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アーカイヴと再制作

100年続く『搬入プロジェクト』を目指して
YCAMが挑む、作品の継承と進化 後編

2020 10 07

未来にはばたく『搬入プロジェクト』

――保険や強度計算が『搬入』への解析的アプローチだとすると、この展示には想像力を拡張するようなベクトルもあります。その最たるものが搬入用ビールケースと、それに入れるためのクラフトビールの開発です。

この先『搬入』が100年後にも続けられるようにすると考えたときに、荒唐無稽でもいいから、未来での受容のされ方を提案するような何かを加えてみたかったんです。一種のスペキュラティブデザイン ※1 的なものです。もちろんそれはある程度必然的なものでなければならないし、『搬入プロジェクト』がパブリックドメインになっている以上、それらも改変や配布の自由を持たせる、というのが前提ですが。
2012年に行われたスイス3都市での『搬入』で確立された技術に「ビールケース工法」があります。

『搬入プロジェクト#8』
チューリッヒで行われた『搬入プロジェクト#8』(2012年8月24日/スイス チューリッヒ ランディヴィーゼ) の記録写真。

構造物作成の簡便さや、搬入後の資材のリサイクルなど非常に優れた工法である反面、物体の形状の固定にかかるコストの高さ、メーカーによって異なる規格など、いくつかの改善すべき点もあると思いました。そこで、固定のしやすさなどを改良した『搬入』に特化したビールケースを提案することにしたんです。そのためにプロダクトデザイナーの秋山慶太さん(ふしぎデザイン)に依頼して、図面や3Dモデルまでつくっていただきました。

搬入用のビールケースの3Dモデル
本展のために制作された搬入用のビールケースの3Dモデル。

――しかし、機能的に言えばそれは『搬入』のためのパーツであって、「ビールケース」とは呼べないわけですよね。納めるべきビールがあって、はじめてそれはビールケースと呼ぶことができる。なにやら哲学的ですが(笑)、そのためにクラフトビールを開発するまでに至ったのが驚きです。

『搬入本』によれば、スイスの『搬入』では地元のビール会社と提携して、終了後にビールで乾杯してるんですよ。それと、卓磨さんに「『搬入』をやっていていちばん楽しかったことはなんでしたか?」と聞いたことがあって、その回答が「終わった後に知らない人たちと知らない場所でビールを飲んだりすること」だったんです。
その感覚は自分もめっちゃわかるんですよね。YCAMでいろんな作品をいろんな国のアーティストとつくっていると、打ち上げがもたらす開放感や一体感は何よりも楽しい。自分たちで作ったビールでそれをアシストするのは悪くないな、と。危口さんの大好物が缶コーヒーだったそうで、缶コーヒーをつくって、それをみんなで飲んで終わり、っていうプランもあったんですけど、露骨な危口さんらしさは消したほうがいいと思ってやめました。いたずらに神格化しても仕方ないですし。

展示風景(搬入プロジェクト専用ビール)
展示風景(搬入プロジェクト専用ビール)

――たしかにそのエピソードを聞いた瞬間、故人の重たさで美味しさも半分くらいになりそうです(苦笑)。

また、YCAMにはバイオラボがありますから、やろうと思えばクラフトビールのもとになる酵母を採取することもできるんですよ。ある意味で「悪魔のしるし」的な発想で、YCAMの劇場の客席から採取した酵母でビールをつくれば、ビール自体もパフォーミングアーツと呼べるのではないかって(笑)。

――(笑)

ただクラフトビール制作に関わってもらったアーティストの三原聡一郎さんに相談したところ「美味しくなければビールじゃないから、やめた方が良い」と言われてしまいました。三原さんはバイオテクノロジーをはじめ、クラフトビールにも造詣の深い人なんです。クラフトビールっていうのは、生産地の特色や制限のなかで手持ちの材料でいかに美味しいビールをつくるかという試行錯誤のなかで生まれてきた文化だそうなんです。美術の世界のコンセプチュアルなアプローチにこだわってお酒としての倫理から外れるのはダメだ、と指摘されました。

――芸術の倫理よりもお酒の倫理を大事にすべきだと。たしかに。

それで反省して、山口地ビールという会社に相談させていただいたんですが、そこの社長さんがもともと建築の構造計算を研究されてたんですよ。だから、『搬入』の説明をしたらものすごく関心を示してくださって、こちらが考えたビールのプランに基づいて醸造していただけることになった。順調にいけばもうすぐ完成です。

――考案者である危口さんが亡くなっていることもあり、著作権放棄されていたとしても、新たに『搬入』をするにはプレッシャーや配慮が生じます。それをふまえたうえで、YCAMでの展示が分析と拡張の両方を意識していることに共感を覚えます。ここから『搬入』を知る人にとっては実現のための手がかりになりますし、生前の危口さんを知る自分からすれば、このいい意味での悪ノリは本人も嬉しかっただろうな、と。

生前、危口さんはもしYCAMで『搬入』するなら、全部YCAMスタッフに委ねたいともおっしゃっていたそうなので、その意思に応えられていたら嬉しいです。
今後、YCAMが得意でありたいと思っていることがあるんです。YCAMはこれまでもアーティストとの作品制作は多く行なってきて、様々な技術的経験は蓄積されていますが、単に照明の吊り込みが速いとかいうレベルだけじゃなくて、アーティストが良い/悪いと感じるジャッジの基準を理解する勘どころの良さが大切だと思います。
自分の場合は、三上さん、危口さんと亡くなったアーティストとのやりとりが続いていますが、残された断片から作品を成り立たせている本質的な要素、作家の思想みたいなものを掘り起こしていく作業も、結局は基準を理解する作業そのものなんだと感じています。そうしたことも踏まえて、来年の搬入パフォーマンスまでに危口さんのことも含めて、作品をさらに掘り下げていきたいと思ってます。
パフォーマンスを行う2021年の7月24日って、とんでもなく先の日付ですけど、ちょうど延期した東京オリンピック開会式の次の日なんですね。『搬入』はオリンピックに匹敵するスケールの作品だと思うので、多くのひとと現場を共有したいと思っています

※1 思索的デザイン。課題解決ではなく「こういう未来もありえるのではないか?」を提示するためのデザインモデル。

PROFILE プロフィール

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渡邉朋也 | WATANABE Tomoya山口情報芸術センター[YCAM]アーキビスト/ドキュメントコーディネーター

YCAMが主催する展覧会や公演などの事業全般のドキュメンテーションや、公式ウェブサイトのディレクションを手がける。近年は三上晴子『欲望のコード』など、YCAMで過去に制作された美術作品の再制作に取り組んでいる。著書に「SEIKO MIKAMI-三上晴子 記憶と記録」(2019年/NTT出版/馬定延との共編著)がある。

山口情報芸術センター[YCAM] WEBサイト

島貫泰介 | SHIMANUKI Taisuke美術ライター/編集者

1980年神奈川生まれ。2017年に京都に生活拠点を移し、東京と往復しながら、現代美術、パフォーミングアーツ、ポップカルチャーに関わる執筆・編集・企画を行う。主な活動媒体は『美術手帖』『CINRA.NET』など。

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