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アーカイヴと再制作

ウィキペディアから見えるアートの世界當山日出夫(立命館大学グローバルCOE 日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点 客員研究員)

2011 02 04

ウィキペディア(Wikipedia)は周知のごとく、インターネット上で利用可能なフリーの百科事典である。當山日出夫氏に、ウィキペディアを「アート」の視点から考察いただいた。専門的なアートについての「知」と、ウィキペディアにみられる「知」との間に横たわる問題点について、一般のユーザとしての観点から見た論考。

1. はじめに

ウィキペディア(Wikipedia)は周知のごとく、インターネット上で利用可能なフリーの百科事典である。本稿では、これを「アート」の視点から考えてみる。

結論めいたことを先に記すならば......ウィキペディアには、実は豊穣なアートの世界がある。しかし、それはあくまでもウィキペディアのなかでのことであると、しっかりと認識したうえで接するべきである、ということになろうか。ウィキペディアについては、毀誉褒貶(きよほうへん)がさまざまにある。非常に信頼性が高いと評価するむきもあれば、誰が書いているかわからないし、誰でもが自由に書き換えることのできるようなサイトは信用できないと、敬遠する発想もある。両方ともに、それぞれに納得できるものではある。

多くの人々にとって、ウィキペディアは日常生活に深く入り込んでいることは確かなことである。この事実だけは如何ともしがたい。では現実に、多数の人たちがウィキペディアを使っているという状況のなかで、「アート」にかかわる分野はどのようであろうか。まずは、ウィキペディアにおける「知」のあり方の問題点から考えてみたい。なお筆者は基本的には、ウィキペディアについては一般のユーザのひとりにすぎない。その観点から、専門的なアートについての「知」と、ウィキペディアにみられる「知」との間に横たわる問題点を、考えてみたいのである。

特に若い学生などにとっては、インターネットで何かものを調べようと思ったとき、まず、最初に見るのがウィキペディアの記事であると言っても過言ではないであろう。問題はそれを、「使う/使わない」という次元で論じるのではなく、どのような問題点があるのか、どのような使い方ができるのかについて、冷静に考えることである、と思うのである。過信するでもなく、頼り切るのでもなく、また逆に無視するのでもなく、適度な使い方というのがあるだろう。そしてまずは、「常に発展途上の百科事典」という性格に照らして、項目・分野ごとに、個々に判断されるべきことである。


當山日出夫 TOUYAMA Hideo

當山日出夫 TOUYAMA Hideo

1955年、京都生。慶應義塾大学文学部(国文学専攻)。専門は、日本語学 (日本語の歴史的研究)。最近の研究テーマは、主に文字についてのこと。人文学研究でのコンピュータ利用に、初期のパソコンの時代からかかわる。情報処理学会の人文科学とコンピュータ研究会運営委員など。文字研究会代表。J ADS(アート・ドキュメンテーション学会)は創立当初の研究会のときからの会員。個人ブログ「やまもも書斎記」では、主に人文情報学をテーマにあつかっている。

個人ブログ「やまもも書斎記」

http://yamamomo.asablo.jp/blog/


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