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EVENT REPORT

イベント・レポート

ICOM京都大会開催記念「集めた!日本の前衛 – 山村德太郎の眼 山村コレクション展」文:松尾 惠(MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)

2019 10 18

約20年ぶりに大規模公開された故山村德太郎氏のコレクション展。兵庫県立美術館に寄贈された日本の戦後美術の重要作160点あまりで、常設展で少数に触れる機会はあっても、これだけまとまった公開であったことは、大変ありがたいことだった。初めて観る作品も多かった。

いずれもが大作で、ほとんど仕切りのない広々とした空間にのびのびと展示されていた。目を奪われ、思わず近づいた作品に、白髪富士子「作品」(油彩、和紙、布・ガラス/1960年/181.5×242cm)*画像1・左から2作目、前川強「作品麻-63・A」(麻布、油彩・布/1963年/226.5×182cm)、吉原治良の抑制の効いた絵画*画像2、80年代に実見し美術に新しい時代が来た!と驚いた杉山知子のインスタレーションや松井紫朗の彫刻などがあった。が、のびのびと映るのは、サイズや空間のせいばかりではなかったと思う。居並ぶ作品に感じるのは、1986年に59歳で亡くなった山村德太郎氏の収集をつうじて表現された、「戦後」の解放感のようなものである。また、当時まだ評価は定まらないが、いずれ公共の財産にするという収集態度だ。作家たちも買い手の有る無しなど二の次としたのではないかと思われる大胆な表現とあいまって、皆で手を携え喜び勇んで時代を走っているという感じがした。筆者の父(故人)と山村氏が同年齢と気付いたせいだが、終戦時の20歳が震えた外国文化も、生きる熱気へと収斂されていき、山村コレクション晩期の杉山知子や松井紫朗や私などの次世代に伝わっていく。しかし、いっぽうで、山村氏が収集方針とされた<「アブストラクト(=抽象)と人間くさい前衛のはざ間」>は、戦争という、実体験であるけれど歴史として語られるときの個人との断絶や抽象性、それらに引き裂かれる個人という意味なのではないかと思った。

さて、山村氏が21世紀を生きておられたら、日本美術は、現状とは違う方向へ開かれたのではないかと思う。昨今の日本の美術活動は、私的な喜びとしての個人コレクション、コレクターと密接で、業界の噂めいた話題に終始しているかのようだ。個人消費にアート購入が加わるのは画廊や作家にとってありがたいが、趣味や娯楽として買われた作品は、いずれネットオークションを賑やかすのではと心配になる。買い手は趣味や娯楽でも、作り手は、そうではないからだ。山村コレクションの時代に比べると、芸大・美大が増える一方美術教育を受けない作家たちも膨大に誕生する。表現が細分化された分、アートはダイナミックでなくなってしまったのだ。

山村コレクション第1号作品の作家:故・津高和一氏は、80年代に夙川の河川敷で「架空通信テント美術館」を開催されていた。土手に事務机を並べ、3人ほどの男性がすわり、順々に持ち込まれる作品を確認しておられた。当時22歳の筆者は、京都から、長さ150cmほどのガラス管にゆで卵を10個入れて、半分土中に埋めると申し出た。不思議女子である。が、「ほうほう、埋めるの、ええでしょ」とおっしゃったのが津高さんだったのだろう。オトナが鷹揚に愛情深く若者を未来へ導いてくれた時代だったなと思う。

会場では、フラッシュをつけなければ、撮影可であった。再会を期待しながら、山村氏や作家はもとより、その家族の影、研究者や支援者・協力者などの豊かな<愛>と活力にあふれた数々の作品を記録した。以下の画像は筆者撮影。

画像1:会場風景
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画像2:会場風景
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画像3:会場風景
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会期 2019年8月3日(土)〜9月29日(日)
休館日 月曜日 (ただし祝日・振替休日の8月12日、9月16日、9月23日は開館し、翌火曜日の8月13日、9月17日、9月24日休館)
開館時間 午前10時-午後6時(金・土曜日は午後8時まで) 入場は閉館30分前まで
会場 兵庫県立美術館 企画展示室、ギャラリー
〒651-0073 神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1
Tel : 078-262-0901 / FAX: 078-262-0903
https://www.artm.pref.hyogo.jp/index.html
主催 兵庫県立美術館、神戸新聞社
後援 サンテレビジョン、ラジオ関西
協力 TKG Foundation for Arts & Culture、公益財団法人伊藤文化財団
助成 一般財団法人安藤忠雄文化財団
詳細情報 https://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_1908/index.html
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