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EVENT REPORT

イベント・レポート

ナミキキヨタカ「No Exhibition No Life」文:松尾 惠(MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)

2020 08 22

コロナ禍は、美術活動にたくさんの大きな課題をもたらしている。それぞれの立場に厳しい道のりが待ち受けている。何から手をつければよいか惑うので、京都の美大生たち、若手アーティスト、生業と制作を長年黙々と続けている中堅のセミプロたちなど、身近な人々を思い浮かべた。そうすると、つくる人はつくることをやめないし観たい人の気持ちは失せない、とてもシンプルに、それらを接続する方法を考えればよいと、思い至った。その後押しとなった出来事を記しておきたい。

ナミキキヨタカ氏が、ひとりで行った"No Exhibition No Life"だ。休業要請の解除が始まろうかという6月6日、ナミキさんは、自作を背負って、京都市内のギャラリーや美術館を訪ね歩いた。自作の<箱>は、2月下旬頃から時間を見つけて、溜めていた展覧会の案内チラシやハガキで制作した。これを背負って、日頃から訪れていたギャラリーを巡った。ご本人から聞いたコースは、次のとおり。午前9時30分、自宅近くの大徳寺を出発→北大路橋→ 鴨川べりを歩いて出町柳→ イムラアートギャラリー→ ギャラリー恵風→ 博宝堂→ ギャラリーモーニング→ クンストアルツト→ Art Spot Korin→ JARFO ART SQUARE→ ギャラリーギャラリー→ヴォイスギャラリー→午後7時帰宅。

ナミキさんは、2008年から京都市内ほとんどのギャラリーを見て展覧会をSNS上に記録してきた。作品をつくる人でもあるが、<観る>を得意とする表現者である。何もなければ、この春も自転車を走らせてあらゆるギャラリーを巡ったはずなので、外出自粛解除を待ちかねて、街を行脚したのだった。箱を背負い、鮮やかなプリントのマスクの派手な出で立ちではあるが、筆者のギャラリーにもいつものようにふらりと訪ねてこられ、いつものように会話した。が、久しぶりなので、言葉があふれ出た。作品の実物があって、鑑賞者が実在するという、以前なら当たり前の光景であるはずなのに。それが過去の文化であって、美術と人の関わり方は、この先大きく変わらざるを得ないと思った。

ナミキさんの行脚の直後、写真絵本<家をせおって歩く>(福音館書店)を知った。発泡スチロール製の作品=一人用の家、をかついで全国を歩くアーティスト村上慧さんによる児童書。他人の軒先や駐車場などに置かせてもらう<家>がその日の寝室となり、コンビニが台所、公園のトイレがトイレ、銭湯が風呂場というように、街全体を間取りに見立てる。子供や女性は興味を持って近づいてきてくれるけれど、食ってかかってくるのは中高年の男性であるというエピソードが興味深かった。アーティストが注文が無く売れなくても作品をつくり、それを<仕事>と呼び、それなのに充足し、連帯を生み、総体的に健康長寿であることを苦々しく思う人は多い。しかし、隙間の幸福を見つける職のひとつが芸術だ。コロナ禍は、図らずもそのもっと大きな可能性をもたらしてくれている。

"No Exhibition No Life"もまた、新しい幸福のレイヤーすなわち美術の生態系を京都に思い起こさせてくれる。ナミキさんは、同種の作品を、9月2日より、延期されていた京都芸術センター20周年記念展ファッション部門に出展。60歳以上が出展条件で、展覧会名は、"We Age”。コロナ禍によって、この展覧会は当初より意義深いものになるだろう。中高年男性客に、同年輩であるナミキさんの作品はもとより、表現者としての存在の大きさとその<日常>の豊かさを広く知ってもらいたいと思う。

No Exhibition No Life
写真提供:ナミキキヨタカ
No Exhibition No Life
写真提供:ナミキキヨタカ
No Exhibition No Life
写真提供:ナミキキヨタカ
No Exhibition No Life
写真提供:筆者
No Exhibition No Life
写真提供:筆者

ナミキキヨタカ「No Exhibition No Life」

実施日 2020年6月6日
巡回場所 京都市内各所(ギャラリー、美術館など)
主催・作品制作・実施 ナミキキヨタカ
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