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EVENT REPORT

イベント・レポート

上野真知子個展「オフィーリア」文:松尾 惠(MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)

2018 07 22

上野真知子(あがの・まちこ)氏は、1980年代から活躍するファイバーアート作家。布や繊維を用い、主にインスタレーション作品を制作してきたベテランである。折り畳んだオーガンジーによって空間に規則性や反復をもたらすシリーズ、ステンレスワイヤーやテグスを編み空間を覆い尽くすシリーズ、ミラーシートとインクジェットプリントされた布の色彩によって錯覚や異空間を生み出すシリーズなどがある。いずれも丹念な手仕事の膨大な集積である。染織作品が身体サイズからスケールアウトし、ファイバーアート、ファイバーワークと変容する過程をつくった代表的な作家のひとりといえるのではないかと思う。

今回の個展は、工業素材である発泡ポリスティレンで編まれた巨大なドレス。数年前から取り組む「現代の空虚なフェミニニティ」のシリーズである。編み方は、ごく一般的なガーター編みとメリヤス編みだという。以前の個展では、同じ技法による数着のドレスが天井から吊り下げられたが、「オフィーリア」と題した今回の個展では、たった一着のドレスが、川を流されていく「ハムレット」のヒロイン:オフィーリアの抜け殻のように、空中に横たわっている(吊られている)。垂直に下がっていたドレスの抗いがたい重力や重量に対して、水平を漂うドレスには、頼りなさや空虚さを感じる一方、解放されたイメージもある。真っ白な室内に浮かぶ白いドレスと、その周囲を色とりどりの造花が囲んでいる、とても美しいインスタレーションだった。

今回の空っぽのドレスには、ジェンダーに対する思いもあるという。狂気の中で死んでいくオフィーリアは、数々の絵画作品となり、中でも、ミレーの作品は有名である。ハムレットの狂気とオフィーリアの狂気の違いには明らかに社会的立場の差と性差が込められていると思うし、ミレーの「オフィーリア」のモデルだった女性の人生もまた、物語さながらの悲劇的な結末として有名である。いずれも、因習や伝統の陰に生きる女性である。

ミレーの作品には、川面を流されるオフィーリアの周囲に、植物学者が驚いたといわれるほど正確に、生命感あふれる茂みや草木が描かれている。上野作品においても、ドレスを囲んで吊り下げられた精巧な造花が象徴的である。壁面にはそれぞれの花言葉が掲示されている。例えば、菫=忠実・儚さ、ローズマリー=忘れないで・思い出の印、薔薇=愛・可愛い人、デージー=無邪気・純潔・不実、なでしこ=悲しみ・貞節・大胆、やなぎ=見捨てられた愛・愛の悲しみ。ミレーの絵の中でオフィーリアが胸に抱く花冠の赤いケシは死と眠りの象徴でもある。死によって永遠に解放されたのはオフィーリアだけでなく、当時の女性全般かもしれない。けれども、それは、今もさほど変わらない現実でもあると思う。古風な花言葉と抜け殻のようなドレスと花々に、最近起こった事件のいくつかを思い浮かべてしまうのだ。

性や生き方を個々に選択できる時代になったとはいえ、女性であること・女性的であることは、変わらず社会的「生きにくさ」の要因のひとつである。一見、自由な思索・創作の場である美術においても、性差は未だ見えにくい壁である。昔から、女性が厖大な手仕事を重ね、圧倒的なメッセージとその重さを伝えてきた表現が数々ある。織物、編み物には、とくにそういった民族的、地域的な実例が多い。現代美術は、今、猛々しいビジネスと権力に覆われつつある。上野氏の仕事が、手仕事による寡黙な抵抗だと思うと、とても勇気付けられるのだった。

会場風景
会場風景
会場風景
会場風景
会期 2018年6月23日(土)〜7月14日(土)12〜19時
会場 ギャラリーギャラリー(〒600-8018 京都市下京区 河原町四条下ル市之町251-2 寿ビル5F)
https://www.facebook.com/gallerygallery.kyoto/
撮影 畠山崇
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