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EVENT REPORT

イベント・レポート

瀬戸内芸術祭2019文:松尾 惠(MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)

2019 07 26

富士山5合目までバスがあるそうだ。そこが頂上への本格的な登山口だ。芸術をアートと呼ぶことに抵抗があって、しばしば、どちらが本当かと問われることがある。富士山にたとえると、5合目までがアートで、登山口から頂上までの道のりが専門領域としての芸術なのではないかと思う。

今年も国内数々の芸術祭が開催される。芸術祭と名付けられる一方で、個々の来訪者・鑑賞者に抵抗感のない<アート>を宣伝文句に、たとえば京都から近い範囲では、瀬戸内芸術祭が以下(文末イベント情報)のとおりに開催される。

アートツーリズムの定着は、瀬戸内芸術祭の成果である。珍しい場所で都会や既存の空間から解放されたアートとの遭遇は、温泉、景色、郷土料理、地域文化とセットである。IターンやUターンなど、地域活性にもつながっている。

最近、京都では<観光公害>が深刻である。その只中に住む1人として、新たな観光資源<アート>は、公害なのかそうでないのか、瀬戸内芸術祭<春の部>直後の小豆島を訪れた。祖母の出身地なので、たまたま私用で訪ねたのである。旅のテーマは、筆者のルーツと、現在の筆者を形成している<アート>は接続されるのか否か。

結果からいえば、芸術祭はパッケージツアーであった。自然や生産物の需要・供給のほどよい島に新たな理想として重ねられた机上のレイヤー、に見えなくもない。島の場所や人や時間を接続しているかに見えるけれど、制作や設営を終えた作家のリアルな存在が去れば、作品は島の日常にとってほぼ何のリアリティーも与えてくれないのではないか。設置されて年月のたった作品はすでに放置され気味で、島の新たな記憶形成にはならないように映る。いっぽう豊島では、芸術祭後にもかかわらず驚くほどの人々が豊島美術館を訪れている。一作品のための美術館は、聖地であり、人々は巡礼めいた様子である。かつての産廃不法投棄事件の歴史は浄化されてしまったのだろうか。芸術祭期間中のGW10日間には、4万人が豊島を訪れたと聞く。1日平均、800人の島民の5倍の4000人だ。今回、小豆島〜豊島間のフェリーの往復とも、し尿処理のバキュームカー数台と乗り合わせた。また、昨夏のように台風が相次ぐと、野外作品の保全や作品損壊から島民を保護するのにどれほどの費用と人手が必要だろうか。

地方都市の芸術祭は、誰に何をもたらすのだろうか。アートは、新たな観光資源なのだろうか。朝にウグイス、夜半にホトトギスの啼く海辺の宿では、高松と島、島と島をつなぐ船が行き交う美しい情景に目も心も奪われた。船でしか行き来のできない暮らしだが、その<不便な>豊かさに都会同様の暮らしや文化は必要なのだろうか。

そこにある暮らしの創意工夫をアートと呼んではいけないのだろうか。芸術祭<夏の部>開催となったが、4分の1小豆島人としての筆者は、他所からやってくるアートを必ずしも手放しで歓迎しなくてもよいのでは?と思うし、洗練されていなくとも土庄町で展開されていた「妖怪美術館」のように、島ならではのアート感覚も大切だと思う。芸術祭は富士山5合目までのバスツアーである。その先の過酷な登山をするかしないかは来訪者の感性とか判断であって、開催地は、必ずしもバスツアーの受容以外に犠牲を払わなくてもよいのだと思う。もとよりそれは、日々の京都における観光、文化芸術をめぐる行政の姿勢に対する思いでもある。

米原市杉沢遺跡の考古×美術プロジェクト#3〜春休みの遺跡〜
坂手港 ヤノベケンジ作品
草壁港 ジャン・ヤン作品
草壁港 ジャン・ヤン作品
田浦半島 清水久和作品
田浦半島 清水久和作品
豊島 豊島美術館外観
豊島 豊島美術館外観
夜間の土庄港付近
夜間の土庄港付近

瀬戸内国際芸術祭2019

開催地 直島・豊島・女木島・男木島・小豆島・大島・犬島・沙弥島・本島・高見島・ 粟島・伊吹島・高松港・宇野港周辺
会期 春会期<ふれあう春>4月26日(金)~5月26日(日)
夏会期<あつまる夏>7月19日(金)~8月25日(日)
秋会期<ひろがる秋>9月28日(土)~11月4日(月)
URL https://setouchi-artfest.jp/
視察期間 2019年6月〜7月
視察場所 小豆島、豊島、ART OSAKA
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