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EVENT REPORT

イベント・レポート

移転整備プレ事業 教室のフィロソフィー Vol.02河野 愛 個展「in the nursery 逸話ではないもの」

2018 06 12

京都市立芸術大学では、移転先となる元崇仁小学校で、解体までの2年間、元職員室をギャラリー崇仁として活用することになった。同大学卒業・大学院修了後の若手作家の活動支援として展覧会を重ねていく。部屋は、ふたつの空間に仕切られた。手前は多様なメディアに対応できるようほぼホワイトキューブだが、上部がガラス窓の仕切りの向こうは、設備や床材や屋外に通じるドアなどが撤去された裸の空間である。これから雨風や木の葉などが吹き込み、徐々に朽ちていく記録を蓄えていくのだという。ギャラリー崇仁は、<内>と<外>を内包して、別々の、あるいは同じ時間を数えていくのだと思う。

この場所で、企画展2回目となる河野愛の個展を鑑賞した。<内>・<外>両空間を使った新作である。閉館した海辺のホテルが題材となっている。そこは故人となった祖父母の家として作家自身のたくさんの思い出が詰まったプライベートな空間だったが、多くの未知の人々が留まり行き交ったパブリックな場所でもあった。

ホワイトキューブ中央のインスタレーションでは、淡い青色の布が立ち並んでいる。小旗に見えるそれらは、足元のオモリで自立するブイである。波がプリントされた紙の上に並べられている。小旗部分のポリエステルオーガンジー1枚ずつには、閉館前夜の客室の映像をもとにした朧げなイメージがプリントされている。イメージは、ギャラリーを吹き渡る風に揺れる日もあれば、無風の時には、布は静かに垂れてイメージを折りたたみ、表裏を入れ替えることだろう。林立するブイの青色は、それ自体がさざ波のようでもある。他の4つの作品では、海の砂や古い網、古いガラスのウキや古いロープ、ガラス瓶や収集した骨董などによる構成が、記憶の断片や再成された記憶のようであり、特定の地にあった時代の移ろいや人の営みを連想する。もう1点の印象的な作品は、仕切りの外に設置されたレモン色を放つ1本のネオン管である。取り外されたホテルのネオン看板のアルファベット<I>である。かすかに感じる明滅は、ノスタルジーを感じさせながらも、ときに、いまだ打ち続ける心拍のようだった。

解体されたホテルは、太平洋に面した入り江にあったそうだ。「入江は、外海との境界が曖昧であり、混沌としたエネルギーに満ちながらも、穏やかな場所です。」と河野は記す。作品の中で、過去と現在や、プライベートとパブリックは、満ち引きを繰り返す潮のように入れ代わる。ギャラリーのある小学校も近い将来姿を失うが、先々でその記憶は折に触れ顔をのぞかせるにちがいない。その様子は寄せては返す波のようだと思う一方で、ときどき霧のように昇り立つ<地霊>という言葉も思い浮かんでくる。大地に宿る精霊がいるように、場や地の記憶とは、そこにいた人々そのものの気配である。河野は、すでに解体された場と解体を待つ場の間に立って、記憶の交感を試みているかのようだ。そんな霊魂の解放のような作業は、新たな物語を生成する。プライベートな記憶は場から自由になって、他者の記憶と混じり合い、生き生きと語り継がれるのだ。そのように、<記憶>は埋葬や封印されるものでは無いという感覚は、これまでの河野愛の制作全般にも見えていたものだと思う。手先から生まれる何かは、目に見えない生き生きとした存在との対話を象徴するものなのではないだろうか。まるで地の霊に優しくささやくような本展「in the nursery 逸話ではないもの」について、河野は以下の引用でコメントを締めくくっている。

幼少時代の思い出は逸話ではないということを フランツ・ヘレンスは知っているー ガストン・バシュラール『夢想の詩学』より

(松尾 惠 MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)

会場風景
河野 愛 個展「in the nursery 逸話ではないもの」
河野 愛 個展「in the nursery 逸話ではないもの」
河野 愛 個展「in the nursery 逸話ではないもの」
河野 愛 個展「in the nursery 逸話ではないもの」
撮影:大河原光
河野 愛 個展「in the nursery 逸話ではないもの」
河野 愛 個展「in the nursery 逸話ではないもの」
会期 2018年4月28日(土)~5月13日(日)12時~17時
※土曜日・日曜日・祝日は19時まで
※5月7日(月)・10日(木曜)休廊
会場 ギャラリー崇仁(元崇仁小学校内)
主催 京都市立芸術大学
企画支援 京都市立芸術大学キャリアデザインセンター
問い合わせ先 京都市立芸術大学 総務広報課
tel.075-334-2200
※午前8時30分~午後5時15分(平日のみ)
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