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アーカイヴと再制作

METRO 30th ANNIVERSARY:SPECIAL ONLINE TALK「京都のクラブカルチャー黎明期とMETRO」レポート

2021 03 26

2020年に30周年を迎えた[METRO]では、30周年を記念し、30年間にMETROで撮影された写真を収集するなどアーカイヴ事業が行われている。その一環として、2021年3月15日(月)、スピーカーに沖野修也(KYOTO JAZZ MASSIVE)、牧野広志(Traveling Coffee)、ニック山本(METROオーナー)、林薫(METROプロデューサー)という黎明期から京都のクラブカルチャーに深く関わってきた4名、そして司会に視覚文化研究を専門とし、音楽文化に造詣が深い佐藤守弘(同志社大学文学部教授)を迎えオンライントークが開催された。80年代後半~90年代前半の京都のクラブカルチャーについて当事者により直接語られた貴重な機会となった本トークの一部を、同トークの主催者がレポートする。

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文:中本真生(UNGLOBAL STUDIO KYOTO)

京都初のクラブ[FISH&CHIPS]と京都初の本格的なダンスフロアを有するクラブ[コンテナ]

はじめにイントロダクションとして、佐藤から「文化という言葉の定義」「クラブカルチャーを記録するためにはどのような媒体・方法があるか」が示され、さらにクラブカルチャーのアーカイブ及びその活用事例が示された。

イントロダクションが終わるとトーク本編へ。まずはMETRO誕生より前の、京都初のクラブに関する話から。牧野は京都初のクラブとして、1987年に、京都のミュージシャン バンヒロシが店長を務めていたバー[騒音寺]がリニューアルして誕生した[FISH&CHIPS]を挙げる。
「当時『ロンドンでクラブというのが流行っているらしい』ということを知って、『クラブを作ろう』ということになった。僕、当時ロンドンに住んでいて日本に帰国した先輩、今は大阪の[NOON]でマネージャーをやっている山本陽平の3人で作りました。場所は木屋町の姉小路、[Bar BackGammon]の横。」

当時、牧野と山本(陽平)は海外のクラブに訪れたことがなかったという。
「ロンドンから帰ってきた先輩が、ちょっとだけロンドンのクラブを知っていた。でも定かじゃないわけ。当時[i-D]とか[ライフ]とか、そういう雑誌に現地のクラブの写真が小さく載っていた。その写真から『どうも照明はブラックライトだけらしい』『ソファーが置いてあるらしい』『DJブースには鉄格子みたいなのがついてる』ということを読み取って、あとは自分たちのイメージで作っていく。名前もロンドンをイメージしてた。」
当時、FISH&CHIPSに遊びに行っていた沖野は「たぶんFISH&CHIPSが京都では唯一、僕が知ってるロンドンのクラブに近かった」と語る。
またトーク後半で、且つて今出川にあった服屋[ナイトパフォーマンス]についても触れられた。同店は服屋だが、DJブースがあり、週末だけイベントが開催されていた。牧野は「あれはクラブだった」という。クラブ専用のスペースではないが、定義次第では京都初のクラブと位置付けることもできるだろう。

FISH&CHIPS誕生の2年後、1989年に、京都初の本格的なダンスフロアを有するクラブ[コンテナ]が誕生する。沖野が店長を務め、牧野はFISH&CHIPSにいた他のDJと共にDJを務めた。牧野は誕生の経緯について次のように語る。
「週末なんかはFISH&CHIPSに人が入りすぎて、もうパンパンなわけ。それでFISH&CHIPSのオーナー 西直人さんが、『もっと大きい箱をつくりたい』ということでコンテナを作ることになった。場所は四条縄手下ル、物件は俺と(山本)陽平くんが見つけてきた。」

左から、林、ニック山本、沖野、牧野、佐藤
左から、林、ニック山本、沖野、牧野、佐藤
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