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EVENT REPORT

イベント・レポート

グロリア・ラペーニャ講演会
「過去を創造的な現代の文脈から再解釈する:タータ・アル=ザーラ、地下の夢」

2018 06 12

SNSで開催を知った講演会。京都では、隅々に多彩な研究者が存在し、それぞれが世界と強くつながっている。研究は社会の動きに即応し、本講演のように小規模にもかかわらず広い世界との接点をもたらしてくれる。京都は、きらびやかな表層の内側に、地下茎のように知のネットワークをはり巡らせている。世界に名だたる芸術文化都市というのであれば、そのハブであることが最大の価値なのではないかと思う。

狂乱のホテル建設ブームに、京都の地表は無残に掘り返され、土中に眠る市井の人々の痕跡は無視され、土という文化資源そのものも廃棄され続けている。観光ブームは消費活動を煽るばかりで、そこに生きる私たちの誇りや尊厳を奪うものである。1200年前の造形物も150年前の史実もごちゃ混ぜに<古都>を装う観光政策は、一度頭を冷やして「過去を創造的な現代の文脈から再解釈する」必要があるのではないだろうか。本講演のタイトルに京都の現実を重ね、考古学関係の知人を誘って聴講した。

グロリア・ラペーニャは、スペインのムルシア大学で博士号を取得したばかりの若いアーティスト。「芸術とアイデンティティ・ポリティクス研究グループに所属し、記憶の容器としての都市空間に焦点を当て、場所の階層化された歴史について研究中」(当日配布の解説書より)である。アイデンティティ・ポリティクスとは、ウィキペディアによると<社会的不公正の犠牲になっているジェンダー、人種、民族、性的指向、障害などの特定のアイデンティティに基づく集団の利益を代弁して行う政治活動のこと>。ラペーニャの住むムルシア ※1 の土中には、後年のキリスト教支配に埋没したイスラム文化の歴史がある。ラペーニャは、10代から遺跡保全運動に参加した経験から、歴史や文化への無知がそれらの破壊に通じていると考え、芸術を通じて文化や歴史を広く魅力的に伝えようと試みてきた。

様々な手法に取り組んできた中で、博士号取得において、過去に対して無関心・無知な人々の想像を掻き立て、現実の出来事へ目を向けられるよう、誰もが親しみを感じる<絵本>という形式を選択。そのラペーニャ作の「タータ・アル=ザーラ、地下の夢」は、架空のムスリムの少女タータ・アル=ザーラが、13世紀に故郷の町、ムルシアを逐われる物語。少女とともに町を歩くうちに都市の現在と過去が接続し始め、ふだん気に留めなかった足元には、現代人が知る必要のある歴史と創造物が眠っていることを知る仕掛けである。講演会では、原画と絵本が公開された。手描きのイラストそれ自体が繊細で美しいが、別々に描いたパーツやシーンは、やがてコンピュータによって加工され、絵本の原画へと変容する。スケールや組み合わせが多様に変化したパーツは、画面の中でいっそうの奥行きや時間の流れを生み、歴史に生命を吹き込んでいる。ラペーニャは、少女の足取りと読者の自由な想像の旅を指して「歩く絵本」と名付けているが、デジタルデータとなったそれは、すでに世界を「飛びまわれる絵本」でもある。

経済活動や消費に偏る開発は、ムルシアや京都に限った出来事ではない。山林や森の過度な伐採や海の水質汚染もまた、過去の人々への敬意を忘れた現代の愚行である。この絵本が、日々の暮らしや人の尊厳が侵食される前にそこへ届くようにと願う。もとより、京都の狂乱の観光ブームにこそ必要である。本講演直後、ホテル建設工事によって京都市の重要建造物である京焼登り窯が損壊するという事件を知った。使用停止して久しい登り窯は重機の振動にさえ耐えられない。営利のための開発には、京都という脆弱な街への想像が決定的に欠如している。
(松尾 惠 MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)

グロリア・ラペーニャが、については以下のとおり。
http://glorialapena.wixsite.com/arte/untitled-c10fk
また、本講演で、ラペーニャが解説した(スペイン語→英語→日本語)ムルシアについて、数少ない日本語による公開情報を下記に引用。

※1 スペイン東南部の都市。沿岸地域はフェニキア人が初めに植民し、鉱山資源が利用され、港湾としてカルタゴ・ノバ(現在のカルタヘナ)が建設された。紀元前3世紀、ポエニ戦争によってローマに征服されたが、その後バンダル、ビザンティン帝国、西ゴートの侵入を受け、8世紀にイスラム教徒の支配下に入った。当初、コルドバ・カリフ領に属していたが、それが崩壊するとアルメリア、バレンシアの大守領に含められたのち、11、12世紀に独立したムルシア王国が形成された。13世紀初頭にアルモアド人に一時支配されたが、イスラム人支配の時期に優れた灌漑施設によってスペイン有数の農業地帯として繁栄した。13世紀中葉、アラゴン王国のハイメ1世が占領してイスラム支配を終焉(しゅうえん)させ、農民は比較的豊かであったが一部では大土地所有制が発達した。19世紀初頭のフランス軍侵入によって略奪され、20世紀のスペイン内戦(1936~39)では最後まで共和国政府支配地域に残った。(深澤安博、コトバンク)

グロリア・ラペーニャ講演会
グロリア・ラペーニャ講演会
開催日 2018年4月2日(月)15〜17時
会場 京都大学稲盛財団記念館3階小会議室
主催 東京外国語大学
共催 京都大学こころの未来研究センター
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