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EVENT REPORT

イベント・レポート

卒業制作展とその環境

2018 04 05
開催時期: 京都市立芸術大学 2018年2月7日(水)〜11日(日)
京都精華大学 2月14日(水)〜18日(日)

毎年1月〜2月は、京都市内の芸大・美大の卒業制作展シーズン。京都造形芸術大学を除いて、例年の会場は京都市美術館だが、今年は改修工事のため本館が使用できない。京都市立芸術大学制作展、嵯峨美術大学卒業制作展、京都精華大学制作展が学内での開催となった。そのうちの西京区大枝沓掛の京都市立芸術大学と左京区岩倉木野の京都精華大学を巡った。いずれも町の中心部から遠いが、制作の騒音や匂いを発する美術系の現実である。

通常の工房や教室が展示スペースである。各都市の芸術祭巡りで慣れているせいもあって、校内のあちこちへと歩かされのはたいした苦労ではない。むしろ、どういう環境で作品が生み出されるのかが観察できておもしろい。周囲の自然環境、校舎の構造などをつうじて、学生の興味や関心がどのように形成されていくのか、さまざまに想像した。大学の環境や制度と学生という生態系が垣間見えるのも、作家としての可能性を探ったり、作品理解には良い機会である。初めての学内展示の展覧会としての精度やまとまりに欠けるのは仕方がない。学外の人々への対応もさまざまで、カフェや物販コーナーがあるいっぽうで、日頃の居場所での展示に緊張感がないのも仕方のないことに思えた。展示場所の設営や展示方法などの成功と失敗を含め、美術館という制度や機能をじゅうぶん理解できないまま美術館で展示をするよりも、今後しばらく学内で展示するのも「実習」として価値があるように思えた。

さて、肝心の作品について、工芸や日本画はさておき、全体から現代美術としての可能性を感じるかといえば、なかなか難しいというのが正直なところである。実際、旧来の美術史とは別にデジタル育ちの新しい美術史が始まっているのだから、それはそれとして批評しなければならない。難しいのは、大半がデジタルへと流れる中で、筆者の関心事である、いわゆる旧来の美術・美術史への理解、身体・体力といった現実面とのバランス等、ファインアートに不可欠な要素が見えるかどうかということである。卒業後に制作活動を目指すか否かによって、大学時代の過ごし方は異なるとは思うが、実際には、この10年ほど、作家活動を宣言する学生は激減している。ただ弱気なだけなく、学生の前には、奨学金の返済などの現実的な種々の壁が立ちはだかっている。興味を引かれる作品は数点あったが、かつてのように、作者本人に会い、展覧会を依頼するには至っていない。

が、一方で、経歴や多彩な活動に興味をもった何人かがいた。看護学校卒、関東の大学卒、従来の画廊ベースではなくさまざまなオルタナティブスペースでの音楽・パフォーマンス・絵画活動を展開する学生など。卒業制作シーズン直後の2月末に、若手作家みずからが作品を展示・セールスする「アーティスト・フェア京都」(主会場:京都文化博物館別館)が開催されたが、お金というメディアのリアルよりも、リアルな移動や身体に賭ける若手の存在の方が、旧来の美術とのバイリンガルであるようで、頼もしく感じたのだった。

余談だが、前述の制作環境についての発見。京都市立芸術大学を散策していると、珍しく枯れ木にミノムシが揺れていた。形状からすると、オオミノガのミノムシであるらしい。後日、友人・知人からの情報によると、九州、西日本において、オオミノガは、オオミノガだけに寄生するハエによって、絶滅危惧種であるとのこと。京都市立芸術大学は、希少な生息域かもしれないのである。もちろん、ミノムシに目を留めた作品などひとつもなかったが、市内中心部の移転を前に、この地の将来の自然環境を考えたり、一方で、何を表現すべきか思い悩む学生にっては、身近な生態への関心もじゅうぶんな刺激になるだろうと感じた。精華大学では、猿や鹿に遭遇することもあると聞く。自然との関わりのある大学は、芸術にとって貴重なテーマを内包していると思う。
(松尾 惠 MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)

京都市立芸術大学(ミノムシ)

京都市立芸術大学(ミノムシ)

京都市立芸術大学彫刻棟(作品)

京都市立芸術大学彫刻棟(作品)

京都市立芸術大学彫刻棟

京都市立芸術大学彫刻棟

京都精華大学立体制作室(天井の貼り紙)

京都精華大学立体制作室(天井の貼り紙)


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