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ARCHIVES

アーカイヴと再制作

みずのきの思い出文:服部正(甲南大学文学部准教授、美術史)

2017 01 24

「みずのき」の作品は、1990年代前半に日本で初めてアール・ブリュット・コレクションに収蔵された。2010年代に入って急速に日本で知られるようになった「アール・ブリュット」。その先駆者としての「みずのき」にとって、この言葉で呼ばれることにはどのような意味があるのだろうか。そして、「みずのき」のような福祉事業所が、長い歴史の中で生み出された作品をアーカイブ化することの意義とは何か。

文:服部正(甲南大学文学部准教授、美術史)

助成:一般財団法人 ニッシャ印刷文化振興財団、日本財団(五十音順)

協力:みずのき美術館

みずのき(※1)は憧れだった。私が20代だった頃、それは日本で唯一の「アール・ブリュット」(※2)だった。

私は20歳の頃に訪れたスイスで、初めてアール・ブリュットに出会った。ジャン・デュビュッフェが名付け、収集したアール・ブリュット・コレクションは、スイスのローザンヌ市で公開されている。その作品群との出会いは、私の美術に対する感じ方、考え方を根本から変えてしまうような、強烈な体験だった。それ以来、私が美術に求めるのは、アール・ブリュット・コレクションの展示室に足を踏み入れたあの時の気持ちの高ぶりだった。だが、当時の日本でアール・ブリュットに出会える機会はほとんどなかった。私はいつも渇望し、満たされなさを抱えていた。

私がみずのきの作品を初めて見たのは、1993年に世田谷美術館で開催された展覧会「パラレルヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート」だ。西洋のモダンアートに影響を与えたアウトサイダー・アートに注目したこの展覧会には、アール・ブリュットが数多く展示されており、私の5年に及ぶ渇きを大いに潤してくれるものだった。この展覧会に併設された小企画「日本のアウトサイダー・アート」展で、私は小笹逸男、福村惣太夫、吉川敏明の作品と出会った。作品には興味を抱いたが、展覧会の図録は彼らについてほとんど何も教えてくれなかった。たとえば小笹逸男について、図録には「1962年、みずのき寮(京都府亀岡市)入寮、現在に至る」と記されるのみだ。まったくの情報不足のなか、ただみずのきの名前だけが、そしてそれが京都府亀岡市にあるということだけが、私の記憶に刻まれた。

小笹逸男「猫の親子」 アクリル・キャンバス、59.0×71.0cm、1992 「パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート 日本のアウトサイダー・アート」展 出品作品

小笹逸男『猫の親子』 アクリル・キャンバス、59.0×71.0cm、1992
「パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート 日本のアウトサイダー・アート」展 出品作品

福村惣太夫「坑道にて」 油彩・パネル、91.0×91.0cm、1980-1984頃 「パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート 日本のアウトサイダー・アート」展 出品作品

福村惣太夫『坑道にて』 油彩・パネル、91.0×91.0cm、1980-1984頃
「パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート 日本のアウトサイダー・アート」展 出品作品

吉川敏明「ひょうたん」 木炭・木炭紙、49.5×64.5cm、1981 「パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート 日本のアウトサイダー・アート」展 出品作品

吉川敏明『ひょうたん』 木炭・木炭紙、49.5×64.5cm、1981
「パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート 日本のアウトサイダー・アート」展 出品作品

※1)みずのきは社会福祉法人松花苑が運営する、知的障害のある人たちが暮らす入所施設。1959年開設。同施設では、1964年から絵画活動を行っており、アトリエで制作された絵画作品は、90年代から2000年代初頭にかけて、日本のアール・ブリュットの草分け的存在として一時代を築いた。

※2)第2次世界大戦後、価値観の再編成が行われる中、フランスの芸術家ジャン・デュビュッフェによりつくられた言葉。日本語に訳される場合には、「生(き)の美術」「生(なま)の美術」とされることが多い。伝統的な美術教育を受けていない作り手によって制作されるそれらの作品は、美術史的な枠組みでは解釈し尽くすことができない。イギリスの美術史家ロジャー・カーディナルは「アウトサイダー・アート (outsider art)」と訳している。日本において、アール・ブリュットという言葉は「知的障害のある人が作った芸術」と誤解されることが多い。


服部正 HATTORI Tadashi

服部正 HATTORI Tadashi

甲南大学文学部准教授。1967年兵庫県生まれ。兵庫県立美術館学芸員(1995~2012年)、横尾忠則現代美術館学芸員(2012~2013年)を経て、2013年4月より現職。アウトサイダー・アートやアール・ブリュットなどと呼ばれる独学自修の芸術家や、障がい者の創作活動などについての研究や展覧会企画を行っている。著書に、『アウトサイダー・アート 現代美術が忘れた「芸術」』(光文社新書、2003年)、『解剖と変容:アール・ブリュットの極北へ』(共著、現代企画室、2012年)、『山下清と昭和の美術』(共著、名古屋大学出版会、2014年)、『障がいのある人の創作活動―実践の現場から』(編著、あいり出版、2016年)、『アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国』(監修、国書刊行会 2017年)など。

甲南大学文学部
http://www.konan-u.ac.jp/faculty/letters/index.html

甲南大学人間科学研究所
http://www.konan-u.ac.jp/kihs/


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