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EVENT REPORT

イベント・レポート

展覧会「ニュー・ウェイブ 現代美術の80年代」文:松尾 惠(MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)

2019 04 11

50代半ば〜60代半ばにとって、80年代の美術はまだ記憶に新しく、今もその延長にある美術と闘いの最中だ。当時の美術界のスターの多くが関西拠点であったため<西高東低>といわれた80年代美術に再会できた。美術館収蔵品を中心に、かつてリアルタイムで衝撃を受けた作品、当時の鮮やかさを残したままおそらく作家のスタジオに保管されてきた貴重な作品の数々。2018年7月以降、金沢21世紀美術館・高松市美術館・静岡市美術館を巡回した(いずれも終了)「起点としての80年代」とともに、この機を逃すともう見られないかもしれない展覧会だった。

筆者も86年以降のギャラリー活動とあわせて、最近は80年代について尋ねられる機会が増えている。が、当事者であればあるほど客観的に振り返れないし、活動が継続中であればなおのこと、まだ将来への不安のほうが大きい。80年代という括りだけに期待されるのは面倒な気もするが、まとめて何も語れないというのは、イデオロギーや団体に無関係な美術の始まりとしてやはり特別な時代であったのかもしれない。

鮮明な印象を語るとすれば、インターネットもSNSも携帯電話もなかった分、80年代、雑誌や専門誌などの紙媒体の存在は大きく、掲載されることが目標であり憧れだったこと。自身が情報化されるたったひとつの道であったともいえる。80年代はじめ、美術専門誌「美術手帖」がカラー化され、同時に、作家のポートレートを積極的に載せるようになった。現代美術の作家たちが若く、おしゃれであることにたいへん驚いたと、あとになって多くの人が語っている。ポートレート掲載は、結果的に、70年代までを牽引してきた芸術家たちの背後に見える「貧しさ」「戦後」「物のない時代」を薄めたのだと思う。また、美術家を身近に引き寄せ、アイドル的にも見せたと思う。美術館のカタログ文化が定着し始めた時期であり、好景気とあわせてファッション誌や文化的な雑誌が次々と創刊され、いずれも美術欄を設け、展覧会情報や作家紹介を盛んに掲載していた。大雑把にいえば、80年代は、紙媒体と現代美術がとても親密な短い期間だったと思い返すのである。そういえば、各誌、あまりアートと表現していなかった記憶がある。あくまでも専門職に特化された<美術>として理解された時代で、今のように、アマチュアからスター芸術家までを総称して<アート><アーティスト>という呼び名はなかったと記憶している。では、表現の専門領域の境目がなくなった現在が、表現の自由が約束され社会が芸術を歓待しているかというと、そうでもない気がするのは、80年代以降、美術の手法が細分化され、個人に立ち戻っていく気配があるからだろうか。多様性といいながら、個々に特異な個人を受け入れるには、社会は忙しく、排他的になってしまったのかもしれない。

80年代は、確かに美術のニュー・ウェイブの到来であったと思うし、見方によって起点であると思う。が、その上に重ねたその後かと振り返ってみても、1995年や2001年に起こった大事件や大災害によって世の中の土台が転覆する感覚を味わい、味わっているスキにデジタル世代の新たな芸術史が確実にもう一本立ち上がったと思うと、美術をアートへと解体するきっかけとなった80年代感覚は旧芸術史が崩壊する証言者なのかと思ったりしている。

会期 2018年11月3日(土・祝)〜2019年1月20日(日)
会場 国立国際美術館
〒530-0005大阪府大阪市北区中之島4-2-55 TEL:06-6447-4680(代)
http://www.nmao.go.jp/index.html
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