
辻本佳新作公演「洞」文:松尾 惠(MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)
シアターの真っ黒な(真っ暗ではない)ひと隅で、辻本佳は、黙々と粘土を積んでいた。観客は、粘土の塔ができていくのを眺める。客入れの時間と本番との境目はなく、作品時間はもう始まっている。辻本の頭上には、粘土を入れた網袋が下がっている。そこからちぎって捏ねて、積んでいく。塔を乗せた大きな木製円盤は歪んでいて、水平にならない。傾いた塔は、積み上がる前に自重でゆっくりと崩壊する。網袋が空になると、塔から大きな塊を持ち上げて、網の中へ押し込める。筋肉の動きに目を奪われる。やがて泥だらけの辻本が去る。舞台右隅の粘土場から下手へ斜めに横断する泥の足型だけが残った。姿を消した闇の入り口に、獣骨のような大きな木魂が置かれている。
劇場は洞穴だ、と辻本は記している。劇場空間と観客は、炎に揺らめく洞窟壁画とそれを眺め暮らした人々に置き換えられるという。粘土場の傍に、かまどの天板のような鉄板が数個の小石を乗せ、傾斜をつけて寝かされている。鉄板に仕込まれたスピーカーからの振動で、小石は少しずつ移動し、やがて傾きから落下して大きな音を立てる。洞窟住居の仕事場のようなその場所には、音響装置のスイッチ盤も下がっていて、辻本は、ときどき自身で操作する。黙々と行う作業のそれぞれが、延々と続いた古代の時間と住人の暮らしに見えてくる。
辻本は、終盤まで踊りらしい踊りを踊らない。猛獣を乗りこなすように、自身を乗せたまま流木を吊りあげたり、木製の円盤を背中に乗せて、床を這う。竹林か深山の針葉樹林に見える材木が釣り下がり、その中を縫って動く。緊張がつづく。が、鍛えられた全身の筋肉は、軽々とこなす。辻本は、柔道で鍛えた10代からコンテンポラリーダンスの踊り手へ移り、演劇作品ではセリフを喋り軽々とポールダンスもする。フィールドワークをつうじて大量に撮りためた写真の展覧会もする。
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これまで見た舞台を振りかえってみると、多様な体験によって多彩な身体に進化してきたのだとわかる。が、辻本の故郷を紀州・熊野と聞くと、もともと精神の奥深くに山岳の物語をもって生まれ、原始に還っていく身体なのかもしれないと思う。たったひとりで立つ本作では、岩屋にこもる修験者にも似て、孤独に、物質・空気・音・光と対峙し、同化していく。
本作に向け、約1ヶ月間、ほとんど一人でスタジオ(seed box)に籠り、作品を制作した。創作・準備・公演のすべてを一人でこなす試みによって、生きた人間とではない内的な対話を繰り返し、膨大に蓄積したことだろう。辻本は、霊的な生き物である。コロナ禍を漂流する私たちに、都会であれ大自然の中であれ、生命維持と表現が等価にあるべきこれからの時代を示唆している。見立て、越境、予兆として、忘れがたいパフォーマンスだった。





※本作の制作中に撮影した写真作品。制作活動継続の資金にするため「写真付き応援チケット」を前売り。(一般¥6,000、U29¥4,500、E9サポーターズクラブ/支援会員¥2,500)
辻本佳新作公演「洞」
上演日時 | 2021年2月18日(木) ・19日(金)・20日(土) 18:00〜、21日(日) 15:00〜 |
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会場 | THEATRE E9 KYOTO https://askyoto.or.jp/e9 |
出演 | 辻本佳 |
演出・音響・美術 | 辻本佳 |
主催・企画製作 | 辻本佳 |
提携 | THEATRE E9 KYOTO(一般社団法人アーツシード京都) |
支援 | 京都芸術センター制作支援事業 |
助成 | 文化芸術活動の継続支援事業 感染拡大防止と文化芸術活動の両立支援補助金 京都府文化活動継続支援補助金 |
写真撮影 | 松本成弘 |