく起こるのが権利問題や管理者の不在によるゴタゴタです。その面倒を嫌うのか、没後に作品がすっと遠のいてしまうことはとても多い。そうやって再展示のための機会が閉ざされてしまうのは、何よりも作品にとってとても残念なことなんですよね。これは《欲望のコード》の再制作、『搬入』のアーカイブ化に共通しているモチベーションです。
そのうえで、『搬入』の可能性というのは危口さんが不在であっても十分に発揮できるし、伸ばしていけるという面白さを秘めていると思うので、それを証明したいな、ということですね。

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