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ARCHIVES

アーカイヴと再制作

浮遊するアーカイブズとリポジトリ明貫紘子(キュレータ/アーカイブ研究/EizoWorkshop代表)

2021 04 21

2. 問題設定2:企業と個人が保有する資料

可変性が特徴であるメディアアートだが、変わらず残るものは、作品が発表された事実とその度に付随して発生する資料である。資料があれば作品の展示歴と変遷をトレースすることができるし、少なくとも、過去に制作されたメディアアートの存在がなかったことにはならない。ここで想定する資料とは主に下記のようなものが挙げられる。

紙資料

  • 文書一般(契約書、企画書、テキスト原稿、運営マニュアル、プレスリリースなど)
  • 記入書類(各種リスト、見積書、請求書、社内事務連絡フォーマットなど)
  • その他の紙資料(名刺、メモ、組織図など)
  • 通信(手紙、ハガキ、FAX、Emailプリントアウトなど)
  • 出版物(カタログ、本など)
  • 印刷物(チラシ、招待状、ブローシャなど)
  • クリッピング(新聞記事、雑誌記事、ウェブサイト記事プリントアウトなど)
  • 技術資料(システムチャート、テックライダー、会場図面など)

静止画

  • 写真(記録写真、作品写真など)
  • 図版(作品図版、ドローイング、スケッチ、イラスト、スクリーンショットなど)

動画

  • 記録映像
  • テレビ番組録画
  • プロモーションビデオ

ボーンデジタル・データ

  • デジタルデータ(ウェブサイトデータ、作品プログラムなど)

筆者は、とりわけ、現存しない作品資料の不在によって文脈形成が損なわれることを危惧する。例えば、1980年代から1990年代半ばはメディアアート史のなかでも重要な時代と考えられるが、当時の作品について調査することは困難である。なぜならば、当時のメディアアートの主たる活動フィールドが、美術館ではない場所が多かったからである。例えば、すでに打ち切られているフェスティバル ※3 、一般企業や個人が運営するスペース ※4 をはじめ、電話回線やインターネットなどネットワーク上で開催された結果、資料が公式に残りにくかったからである。

その結果、キュレータやアーティストら当事者が保管する個人資料として残されている場合が多い。企業は多くの場合、時間が経過してしまうとプレスリリース以外の資料が破棄されてしまう。このように資料へアクセスしにくい状況では、再評価の機会を著しく低下させ、さらには客観性を欠いた伝説化や特権化へつながる。公共的な保管場所がなく、分散した個人資料や企業資料を文脈形成のためにどのように生かせばよいかということがメディアアートをめぐる資料編成の課題である。

例えば、筆者が2018年から従事しているプロジェクト「1985─2005年間の企業メセナによるメディアアート展示資料の調査研究事業」 ※5 において、メディアアート史上でも国際的に重要な活動と位置づけられる「キヤノン・アートラボ」(1991-2001年)の資料整理を実施した。キヤノン社が実施したメセナ事業ではるが、当時のキュレーターの一人であった四方幸子や参加アーティストの個人資料が調査対象である。一方、キヤノン社にヒアリングしたところ、会社組織としてまとまった資料は保管されておらず、公式には記録集(非売品の冊子)とプレスリリースしか残されていないという回答を得た。

冒頭で紹介した、三上晴子の作品《Molecular Informatics―視線のモルフォロジー》は、キヤノン・アートラボの委託作品として1996年に発表された。その前年には、同様にキヤノン・アートラボのネットアートとしてインターネット上に《モレキュラー・クリニック1.0》が発表されたが、その関連性については資料が少ないうえにアクセスができないので、当事者以外では研究が進んでいない(できない)状況である。下記に示したとおり、プレスリリースも重要な資料となる。プレスリリースは比較的公開しやすい資料なので、デジタル・アーカイブ公開の第一歩としてエフェメラやカタログと同様に公開を期待したい。

Fig.6 資料
Fig.6 資料
Fig.6 資料
Fig.6 資料
Fig.6:キヤノン・アートラボ第5回企画展「モレキュラー・クリニック1.0」のプレスリリース(一部)
Fig.7 資料
Fig.7:キヤノン・アートラボ第5回企画展「モレキュラー・クリニック1.0」フライヤー(部分)

※3 例えば、福島国際セミナー(1982-1990)、ハイテクノロジー・アート国際展(1985/1986/1987)、ふくい国際ビデオビエンナーレ(1985-1999)、東京国際ビデオ・ビエンナーレ(1985/1987)、ビデオ・テレビ・フェスティバル(1987/1989/1992)、名古屋国際ビエンナーレARTEC(1989-1997)など

※4 スタジオ200(1979-1991)、ビデオギャラリーSCAN(1980-1992)、スパイラル(1985-)、P3 Alternative Museum(1989-)、ジーベックホール(1989-)、三菱地所アルティアム(1989-)、NTT インターコミュニケーション・センター推進室(1990-1996)、キヤノンARTLAB(1991-2001)など

※5 文化庁メディア芸術連携促進事業の一環で愛知県立芸術大学関口敦仁研究室が主導する。

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