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アーカイヴと再制作

METRO 30th ANNIVERSARY:SPECIAL ONLINE TALK「京都のクラブカルチャー黎明期とMETRO」レポート

2021 03 26

[METRO]の誕生

その後、ニック山本による、ニューヨークでのクラブとの出会いの話、[METRO]以前にニック山本が手掛け、METROオープンのきっかけとなった木屋町の[RUB A DUB]の話を経て、METROオープンの話へ。

コンテナのオープンと同年の10月に京阪電車 鴨東線の三条~出町柳間が開業するが、その翌年の1990年、ニック山本は鴨東線 丸太町駅(現神宮丸太町駅)直結の恵美須ビル 地下1階にMETROをオープンする。ニック山本からはMETROの内装デザインに関する貴重な証言があった。
「初めて言いますけど、『掘り続けている』というコンセプトでデザインしました。入口入って左手の壁の鉄骨のブレスは、トンネルを掘るときに岩盤が崩れないように支えている感じ。右手はちょっとちっちゃいんですけど、出来上がった地下鉄のプラットホームがあると。そしてステージの奥は『掘り続けている』というイメージ。常に掘り続けている30年という感じです。」

ニック山本が描いたMETROのパース図。
ニック山本が描いたMETROのパース図。

オープン当時のパーティーのラインナップについて、林から、1990年から30年間ほぼ毎月開催され続けている[ダイヤモンド・ナイト]、1991年に沖野と、MONDO GROSSOの大沢伸一のオーガナイズで始まった[COOL TO KOOL]などが紹介された。

90年代にMETROで開催されたイベントのフライヤーの一部。
90年代にMETROで開催されたイベントのフライヤーの一部。

[COOL TO KOOL]は、当時はまだ珍しい「バンドとDJが対等の立場で出演するイベント」だった。初期に、オリジナル・ラブの田島貴男や、ACID JAZZムーブメントを代表するUKのグループ YOUNG DISCIPLESが出演している。沖野は[COOL TO KOOL]のセッションを通して京都が他の都市と「合体した」という。
「DJの井出靖さんが田島くんをDJで連れてきた。オリジナル・ラブとしてライブをやったわけじゃないんですよ。僕の記憶に間違いがなければ、1部はたぶん、僕のDJ、MONDO GROSSOのライブ、井出さんのDJ、田島くんのDJという順番だった。2部に、無理やり田島くんを引っ張り出してセッションをした。約束とか何もなく、本当にハプニング的に。
アシッド・ジャズがイギリスで盛り上がって、YOUNG DISCIPLESが来日したときに、METROでMONDO GROSSOとYOUNG DISCIPLESがジャムセッションをやったこともあった。
MONDO GROSSOとオリジナル・ラブがセッションをしたときは、京都と東京が合体したと思ったし、MONDO GROSSOとYOUNG DISCIPLESがセッションしたときは、ロンドンと京都が合体したと思った。それは僕らにしたら京都の成功体験だった。」

YOUNG DISCIPLES来日公演のフライヤー。
YOUNG DISCIPLES来日公演のフライヤー。
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