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アーカイヴと再制作

国際仏教学大学院大学学術フロンティア「奈良平安古写経研究拠点の形成」

2009 10 06

平成17年からスタートした大規模な古写経研究プロジェクト。東アジア仏教の視点から、わが国の豊饒な奈良平安古写経を研究する同プロジェクトの概要と現状、意義についての論考。

Ⅰ. 日本古写経研究の意義と将来

執筆:落合 俊典(国際仏教学大学院大学教授 学術フロンティア実行委員長)

1.日本古写経研究の意義とその背景

奈良時代から平安・鎌倉時代にかけて書写された一切経は相当数に上るが、今日まで連綿として受け継がれてきた古写一切経は両手で数えるばかりになってしまった。そしてどういう訳か、文献学的方法に基づいてこれらの古写一切経を厳密に研究しようという試みはほとんど行われず、テキスト研究の対象としてよりも文化財としての価値を有するものとしかみなされてこなかったのである。文化財ともなれば、それを閲覧することは必ずしも容易ではない。しかしながら、こうした外的環境の制約ばかりではなく、古写経を自らの研究に用いようとする仏教研究者もほとんどいなかったのが実情であった。近年、正倉院聖語蔵の奈良写経を中心とする経巻のカラー画像を収録したCDが発売されたが、その販売実績は芳しくなく、また聖語蔵を参照して研究発表したという話もほとんど耳にしない。これは単にCDが高価であるためばかりではなく、日本の古写経に対する位置付けが低いことにその原因がある。

大正時代から順次刊行され始めた漢文大蔵経の活字本『大正新脩大蔵経』(以下、大正蔵と略)は仏教学をはじめ各学問分野に広く貢献してきた、わが国が世界に誇るべき出版物であるが、この『大正蔵』の底本には高麗版一切経が採用され、対校本として宋版、元版、明版が用いられている。 もちろん聖語蔵、その他の古写経や江戸時代の刊本なども用いられているが、基本は13世紀に刊行された高麗版に拠っている。この高麗版は「厳密な校訂」が行われたと謳われているが、実際には高麗時代の価値判断が加えられている感が強いように思われる。

聖典テキストとしての一切経は仏教教団にとって最も重要な中核部分であるから、本来そこには変化が起こりにくい。しかし、不思議なことに実際には細部にわたる文字の異同ばかりでなく、換骨奪胎された経典も確認されてきているのである。こうした変化が生じているのは何らかの背景があったればこそであろう。そこには必ずやダイナミックな思想的変動のドラマが存在したに違いないのである。

2.本プロジェクトの目標

奈良平安古写経の総体は驚くほど豊饒である。もとより、最も重要な奈良写経の現存数は一千から二千巻前後と限られてはいるが、平安・鎌倉写経を加えると数万巻に達する量となろう。

9世紀初頭に弘法大師空海によってもたらされた『貞元入蔵録』(西紀800年撰)に拠って、刊本一切経が刊行されるよりも前の唐代一切経の全体(五千数百巻から成る)を、まさに日本の古写経を用いることによって復元してみよう、というのが本プロジェクトの目標である。この目標を達成するために、京都国立博物館、京都大学人文科学研究所、和歌山大学、大阪大谷大学(旧大谷女子大学)などに属する研究者の協力を得ながら、本プロジェクトは平成17年度から5カ年計画で始まったのであるが、最初に着手した仕事は『貞元入蔵録』を基準とした現存一切経の対照目録の作成であった。かくして、1.正倉院聖語蔵、2.金剛寺(大阪府河内長野市)、3.七寺(名古屋市)、4.石山寺(滋賀県大津市)、5.興聖寺(京都市)、6.西方寺(奈良県大和郡山市)、7.新宮寺(宮城県名取市)、8.妙蓮寺(京都市)のそれぞれに蔵されている一切経の存欠情報を、『貞元入蔵録』に記載された経典順に整理して一覧化させた『日本現存八種一切経対照目録』が成り、現在は本プロジェクトのウェブサイトからそのPDFファイルを誰でもダウンロードすることができる(http://www.icabs.ac.jp/frontia/publishing.html)。この対照目録をもとにして日本各地に残る古写経を博捜すれば、一部一巻の遺漏もなく『貞元入蔵録』に記載されている唐代仏教の基本典籍の復元が可能となるのである。

大正新脩大蔵経

大正新脩大蔵経

日本現存八種一切経対照目録

日本現存八種一切経対照目録


落合 俊典 Toshinori Ochiai

落合 俊典 Toshinori Ochiai

1948年生まれ。佛教大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。専門は東アジア仏教。平成14(2002)年度より国際仏教学大学院大学教授。現在は学術フロンティア・プロジェクト「奈良平安古写経研究拠点の形成」の実行委員長を務め、日本古写経をはじめ、李盛鐸旧蔵敦煌本、金剛寺聖教文献などを研究している。主な論著は、牧田諦亮監・落合俊典編『七寺古逸経典研究叢書』全六巻(大東出版社、1994年~2000年)。

国際仏教学大学院大学学術フロンティアホームページ

http://www.icabs.ac.jp/frontia/index.html


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