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アーカイヴと再制作

震災の復旧・復興のプロセスを市民とともに記録し発信する3がつ11にちをわすれないためにセンター寄稿:甲斐賢治(せんだいメディアテーク 企画・活動支援室室長)

2012 04 16

2011年5月3日、せんだいメディアテークは東日本大震災による甚大な影響に対し、復興への長い道のりを市民とともに向き合い考えていくために「3がつ11にちをわすれないためにセンター」(通称:わすれン!)を2階に開設しました。2012年1月27日からの全館フロア再開に合わせ、現在は活動場所を7階プロジェクトルームに移設しています。 このセンターでは市民、専門家、スタッフが協働し、震災の復旧・復興のプロセスを独自に発信、記録していきます。さまざまなメディアの活用を通じ、情報共有、復興推進に努めるとともに、映像・写真・音声・テキストなどを「震災の記録・市民協働アーカイブ」として蓄積・公開しています。

1. 「3がつ11にちをわすれないためにセンター」(わすれン!)の開設の経緯

せんだいメディアテークの役割

2011年3月11日の震災でメディアテークは7F天井の落下、ガラス壁面の一部破損などの被害に合い、しばらくの間休館していました。しかしメディアテークは仙台のシンボル的な建物なので、仙台市としてもいち早く再開することが求められたのです。まずは図書館機能の回復から手をつけ始め、復旧工事も徐々に入って、5月にはオープンできそうな目処がたちました。
ところが、メディアテークは収蔵品を持っていないですし、いつもは主に貸し館として施設が動いているのですが、当然震災直後に借りる人などいません。そのような状況の下、企画を考える必要があり、以下の4つの条件のもとで"わすれン!"の事業計画を立てていきました。

1. 生涯学習施設における政策に、合致している。
2. 予算が凍結になる可能性があり、低予算でできる。
3. 事業のスキームをスタッフがすでに持っている。
4. その取り組みが、仙台に暮らす人々の共感を得られる。

この"わすれン!"の構想を具体化していくうえで、大小多くの課題がありました。
たとえば、「市民メディアセンター」という形式の"わすれン!"の活動は、当初スタッフ間でもなかなかイメージしにくいものでした。そのため、「開館以来7階のスタジオで進められていたメディアセンター機能(機材の貸し出し、成果物の保管など)のワークフローの中でやればいい」とスタッフに説明しました。ただし、それでも「参加者から寄せられる映像がどのようなものかわからず、不用意にアップされてしまうのではないか」という懸念の声があがりました。それに対し、「人がどうやって暮らしていたかを記録していく」活動であると説明したものの、たしかに公共施設としての不安要素はそれでは拭えません。最終的には「すべての映像を私が確認、判断して出す」とすることで、コンセンサスを得ることができました。実際、これまでNGとなった映像はほぼありません。

また、資金についても課題がありました。メディアテークでは、ちょうど「地域映像アーカイブ」という事業を、緊急雇用創出事業として2〜3年前からやっていました。一般の方から寄せられた古い8mmフィルムや市役所が持っている古い写真をデジタライズしてデータベース化していく仕事です。2011年も継続していく予定でしたが、地震が来ました。それで、市民メディアセンターの活動も地域映像アーカイブであることは間違いないので、「震災の地域映像アーカイブ」ということに読み換えられないかと掛け合うことで、予算を確保しました。これにより、いろいろな機材や人を整えるめどが立ち、"わすれン!" http://recorder311.smt.jp/ が始動しました。

せんだいメディアテーク外観

せんだいメディアテーク外観

震災直後のせんだいメディアテーク7F

震災直後のせんだいメディアテーク7F

1Fに設けられた仮オフィスでの打合せ

1Fに設けられた仮オフィスでの打合せ


甲斐 賢治 KAI Kenji

甲斐 賢治 KAI Kenji

1963年大阪生まれ。せんだいメディアテーク企画・活動支援室室長。記録と表現とメディアのための組織「remo」、地域文化に関する情報とプロジェクト「recip」、アートNPOリンク、芸術生活研究所hanareなど複数のNPOに所属、社会活動としてのアートに取り組む。2010年春より、現職。

3がつ11にちをわすれないためにセンター

http://recorder311.smt.jp/

せんだいメディアテーク

http://www.smt.jp/


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